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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
監獄編
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 自由時間後、定例会議が開かれる。東承太郎のチャンネルに調査結果の報告が寄せられた。みんな仕事が早い。特に東承太郎などは見事にチーターの説得をやり抜いていた。


『みんな聞いて? あのチーターだけど、武器透過チートだったらしいんだ』


 聞けば、フィンランド人チーターHemminkiがM82バレットで無双できていたからくりは障害物の如何に問わず、敵プレイヤーの武器が透けて見えるという強力なチートを使っていたかららしい。そこに自動エイムまで併用していたというから手がつけられなかったのも無理はない。その能力を応用もとい転用して、プレイヤーの押収品がどこにあるか見てもらったところ、どうやら旧牢舎跡の地下にそれらしい保管庫があるということだった。


『その地下室までどうやって行くべきかなんだけど、こればっかは正規ルートがわかんなかったのね。かわりに、旧舎の昇降路にでかい排水パイプがあるらしくってさ……』


 だんだん歯切れ悪くなっていく。察するに人に頼むには荒い泥仕事なのだろう、正規ルートが見つけられなかった以上、その排水パイプから侵入可能なのか確かめなければならないからだ。このあと東承太郎が誰にどんなお願いをするのか予想はついていた。


『だからFさん! 本っっ当に悪いんだけど、その昇降路から地下室に行けるかどうか、ついでに地下室の構造がどうなってるか確かめてきてくれないかな? さすがに一度は確認しなきゃ計画に信用が置けないから』


 まあだろうな、と思った。物資回収のために保管所の下見は必須だからだ。むしろ東承太郎がここまで礼節を重んじる人だったことこそ意外だった。もっとアグレッシブな人柄と思っていただけに、ぼくが東承太郎の視聴者ではないというだけで、ここまでしっかり慮ってくれるなんて尻がむず痒くなってくる。


「是非やらせてください! 質問いいでしょうか」


 もちろん、と気前よく返ってくる。パイプに入るということは、少なからず破壊活動を必要とするはずだけれども、そのための工具などは揃っているのか?


『話が早いね! さすがA帯っ』


 そこで水を向けられたのが、鈍器・火薬準備班のリーダー、黒魅めあだった。緊張が走る。というのも、僕と同じA帯プレイヤーという以上に、その見た目がいかにも地雷系の超絶美少年だったからだ。東承太郎をして界隈が違いすぎるせいで声色を固くしている。見た目から偏見を持たれるのに慣れているのだろう、意外にも黒魅めあはその華奢なルックスからは想像できぬ野太い声で、


『C4四つ旧舎1F用具室に隠してます』


 そう必要最低限に報告した。チャット欄では「イケメン」「かわいい」「ナンパしろ」と内容そっちのけのコメントが溢れ返る。僕の時と違って中傷が一切ないのは、異論を挟む余地がないほど完璧なイケメンだからだろう、東承太郎が愉快に笑った。


『A帯ってみんな仕事できるな! 頼んだの昨日の今日だぜ?』


 それを言うなら、フィンランド人チーターの助力を得るなんて他の誰にできようか。これだけ人数がいるのに唯一無二の価値を提供している。


 だがなるほど、報告の仕方ひとつ取っても、A帯が率いている班の手際の良さは聞いていて心地が良かった。ようは過不足がない。これはA帯プレイヤーが脱獄計画次第では予選落ちしかねないから尻に火がついている、というよりも、ゲームができるので単に事務処理能力が高いからだろう。三十日までに脱獄する、という結果から逆算して行動している。まだ何もできていない僕としては他のA帯が褒められるのを見ていると「早く貢献しなきゃ」と焦る程だった。そんな心中など露知らず、東承太郎が太鼓判を押す。


『というわけで、C4があれば侵入できるっしょ! このゲーム、破壊できないオブジェクトはないんだから』


 そこまで語調を強く言われては反論できない。現にLPVはごく一部のシャドウ化以外には現実志向の物質的・構造的世界観を守っている。銃器然り、建物然り。よってC4爆薬があれば大抵の障害には横車を押せるだろう。窓の外を見る。やることは、ただ地下施設を確認しに行くだけ。


「……」


 赤黒いアンドロイドが夜の運動場を警邏している。有刺鉄線つきのフェンスが厳密に区画を分けていた。その様子を監視塔のサーチライトがきめ細かく照らしている。目的の旧牢舎跡は、そんな夜闇のさらに先に深く沈んでいた。


「あそこに行って、パイプを壊して、地下の様子を見にいく……」


 この監視網を見れば、たったそれだけのことが実際には困難極まるというのは言を俟つまい。チーターが昇降路と地下室がパイプで繋がっていると保証した以上、物理的には侵入できると期待していいにせよ、なかなかの無茶振りにちょっと皮肉を言いたくなってきた。


「造作もありませんねえ」


 それを皮肉と見たか自信と見たか、東承太郎は屈託なく笑った。方針が定まる。いずれにせよ、ぼくだって本気で脱獄したいのだから実力者の一角として責を負うべきだろう。この逆風を前に安全圏で待つだけでは風向きは変えられないのだ。ただ、自分の視聴者に不安の溜息を吐くくらいは見逃してほしい。


「ああ! 脱獄が失敗して、本選にも行けないで、リスナーに袋叩きされようものなら、みんなだけはおれのこと守ってな?」


 目標を失い、人望も失う。それが最悪のケースである。みんな「大丈夫だよ」とか「任せて」とか「弱気www」とかコメントしてくれる。そうやって方針が決まったところで、次にぼくたちFチームをどうやって旧牢舎跡まで送り届けるかという話になった。


『じゃあ、アンドロイドの性能についてはどうだった?』


 当然の流れとして、調査班に報告を促した。フェンスを渡るにしろサーチライトを避けるにしろ、全てはアンドロイドがどれくらいの性能を持っているかに掛かっている。せめて通常のアンドロイドと同じ性能なら外部の情報を宛にできたものを、ここのアンドロイドはここにしか頒布していないようなのだ。よって下調べは重要である。ところが、肝心の調査は進んでいないらしかった。担当の眼鏡の青年が歯切れ悪く、もじもじ釈明してくる。


『ごめんなさい、忙しくて』


 東承太郎の「あら」という平熱な態度に却って背筋が凍った。普通に怖い。だが僕自身「一日猶予があったのに何してんだ?」と思う。多忙なら多忙なりに別の誰かに調査を任せればよかったろうに代替案すら講じていないとは責任感の欠如と言わざるを得ない。それがひいては参加者全員の迷惑になると少しも予想できなかったのか?


 そういう無能に対しては、視聴者という種族は獰悪な牙を剥き出しにする。「は?」「は?」「は?」「は?」「は?」と怒りの弾幕コメントを皮切りにして、チャット欄は一瞬で誹謗中傷の流れに変わった。


「こいつやっば」「4ね」「辞めろゴミ」「だからB級止まりなんだろ」「承より忙しいとか兆億長者か?」「職場の後輩に似ててクソうぜえ」「こういう無能おったわ~」


 正直、いい気味だなと思った。ぼくも配信外なら「つかえねー」ぐらいは小言を漏らしていただろうからだ。視聴者の手前そんな悪態をつくわけにはいかず、いまはただ、チャット欄を見ているしかない。渦中のリーダーもチャット欄を見ている。その顔面蒼白な表情を見るうちに、苛立ちの濃い色が漂白されていく。たった一度のミスでここまで袋叩きにされるなんて流石に哀れだった。しかも悪いことに、僕の班や黒魅めあ班を始め、他の班ではすでにアンドロイドの性能について独自の調査が済んでいたのだ。


『暗がりではライトをつけるのを見る限り、ナイト・ビジョン能力はないでしょうね』


『見張り役は一箇所辺り三秒・五秒・七秒周期でしか注視していませんでしたよ』


『使用武器は、シークレット・レア突撃銃の二〇式小銃(にいまる)、マガジン七つ、グレネード五つ、セカンダリーは同じくシークレット・レア刀の備前三郎国宗レプリカ、鎧はNIJ規格Ⅲプラス相当なので、攻撃力と防御力特化の構成です』


 無駄に有能な報告ばかりが寄せられる。普通に凄い。みんな悪意はないのだろうが、そうすると余計に調査班のリーダーの立つ瀬がなくなった。参加者なら誰であれ「本当に何してたんだ」と思ったに違いない。そのリーダーは泣くでも笑うでもなく無言でコメントを眺めている。眼球だけが頻りに動く。一歩間違えれば自分がああなっていたかもしれない、あるいはこれからなるかもしれないと思うと、本当に足が竦む思いだった。


「おっかねー」


 そう一言だけ、呟かないではいられなかった。これが大手配信者の世界なのだ。自分の一挙手一投足に対して数百倍規模のコメントが反応するなんて、大手配信者は情緒がおかしくならないのだろうか? まさに東承太郎の精神は神憑っているとしか思えない。


『ありがとうね、みんな!』


 そう纏める。その次すぐ「Fさん、行けそうかな?」と振ってきた。まったく上の空だったのでうまく返事できずにいると、東承太郎は「オレ自身はさ、マークされてるかもしれないから陽動役が向いてると思うんだ」と付け加えてきた。


「なるほど」一拍置いてから、「いちおう必要な情報は揃ったんじゃないでしょうか。あとはいつ決行するか決めていただければ、班のみんなと擦り合わせますよ」


 よしよし、と作戦を順序立てている。


『じゃあ計画の責任者として提案させてもらうね。明日金曜日夜の自由時間にオレの班がボヤ騒ぎを起こす。その陽動している隙にFさんチームが旧舎まで行って、地下にちゃんと行けるかどうか確かめてくる……』


 ついてきてくれる? と東承太郎が念を押してきた。いまさら言うまでもない。ほかの参加者も沈黙によって同意していた。


『ありがとう、みんな!』


 さ~て忙しくなるぞ~! とケタケタ笑った。なんと楽しげか。いたずらを企てる少年のような笑顔に僕まで楽しくなってくる。


 おのおのが役目を果たそうと動いていた。悪徳の宴が始まる。ぼくは日中仕事だったので非番の人に侵入路の検討を委ねることになった。



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