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『汝、有衆に示す』
最初に出てきたのは、等身大の自分自身の姿だった。三十代の、普通のおっさん。他人からはこう見えているんだ、思った以上にスタイル悪いカモ、なんて思いつつ、キャラクターネームの設定を求められた。
これはすぐに決まった。ぼくはLINEを始めSNSでは苗字のイニシャル『F』を名乗ることにしている。その御多分に漏れず、LPVでも簡単に『F』とだけ設定した。
次に、キャラクターデザインに入る。一度設定したキャラデザはゲーム内では変更不可だが、購入時と同様に実店舗の身体スキャンを行えば更新可能とのことだ。
それに加えて、体格によっては性能差は出ない、とご丁寧な注意書きが出てくる。どれだけ筋肉ムキムキだろうとも花のように華奢だろうとも一様に同じ性能ということだ。Danteいわく、厳密にはそうではないらしい。体が大きいほうが段差に有利だったり、体が小さいほうが当たり判定が狭かったり。どちらも一長一短なので体格は平均的な自分自身の姿そのままに設定しておいた。
せっかくならかっこよくなりたい。トーンアップの加工ぐらいしてもいいよね、という誘惑に抗いながら、結局はDanteと同じように無加工にしておいた。いい年して加工するなんて痛い、と思ったからだ。初期設定が終了すると、かつてDanteがそうであったのと同じく、初期装備獲得の効果音が連続してきた。
(銃)VP9をたまわった!
(刀)信濃守伊左衛門をたまわった!
(鎧)レベルⅡAクラス防弾コートをたまわった!
(杖)二釻真鍮錫杖をたまわった!
(箱)アタッシュケース(中)をたまわった!
(家)ロッカー(千代田サーバー)をたまわった!
ちくしょう、わくわくしますやん。視界が開けると、現実世界に戻ってきたのではないかと一瞬うたがう程にリアルな、ありきたりなロッカールームに座っていた。手をにぎにぎする。
「おお」
メニュー画面を出してみたり、ロッカーを開けてみたりした。安っぽいアタッシュケースにVP9のボックス、大量生産の日本刀、それ以外に錫杖とトレンチコートがしまわれている。その日は千代田サーバーを観光した。多くのプレイヤーが往来している。大手家電量販店はアイテムショップになっていた。
家電の代わりに銃器がずらりと並ぶ。話しかければ、黄金のアンドロイドが言葉なく身振りだけで対応してくる。だいたい十万前後であった。持ち金が少なく、ここぞとばかりに課金を促してくる。がめつい。それだけならまだしも、Amazonのリンクがホップアップされたかと思えば、なんとモデルガンやら何やらのページに飛ばされた。
こうしてLPV内の商品は全て現実の通販サイトやデリバリーサービスに誘導されるのである。巨額の開発費を回収するために必死にしても、こう露骨だと、むしろエクリチュールを応援したくなる程に悲哀がすぎた。
プレイ六時間を過ぎようとした頃、あと三〇分で強制ログアウトがかかるとアナウンスされる。これが連続プレイを防止するための時間制限らしい。クールタイムは一時間です、次のログイン時には最寄りの拠点に戻ります、などなど注意される。ログアウトしたら、ログインした時には夕方だった景色がすっかり真夜中になっていた。
「……」
現実に戻って最初に抱いたのは、この六時間で何ができただろう、という虚無感だった。教養を深めることだって、人と会うことだって、部屋を掃除することだってできた。それをゲームなんて無意味なことに費やした。
「……」
なるべく考えないほうがいい。ダッフルコートを着込んで、二四時間営業のコンビニに夜食を買いに行ったら、地方ならではのきれいな夜空が寒々しく広がっていた。ゲーム内世界は現実の時間や気候に連動しているため、LPVもいま〇時を回ったであろう、そういえば深夜に東京駅近辺をうろついたことはなく、無性に夜遊びしたくなってきた。ご飯を食べながらDanteの配信を見ていたら、ちょうどいま、千代田サーバーにいるらしい。
「へえ」
え、会えるじゃん! とひらめいた。ぼくのLPVとDanteのLPVは当たり前に同じゲームである。そのはずなのにそうは思えず、会う、という発想が欠片も沸いてこなかった。これから郊外に出るらしい。東京駅改札口で待ち構えていれば会える。別エリアに移動されるよりさきにログインすると、スケボーをすいーと乗りこなしながら、Danteが東京駅改札口前にやってきた。
「ハニーバジャーはよ実装しろ~!」
いつものダウナーな声がじかに聞こえてきた。スマートフォンで見た通り、YouTubeライブを配信している。いつもなら「負けたお前が悪いんだろ甘えんな」的なコメントを残していただろうか。何千人もの視聴者が背後にいるであろう中、さすがに挨拶する厚かましさはなく、改札口の向こう側に消えていくのを力なく見送った。
「……」
なんというか、感動した。僕はリアルイベントには参加しないのでDanteをじかに見たのはこれが初めてだった。いや、じかではないが、ほとんどじか同然である。本当に実在してるんだ、なんて月並みの感想を抱きながら、いつか、僕も有名プレイヤーになってDanteに認知してもらいたいな、ずっとファンだったことを知ってもらいたいなと夢見た。
これはぜひとも、共感してほしい。いわゆる推しをじかに見た感動を知っている者なら誰であれ。
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