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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
監獄編
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『ええ? あれが東さんが収監されてるところ?』


 フリードリヒ大王が水平線に向けて望遠鏡を覗く。六時間の配信アーカイブのシークエンスから該当箇所を探すのに苦労はなかった。というのも、有名配信者ともなれば親切な視聴者がタイムラインをコメント欄に残してくれるからだ。


 1:12:32 我ら勇猛の民なるを示せ!爆★散

 2:36:34 こち亀の思ひ出? 連載終了からはたとせ

 4:53:46 女臣民到来!地獄のハーレム


 などなど、食指が動くサブタイトルが付けられている。そのなかに「5:12:56 監獄発見!しかし……」とのリンクを押したら該当部分までスキップされた。二正面作戦の一翼であるフリードリヒ大王軍の現状がどんなものか確かめるべく、こうして過去配信を振り返ったところ、ぼくが聞いたあの音――つまり潮騒が幻聴ではないことが証明された。


「ぼくも波の音を聞いたので間違いありません」


 翌朝土曜日の自由時間中、東承太郎とA帯プレイヤー四人が小さな集会を開いていた。運動場の喧騒が遠く聞こえる。一月の肌寒い北風が用具倉庫の裏手まで吹き通った。空を見る。午前の浅い日陰に比べて、あの青空の、なんと澄み渡ったことか。


「……」


 なんとなく、年末の喫煙所を思い出した。あの時もこうして、なにかの壁にぶち当たっていたと思う。あれからもう一ヶ月も経ったということに驚きを隠せない。一ヶ月前、あの東承太郎と出会うなんて夢にも思っていなかった。その東承太郎が苦い顔で悪態をつく。


「行けると思ったんだけどなぁ」


 くっそーと煙をくゆらした。みんな吸っている。用具倉庫脇の日陰で喫煙するなんて、まるでヤンキーではないか。黒魅めあもA帯プレイヤーとして来ている。普段はシーシャが好きだそうだが、みんなにあわせて吸ってくれていた。東承太郎が壁に寄りかかっている右横でちっちゃくしゃがんでいる。


「まじないっすよねー」


 意外と愛想良く相槌してくれる。というより、良すぎではないか。顔が好きというのも働いて、こっそり黒魅めあと検索してみると、同名のアカウントがエックスでヒットした。どうやら池袋のメンズコンカフェのキャストらしい。


 まあだろうね、と思った。若くしてゲームに百万も出せるうえに、これほどのルックスとくれば、自然と職業は限られてくる。聞けば、元々ゲームが好きなのを仕事の宣伝がてら配信しているのだそうだ。その割にはエックスに配信先のリンクが見当たらない。めあ君も本選参加したいのは本心らしく、脱獄は困難と知って落ち込んでいる。見る分には可愛い女の子なんかより、かっこいい男の方が好きなので、できれば役に立ちたかった。


「施設内にボートがあったりしませんかね?」


 フェンスに寄りかかりながら雑に提案したところ、東承太郎が「うーん」と唸る。充分な探索時間を確保できれば発見できる可能性はあるが、いまから探すには厳しそうだ。その時ふと、あの東承太郎と同じ目線で悩んでいるという現実にくらりとくる。これは――本当に現実だろうか?


 当たり前だが、大手配信者なら億万長者にだってなれる。生々しい話、東承太郎など長い配信歴を通じて二、三十億円くらい稼いでいるのではないか。そんな大成功者と僕なんかが同じ目標に向かって知恵を絞っているなんて、むしろ現実味がない方が却って自然であろう。Xcoreというインターフェイスが光通信を介して脳に疑似信号を書き込むことで、ぼくたちは等しく、用具倉庫の日陰を錯覚させられている。しかしそれを言えば現実の風景だって、網膜細胞が感知した可視光線を脳が勝手にそうであるらしいと処理しているに過ぎない。キアヌ・リーブス主演のSF映画『マトリックス』がそうであるように、なにが現実なのか、なにが虚構なのか、そもそも現実とはなにか、わからなくなってくる。そこで一七世紀フランスの哲学者デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という有名な格言が存在を示してくれるのだ――なんて無益な思考をしていると、東承太郎が静かに思索にふけっていた。


「……とりあえず、内側だけでも準備できないかな?」


 質問の意図がよくわからないが、芳しい返事は上がってこなかった。仮に内側から用意できたところで、結局はどうやって海を渡るのかという問題に直面するからだ。それを抜きにしても、あの特殊個体を倒すすべがない。大切な一軍装備を回収しつつ脱獄するにはどうしても特殊個体を倒さなければならないのにだ。こんな愚痴がA帯のひとりから出てくるのも仕方がない。


「海といい特殊個体といい、きっと脱獄不可能な設定なんですよ」


 みんな押し黙った。監獄を取り囲む高い壁、雑居房へのリスポーン、アンドロイドのアイテムドロップ……最大の障害は、武器庫を守る特殊個体に他ならない。脱獄の成否は、あの特殊個体を倒せるかどうかにかかっている。この中で唯一、特殊個体を視認した者として言わせてもらうと、


「向こうはM2ブローニングを引っ提げています。NIJ規格レベルⅣどころか、歩兵戦闘車相手にタメを張るような化け物ですよ。一軍装備があればともかく、いまの丸裸のぼくらじゃ相手になりません」


 じゃあ、かりに監視アンドロイドの装備を転用できたら? と東承太郎が聞いてきた。たしかに気になるだろう、ここにいるA帯プレイヤーをシークレット・レア武器で強化すれば倒せそうと思うのも無理はない。


「たしかに攻撃力だけ言えば、二〇式小銃(フタマル)五・五六ミリ弾(556)が充分にあれば申し分ないでしょう。問題はたぶん、防御力です。ブローニング相手じゃかすっただけでダウン喰らいますもん」


「ん? キルされようが雑居房にリスポーンするだけじゃん。んで、やられ次第戦線復帰し続ければいけるくない?」


「う~ん、」タバコを吸うのをやめて、「あの防空壕までのルート確保を長時間できるなら、まぁ……ただ倒すのにかなり時間かかりますよ?」


 暗に成功の期待が低いと伝える。東承太郎が充てにしているのは、たとえ特殊個体にキルされても倒すまで何度でも戦線復帰するというゾンビ戦法のことだ。ぼくも考えなかったわけではない。昨日の隠密偵察のとき、東承太郎班が早々と鎮圧されたのを念頭に置くと、防空壕までのルートを長時間維持するのは難しいと踏んで諦めていたのだ。リスポーンできたところで防空壕に戻れなければ戦うことさえできなくなる。


「だいたいどれくらいかかそう?」


 東承太郎が粘り強く聞いてくる。その熱意に、僕達A帯プレイヤーは顔を合わせた。特殊個体に関しては情報がないので純粋な戦力を比べることはできないが、あの手のキャラクター、ゲーム用語でいうところのジャガーノートは大抵、機動力が低い代わりに攻守特化の設定にされている、というのを、ぼくの隣のA帯プレイヤーが軽く見立ててきた。


「まぁ最低三〇分が妥当ですかね~」


 東承太郎が煙草を吸う。真剣な眼差しは何かを見ていた。その横顔から活路を見出しているのは疑う余地がない。


「なにか秘策ありですか?」


 するどく指摘したところ、東承太郎がにやりと笑った。


「まだ確信はないよ。ただ、多分いけるので、まずは内側から脱獄できるようにしておきたいんだ。その戦線維持が三〇分以上できるとしたら、どういう手順にするべきかな? 昨日の参加者が三〇人くらいだったんだけど、エックスで告知しまくれば倍増できると思う!」


 今日土曜日だし、と語調が強くなる。おー! とみんな元気を取り戻した。理論上最大の参加者数は、チーターが紛れ込んだあのランク戦のプレイヤー計百人であるが、流石に全員が全員、東承太郎を知っているわけではない。一番熱量が高かったであろう最初の集会の時でさえ六十人だったのを考慮すると、そこらが招集できる上限であろうが、参加者数を倍増させられるというなら、少しは戦線維持できると期待していいのではないだろうか。


 希望があれば、想像ができる。想像ができれば、思考ができる。ぼくもめあ君と同じく、しゃがんで考えた。海を超えられるかどうかは東承太郎の秘策に委ねるとして、あくまで内側から脱獄可能かどうかを考えるとしたら? みんなの意見を参考にして立案したメソッドが成功可能性が高いと評価を得た。


「すごいよ! これなら行けるかもしれないっ」


 脱獄計画を練り直した後、東承太郎がエックスで募集をかける。こと配信者界隈だけなら国内最大級の影響力を持つかれだが、その東承太郎をして、特定の百人に対して告知を充分に届けられるかどうかは運次第だろう。そこで東承太郎は図々しくも、ランク戦参加者のリストをリポストした挙げ句「知ってる名前があったら連絡してくれ!」とお願いまでしたのだ。自分に自信がなければできないことだ。派手な宣伝のおかげで、次の自由時間の配信には、五万人近い視聴者が集ってきた。


『みんな聞いてくれ! もしかしたら脱獄できるかもしれねえ』


 午前の諦めムードからは別人のように活力に満ちている。盟友フリードリヒ大王も呼ばれて来ていた。まず最初に、ぼくたちA帯プレイヤーが考案した脱獄計画について発表される。今回はぼくたちが立案したというのをちゃんと前置きしてくれた。


『特にFさん! ありがとうねっ』


 名指しで感謝される。その時のテンパりようと来たらなかった。なにせ、東承太郎もフリードリヒ大王も子供の頃から見てきた大手配信者だからだ。特にフリードリヒ大王の代表動画『大乱闘スマッシュブラザーズ』や『PUBG』なんかは何回も見たくせにいまだに見返す程なので、そのフリードリヒ大王と同じ配信で名前を挙げられたなど現実味がなさすぎる。そんな驚きをよそに、東承太郎が律儀にメモ帳を開いて順序立てた。雑な字を無料のペイントソフトに書いていく。


 (1)人海戦術でアンドロイド一次制圧

 (2)ドロップアイテムでA帯プレイヤーの武装強化

 (3)旧牢舎跡までのルート維持

 (4)A帯プレイヤー、地下の特殊個体を撃破

 (5)一軍物資回収で全プレイヤーの武装強化

 (6)人海戦術で再度襲撃、アンドロイド二次制圧

 (7)監獄掌握、対戦車ミサイル強奪

 (8)超火力によって正面突破


 全貌が明らかになると、視聴者が「おー!」とか「いけそうwww」とか反応してくる。こうして見ると、こんな緻密な計画を立てられる立案者はさぞや頭が良いと思うかもしれないが、実際には(8)から逆算していったに過ぎない。監視の目を盗んで密かに脱獄するのは時間的に難しい。であれば、いっそ監獄全体を掌握するしかない。そして武器を持っている相手に対抗するには……というふうに考えていけば、こういう道筋になるだろう。内情を知る者からすれば大したことはないはずなのに、フリードリヒ大王は「学者おるwww」と大笑いしていた。


『なるほどね! ただ内側から脱出できても、結局は海で止まっちゃうけど?』


 フリードリヒ大王が懸念した通り、これだけでは海を超えられない。一部の視聴者が「泳げばいいじゃん」と適当にコメントしてくる。それはない。脱獄後は追手がかからない、という希望的前提だとしても、大切な一軍装備を担いで泳ぐのは物理的に不可能だからだ。


 かといって、ぼくも他に妙案が思いつくわけではない。東承太郎がもったいぶっている秘策とは、いったい?


『あのさ、秋葉原エリアのボートを葛飾サーバーまで持ってくるのって難しいかな?』


 その意味を理解するまで、沈黙が横たわる。「あー!」と最初に声を上げたのは他ならぬフリードリヒ大王だった。その手があったか、と手を鳴らす。理解が及んでチャット欄にどっとコメントが増えた。


『天才だよ東さん! よし、それでいこう』


 フリードリヒ大王が絶賛していた。ぼくも同じである。別サーバーのオブジェクトにまでは発想が及んでいなかった。大勢と同じく〝葛飾サーバーのことは葛飾サーバーで解決すべき〟と無意識に思い込んでいたのだ。


『頼んだぜフリちゃん。こっちは収監者のフルパワー出せるの今夜なんで告知だしちゃうね』


 一世一代の大博打だっ! とのことで、緊急会議は終わった。さすが二人して大規模企画を幾度となく開催してきただけに手際の良さには目を見張る物がある。会議終了後すぐ、今度はインゲーム会議が開かれた。四〇人程が集まる。急な呼び出しに応じてくれたこと、予定が二転三転していること、フリードリヒ大王が外部から協力してくれること、そのうえで今夜が一番成功率が高いだろうことが伝えられた。みんな任意とはいえ、大勢の予定を調整する重圧を何食わぬ顔で背負っている姿は不覚にもかっこよかった。


「みんなありがとう! じゃあ細かい時間調整しよっか」


 打ち合わせの結果、今夜二三時の自由時間が選ばれた。三二人が参加する。「だいぶ減っちまったな」いっときは六十人超が参加していたのを思えば、かなりの参加者が予定の変化や熱量の減少を理由に脱落している。決行を明日日曜日にずらしたとしたら、翌日の出勤を理由に切り上げる人がまた増えるだろう。東承太郎が言ったように、今夜がベストタイミングでありラストチャンスなのだ。


「オレの体感二、三時間はかかるはずだから寝れる人は寝といてね」


 A帯の人だけちょっと残ってくれねえかな、先陣切る打ち合わせしてえんだとお呼びがかかる。どのアンドロイドを最初に襲撃するべきか擦り合わせたいらしい。ぼく以外には二人だけが運動場に残った。黒魅めあは仕事があるのでいない。


「どいつを真っ先にやるべきかな?」


 いろいろ検討した結果、収容棟A入り口のアンドロイドに白羽の矢が立った。雑居房から戦線復帰するのを少しでも早めるため、入り口近くの個体が選ばれたのだ。


「今夜か……」


 解散後、夜空を見る。なんと慌ただしいことか。こんなふうに誰かと一日中一緒にいる休日などいつぶりだろう。この計画が失敗すれば、本選参加は諦めざるを得ない。LPVを始めた動機を失ったとき、ぼくはまだ、このゲームをプレイしているだろうか。

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