23
『よし! 一分後開始するぞ』
どこから取り出したのか、東承太郎を中心とする陽動班は酒瓶に突っ込んだハンカチに火を付けた。雑居房の班も後に続く。ぼくたち潜入班は一足早く用具倉庫の裏手に回った。東承太郎の「作戦開始!」との号令を皮切りに拘置所の夜空を雄叫びが木霊する。
「始まった! おれたちも動くぞ」
暴動に伴い、警報が鳴った。サーチライトが東承太郎率いる運動場に集まる。その隙にニッパーでフェンスを寸断していく。壁際の稜線に沿って職員棟に急ぐ。ここまで来ては後戻りはできない。メンバーのひとりが危うくサーチライトに晒されそうになった時は肝を冷やしたが、どうにか全員が職員棟の陰に身を隠せた。
「ここまでは目論見通りだな」
みんな一息ついた。問題は、ここから旧牢舎跡までは監視網を遮る完全な死角がないということだ。どうしても一度はサーチライトの照射を許すことになる。そこでアンドロイドの監視周期をつぶさに観察していたメンバーが監視塔の様子を伺っていた。
「監視しているのは三箇所のようですね」
いわく、三秒、五秒、五秒の周期のアンドロイドが配置されているとのことだ。うまく周期を見計らえば、いちどもサーチライトに触れることなく旧牢舎跡まで行くことができる。そうやってタイミングを伺っていたとき、チャット欄のコメント数がどっと増えた。見れば、どうやら運動場の班が早くも鎮圧されたらしく、すぐさま東承太郎から連絡が来た。
『Fさん! 東ですっ』
すまねえ、運動場は鎮圧されちまった、とのことだ。あまりの早さに「マジっすか」と驚くしかない。収容棟Aのボヤ騒ぎは籠城戦化したおかげで持ち堪えているそうだが、いずれにせよ時間の問題だろう。
『あと十分は稼ぐ! その間に一目だけでも物資の確認してくれっ』
そのお願いに、すぐには頷けなかった。あと十分で辿り着けるだろうか? 東承太郎の勢いに飲まれて「わかりました」とだけ請け負った。班のみんなは劣勢を知ると、「ここでちんたらやってるわけにはいかないぞ」と焦りだす。ぼくの経験上、これは良くない傾向だった。
「いちど深呼吸しよう」
その提案に、みんな大人しく従った。嫌な汗を流す。次の接近の機を逃さず、建物の陰から飛び出した。「ここで伏せて!」いちど芝生のど真ん中で伏せたのは、次のサーチライトの周期からして立ち止まらざるを得なかったからだ。囚人服の蛍光色は芝生のそれとは明らかに浮いているが、アンドロイドの暗視能力次第では、あっけなく発見されるかもしれない。
「――、」
声を出さず、息をせず、じっと気配を消した。神よ、と柄にもなく祈った。その願いを聞き入れたかどうか、サーチライトは僕達を照らすことなく素通りしていった。「いまですっ」この隙間を縫うようにまた全力疾走していく。しかし悪いことに、メンバーの一人が足を絡ませて盛大にずっこけた。
「……ッ!」
みんな顔面蒼白になってメンバーを引き摺っていく。やばい。ほんの一秒前の場所を紙一重でサーチライトが照射していった。どうやら捻挫状態にあるらしく満足に動けない。先んじて物陰に隠れたメンバーから「止まれ」のサインを受け取った。予定とは異なり、もういちど芝生のど真ん中を伏せる。
「まずい、まずい、まずい」
みんなパニックになる。リズムがズレたせいで次の周期がわからない。迂闊に動けず、釘付けになった。さりとてここにいてはサーチライトに照射されるだろう。やけくそで「走れ!」と命じた。これで失敗したら、僕が全責任を負わねばならない。自分の命運をアンドロイドのアルゴリズムごときに委ねるなど、普段ならあり得ない愚行だった。物陰に隠れたら五秒だけで呼吸を整えよう、そうして体勢を整えようと思っていた。だからこそ、ぼくたちメンバーの三人がサーチライトに照らされたとき、心の底から戦慄したのだ。
「うっそだろっ!」
驚く暇もなく、ぼくと同じく肩を貸していたメンバーがキルされる。捻挫したメンバーも致命傷を負った。手負いのメンバーは状況を悟ったか、ぼくのことだけは逃がそうとする。
「先に行って!」
そうして足を引きずりながら、少しでも監視の目を誘導しようと奮闘した。こうなってはとやかく口出しする資格などない。残り二人のメンバーと共に裏口から旧牢舎跡に逃げ込んだ。だれかが「帰りたい」と泣き言を漏らす。まったく同意見であった。全てを投げ出して雲隠れしたい。当初の予定よりも二人頭数が減っているが、兎にも角にも必要工具があるという用具室ロッカーまで急いだ。
「走れ走れ!」
囚人の存在を知られた以上、アンドロイドが来ると思ったほうがいい。武装なんてないのだから鉢合わせたら一溜まりもない。黒魅めあ班の下準備のおかげで、C4爆薬を始め、必要な工具を回収できた。みんな持てるだけ荷物を持ち、スクリーンショットを参考にしてエレベーターに急ぐ。電気が通っていないので、メニュー画面の光を充てにした。東承太郎の配信ではアンドロイドが扉めがけて対戦車ミサイルを放っている。
「ここだな!」
エレベーターの型番を確かめてから、釘抜きバールで扉をこじ開ける。二基あるうちの左の昇降路に、目的の、直径三メートル超のパイプを見つけた。これが地下に続くパイプで間違いない。大勢のアンドロイドが旧牢舎跡に入ってきたと思しき足音が暗く反響してくる。
「時間がない!」
さっそくC4爆薬を取り付けると、YouTubeの取説動画を参考にして起爆させた。爆煙が晴れる時間も惜しんでパイプを確認したところ、見事に盛大な穴が空いている。うまくいった。しかし爆音のせいで位置がばれている。とにかく痕跡という痕跡を昇降路に放り込んでから、しっかり扉を締めた。すんでのところで、アンドロイドの足音が扉一枚隔てた向こう側に聞こえてくる。
「――、」
荒い呼吸を抑え込みつつ、闇の蠢きを探った。たちの悪い冗談だろうか、アンドロイドはエレベーター前でなにかをしている。雑な隠蔽工作しかできなかったので尻尾を掴まれないという絶対の自信はない。神よ、と闇の中で祈った。祈り虚しく、アンドロイドの鋼鉄の手がエレベーターの扉をこじ開けようとしている。あと五秒、いや三秒あったら存在が露呈していたまさに瀬戸際、何故か、アンドロイドは検証作業を切り上げた。その場を去る。実は残ったメンバーのうち、ひとりが陽動役として一階に残り、わざと物音を出したのだ。当面の脅威が消えたことで、ぼくたちふたりはどっと呼吸を荒らげた。ぼくの他に残ったのはチームの副班長的な立ち位置の、計画立案者のかれである。
「さあ、本番はここからですよ」
A帯の僕を先頭にしてパイプを進んでいく。湿っぽい。気持ち悪いのを我慢できたのは、東承太郎や視聴者の期待を背負っているからだ。道すがら、排水路が出てくる。覗いてみれば、二〇メートル下に地下講堂が広がっていた。何のための施設だろう、レンガ造りなのを見る限り、おそらく現代の建築様式ではない。立案者のかれが口にしたこんな呟きが疑問の霧を吹き消した。
「防空壕?」
あー! と納得のあまり声を出した。様子を見るために雁首揃えて覗き込んだところ、大きなゲートの前に不動の影がひとつ佇んでいる。
「あれは……」
アンドロイドだ。監視用とは違い、両腕が極太の銃器になっている。チーター討伐アンドロイドと同じ特殊個体に違いない。幸い、下層の広場に踏み入るのが戦闘開始のトリガーらしく、ぼくたちには反応しないでくれている。あのアンドロイド守護の扉の先には何があるのだろう? 立案者の目線が僕に向いてきた。
「どうしましょう?」
あの扉の先こそ物資保管所に違いないが、特殊個体が守っているのでは確かめようがない。下手に突っ込んで状況を悪くするより、まずは情報共有のためテイルアウトするべきではないか。
「うーん」
物資を回収したうえで脱獄する、という結果から逆算してみる。秘密の脱出路の作成のような大規模な工作ができない以上、脱獄は物量に物を言わせた正面突破になるだろう。ということは、1物資回収2拘置所制圧、という順番になる。つまり、あのアンドロイドを倒すことが脱獄の条件なのだ。チーターですら一撃で粉砕された特殊個体相手に物資回収前の徒手空拳で、どうやって?
「いや、ちょっと待って」
静かに考え込んでいたとき、とある音がパイプの向こうから聞こえてきた。その絶望の音が、不用意な威力偵察の決断を後押しする。読みが正しければ、どうせ成功の可能性は殆どないと悟ったからだ。
「駄目で元々かっ」
防空壕に飛び降りる。特殊個体は侵入者を検知して重機関銃M2ブローニングを乱射してきた。あえなくキルされる。物資の目視確認こそ出来なかったが、地下の存在がわかっただけで充分に役割は果たした。それより、あの音について東承太郎の耳に届けなければならない。東承太郎が報告会を開く。だがぼくが報告する前に、フリードリヒ大王が東承太郎に一報を入れてきた。
『東さん、これダメだわ』
開口一番の悲観的な発言だが、ぼくはすぐに内容を察した。おそらく僕が耳にしたあの音に纏わる結論に同じく辿り着いたのだ。フリードリヒ大王は乾いた笑いを滲ませつつ、こう短く切り出してきた。
『周り海だわ』




