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天之常立神――元ネタは日本神話の別天津神の一柱らしい。日本書紀では名前が出るだけで別段何かをしたわけではないようだが、宙に直立する龍の姿は、まさにその名にふさわしい。LPV考察サイトは配信者の死など忘れたかのようにSNSの引用をまとめていた。
「……」
いや、確かに欲しい。あの美しい龍を手に入れたい。この喧伝ぶりからするに、きっとゲーム内唯一の存在に違いない。この機を逃せば、もう手に入れられない。
独占したい。手に入れたい。こんな感覚は子供の頃以来だった。ぼくたち平成世代なら『遊戯王オフィシャルカードゲーム』の象徴的な龍「青眼の白龍」を誰もが一度は欲しがった。男の子なら一度は通る道だと思う。しかし今回は金額が金額だった。いくらなんでもゲームに百万も出せるほど裕福ではない。それどころか、借金まみれなのだ。よしんば購入できたとしても、Danteをはじめ、歴戦のゲーマー相手に優勝できるビジョンが描けない。でもやっぱり欲しい。でもでも高すぎる。でもでもでもなんて悶々と悩んでいるうち、禁断の一手を思いついた。消費者金融に上限いっぱいに借りればなんとかなるのだ。
「いや~」
さすがに一線を超える額であろう、返済予定をシミュレーションしてみれば、毎月三万円近く入金しなければならないらしい。普通に生活に支障が出る。その百万円で何ができるだろうか。ブランド物の服だって買えるし、ちょっといい物件に引っ越しだってできるし、いってみれば無敵ではないか。それらすべてに背を向けてまで、時間を無為に溶かすであろうゲームなんかを買うべきだろうか。
そうやって理性的に考えながら、最近高額な買い物してないな、心機一転買ってみるのもいいのではないか、うまくいかずともオークションに出せばダメージは少ないのではないかと、購入する理由を探す自分がいた。ちょうど土曜日の夜、衝動的に何か犯罪的なことをしたい、というふうに魔が差さなければ人生どうなっていただろう、僕の指先には『借入』ボタンが待っていた。
「……」
百二十万円、とある。いやいや、大丈夫かこれ? 人生マジで詰むぞ? アドレナリンのせいで心臓がバクンバクン高鳴って指先が震えている。いまなら戻れるぞ、ゲームなんかに大金つぎ込むな、という理性の声に従うべきなのに、かといって戻るボタンも押せないでいる。
けっきょく自分では決めるに決められず、欲望に従うのが怖くて、目を背けながらにボタンを押した。おそるおそる開いてみれば、金額の割にはあまりにもあっけなく百二十万円が指定口座に振り込まれた後だった。
「終わった……」
もう引き返せない。完済するまで消費者金融にたっぷり搾り取られるだろう。そう思いながら、こころのどこかは妙な達成感に満たされていた。もう一流プレイヤーとして天之常立神を所有した後のようだった。こうして借りたからにはしっかり買ってやろう。
表参道の家電店に在庫があると確認してから、翌朝一番にATMの残高照会をしたところ、百二十万円という本来頼もしいはずの恐ろしい金額がバーンと出ていた。ひえ~と戦きながら引き出す。そのまま表参道に行ったら、ちゃんと在庫があった。バカでかい包装のXcoreとパッケージのル・パレヴィーデを購入する。ほんとなにやってんだか。すぐに家に帰って包装を開けると、子供の頃クリスマスプレゼントに胸躍らせていた感覚を思い出した。
こんな気持ちは何年ぶりだろう。Wi-Fiを繋いだり、生体認証を登録したり。スマートフォンのアプリケーションと連動させる設定は追々するとして心変わりしないうちにプレイしたかった。
「……」
自分でゲームをするなんていつぶりだろう。それこそ子供の頃クラスメイトと一緒に任天堂『大乱闘スマッシュブラザーズ』をプレイした時以来ではないだろうか。ぼくの人生はゲームとのかかわりが薄かった。だからこそ、誰かがプレイしている実況動画が肌に合っていたのだ。そのはずなのに、なぜかいま、こうして頭にXcoreをセットしている。
起動開始を知らせるアナウンスが浮かび上がると、ゲーム世界にダイブするためのカウントダウンが始まった。視界が暗転する。ゲームタイトルセレクト、メニュー画面セレクト、最後にゲームスタートのコマンドを押した。
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