3
『それじゃ始めますよ~!』
主催者ななんが錫杖を掲げる。ただの錫杖ではない。釻があるべき部分にハニカム構造のホログラフィーが出力されている。大会開催の申請をしたら、運営から貸し与えられたらしい。大会主催のための使い捨ての儀礼杖ということだ。
『お、』
招待状を受信する。テレポート告知がホップアップされた。ステージは秋葉原であるが、このままここが戦場になるわけではない。一般プレイヤーが存在しないシャドーワールドというバトルフィールドが用意されている。いわば戦闘用の仮世界である。今回は、戦闘前にメイン拠点のロッカールームへのテレポート、シャドーダイブがななんによって差し込まれているため、旅構成ではなく、ガチ構成同士の本気の戦いが期待できた。
藪から棒に一帯が暗くなる。C2大型輸送機が上空を飛来したのだ。参加者はC2の影に吸い込まれると一瞬のうちに機内に移動させられる。これがシャドーダイブである。参加者同士で向かい合う奇妙な時間が流れた。メタ的に言えば、多くはメイン拠点を千代田サーバーに設定にしたままなので、これはサーバー間移動を処理するローディングのための時間稼ぎの演出なのだろう。
『……』
オーバーコートのフードのおかげで、誰もDanteとは気づいていない。次にはロッカールームにシャドウダイブした。チャット機能がオフになりました、とアナウンスされる。これでゲーム外の視聴者から不正に情報を入手するいわゆる「ハト」行為は封じられた。
一分間のカウントダウンが始まる。戦闘前準備は日頃の整備と手際の良さが命だ。アタッシュケースに、弾倉六つ、手榴弾とスモークを五発ずつ、二釻真鍮錫杖一本、セカンダリーのVP9一丁をしまい、次にⅢAクラス防弾コートとタクティカルベストを着込んだ後、右ポケットには負傷時用のコールドスプレー、左ポケットには攪乱用の手榴弾を突っ込んだ。ようやく最後、左肩にM16A2突撃銃を背負い、常備のMP5K短機関銃のチャージングハンドルを引く。錫杖は索敵用に用意しているが、日本刀には目もくれないあたり、いかにもシューティングゲーム畑らしい構成である。
あっという間にカウントダウンが終わると、もういちどC2内にシャドウダイブさせられた。この試合前時間はプレイヤーは影の存在のため、シルエット以外には互いを認識できない。どんな武器構成かはわからない、ということだ。おのおのここと決めた地点で飛び降りる。といっても、パラシュート降下するわけではない。やはりさっきと同じく、影から影に飛び移るのだ。地面に接触するぎりぎりでシャドウ化して物陰に隠れる。Danteが降り立ったのは、高層ビル群の屋上の一角だった。高所を確保しただけ有利になる。一方的に下層の敵を認識できたり、潜在的に位置エネルギーを保有できたりと利点が多いからだ。当然みんながそう考えるため、一番の高所は開始早々陣取り合戦の様相を呈する。Danteはその様子を少し下部の位置から観察していた。
『けっこう行ったねえ』
銃声の数、ショットガンやサブマシンガンからして五人は同じ場所を狙っていたらしい。野良試合ならともかく、優勝景品がかかった戦いに競争率の高いポジションに降り立つなんて、よほどエイム力に自信があるか、逆に人が少ないと読んだか、あるいは記念参加のどれかだろう。
銃声鳴りやまぬ摩天楼を背にして、ビル構内に入り込む。角から出る際にひときわ慎重になるのは、初期位置に屋上ではなく、館内を選んだプレイヤーの存在を否定しきれないからだ。足音を消してガン待ちしている、という前提で歩を進めなければならない。Danteは様子見のために潜伏する。みんな開始三分間は余計な動きをしがちだ。MP5K短機関銃のチャージングハンドルを半分だけ引いて確かに装填されているのを習慣的に確認した後は、やることがなくなって、リラックスのために懐から嗜虐品のマルボロを取り出した。
『ふう』
Danteはチャット欄がどうなっているか知らない。開始早々一服している姿に「けむりきたあああああ」「ヤニカスwwww」「今日の一服(十回目)」とかちょっぴり盛り上がっていた。現実でもヘビースモーカーのDanteいわく、ほとんど変わらないらしい。タバコ以外にも、提携企業のエナジードリンクや携帯食料なんかを持参できるが、特にゲーム上有利になるわけではない。それどころか、ライターをする僅かな音で感づかれたり、においによって察知されたりする危険だってある。それを承知で一服したのは、おそらく当面の脅威はないと確信したから、そして視聴者向けに見せ場を作りたかったからだろう。とんだエンターテイナーである。
『……』
元は家電量販店らしき廊下の一角、物言わぬテレビモニター、灯らぬ照明、不動のエスカレーターの物陰から秋葉原の曇天を見上げた。静かな時が流れる。銃声が鳴りやんだのを見るに、ベストポジションの覇者がいまごろ消耗分の物資漁りをしているだろう。それが普通である。しかし強ポジの勝者になったくらいだから、その思い込みを逆手に取って、すぐに絶好の狙撃ポジションに待機している、という可能性もある。DanteはM16A2突撃銃に切り替える。
見る限り、動きはない。特に頭が出てこないため、少なくともこちらを凝視しているわけではないだろうが、下層からでは充分な情報は得られなかった。視聴者目線だと、ここらで索敵用の錫杖に頼ってもよさそうだが、Danteはあまり錫杖を使いたがらない。これはほかのシューティングゲームでも同じだが、エイム力に絶対の自信を持つプレイヤーはそれ以外の力に頼ろうとしたがない。せっかくスモークや手榴弾という選択肢があっても、エイムに集中しすぎて思考から外れるらしいのだ。今回の場合には、錫杖から包みを外して、あの特徴的なシャランという召喚音を出すのを避けたのかもしれない。
辛抱強く待つこと三十秒、屋上から頭が一瞬だけ出てきた。最上部は下層の全てを俯瞰できるが、いっぽうですべてを見なければならないために索敵が雑になりやすい。じっくり見ればDanteのM16の銃身がほんのかすかに出ているのに気づけただろうに、自分がいま最も注視される立場というプレッシャーからだろうか、さっと見渡しただけだった。大規模大会ならミス1といったところだが、今回は中小規模大会なので、そこまでの緊張感はない。
あの屋上覇者に関しては泳がせる方針にしたらしく、Danteは階段を下りていく。思い出したように錫杖をとりだした。シャラン、と初期装備『二釻真鍮錫杖』を一薙ぎ、シャドーハウンドを召喚する。影炎の痩身、獰猛な紅眼。シャドーハウンドは勢いよく窓ガラスをかち割ると、ビル壁からビル壁を駆け降りる。予想外の大胆な機動力にDanteは愛想笑いしていた。
『なんでそうなるの~!』
小声で不平を漏らしている。階段を先行して索敵してくれると期待していたのに、ド派手に飛び出してくれたおかげで逆に存在を察知されたかもしれなかった。運良く気づかれていないかもしれないが、こういうときは露呈した前提で動かなければならない。期待した分だけ、敵に生殺与奪を委ねている。角待ちのプレイヤーがいないか、慎重かつ迅速に階段を下りてしばらく何事もなかった頃突如、ぬるっと角から敵が姿を現してきた。
『ふあっ!?』
敵がショットガンの初弾を外したすきに、超絶的な反射神経でエイムを合わせると、MP5を滅茶苦茶にフルオート乱射した。ショットガンの二撃目で右腕を撃たれたが、Dante側は運よくヘッドショット一発で瞬殺する。ほとんど背後から奇襲されたのによくぞ生き残ったものだ。
『びびった~……』
ポリゴンエフェクトの傷を冷却スプレーで手当てする。現実で言えば内出血か打撲だろう、NIJ規格五段階のうち三番目のレベルⅢA級コートをもってしても、完全な無傷には至らないのだ。回復・装填・索敵を済ませた後は、勝者の特権、物資漁りにふける。
『おほ~!』
奇声をあげるほど強力な武器の獲得に有頂天になる。チャット欄は「いまの勝つのすごい」とキャラクターコントロールを称賛したり、「wwww」と暗に素っ頓狂な声を笑っていたりした。たまたまタバコを持っていたらしく、ここぞとばかり、敵のタバコに火をつける。
『ひとのタバコうんんめえええ』
露悪的な一幕に「今日の一服(百回目)」「殺しの後の一服サイコー!」とチャットが猛スピードで流れる。今回の『スペシャル☆七星☆レギュレーション』では武器アイテムは試合後に返却されるが、弾丸や手榴弾、そしてたばこのような小物系は略奪可能であった。
次→1/2 9:00




