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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
リスナー編
2/26

『今日は七星ななんさん主催の大会に参加しようと思いまーす』


 どうやらエックスで個人大会が開かれるのを見つけたらしく、Danteは景品のレア銃を目当てに参加するようだ。公式以外にも、こうして個人が大会を開くことができる。ただし、参加はどこからでも申し込めるわけではなく、主催者がいる場所まで実際に赴かなければならない。今回は台東サーバーの秋葉原エリアが開催地のため、切り抜き動画は東京駅から出ようとするところから始まっていた。提携企業の飲食店が所狭しとプレイヤーを呼び込んでいる。


『いらっしゃいませ~!』


 熱気溢れる構内が続いた先に、八重洲口が眩しく待っていた。遮光の屋根が深秋の肌寒い青空を涼しく隠している。現実と同様なのは、そこまでだった。カモメが鳴いている。永遠の水平線が世界を二分していた。本来であれば、東京駅を境に中央区になるところ、LPVでは区と区が隣接していない。プロキシサーバーという、区の狭間の、架空の空間が設定されているのだ。


 視界いっぱい海原……その陰に街が――横倒しの高層ビル、物語らぬ信号機が深く沈んでいる。大昔に天変地異があった、という世界観だろう、すでに廃墟には往年の草木が生い茂っていた。プレイヤーの行き来に伴い、アンドロイドが海上道路の建設を進めたおかげでサーバー移動できる。


 DanteはスズキV-STROM250の、サイドパニアたっぷりのアドベンチャーバイクを足に北を行った。地味なオーバーコートの裾を波風にたなびかせながら「ランク上がらねえ~~」とか「ハニーバジャー欲しいよ〜! 全員棄権しろ」などなど雑談している。身バレ防止や武器構成を秘匿するため、こうしてコートをフードまで着こむことが多い。とくにDanteのような有名配信者は顔が割れているため、こうしなければ移動のたびにファンに遭遇してゲームプレイどころではなくなるのだ。


 道路標識が、空より青く、海よりなお青い。その青と白の爽やかな世界に、真っ赤な、気持ちいい鳥居が現れてきた。鳥居の下に東京アクアラインよろしく海中トンネルの入り口が続いている。いつもは交通が多いところ、いまはDanteしかいなかった。暗い。ただ構内に六速六千百rpmの並列二気筒エンジンの音だけが孤独に反響する。


「……」


 配信者Danteを通じて視聴する日を追うこと二週間、だんだんLPVの楽しみ方がわかってきた。主には武器持参式のPvPである。プレイヤーはおのおの所有する銃・刀・鎧・杖の四つのメインウェポンを軸に敵と戦う。キャラクターレベルは存在せず、所有アイテムとプレイヤースキルが勝敗を左右する。銃や刀なら他のゲームでも馴染みがあるが、鎧と杖はLPVならではのゲーム性であろう、鎧は現実で言うところの防弾チョッキであるが、NIJ規格ⅡAクラスのコートでは精々九ミリパラベラム弾三発程度しか防げず、それがなくなれば敵攻撃がプレイヤーを直撃する。銃や刀の攻撃は現実と同じ威力のため、直撃=キルである。


 杖、あるいは錫杖は、LPV唯一の魔法要素といっていい。といっても、炎や雷を出す杖ではない。使い魔という、影の存在を使役するための武器として扱われている。初期装備『二釻真鍮錫杖』では、影の猟犬、シャドーハウンド一匹を使役することができた。影、という設定なので一様に耐性は低く、シャドーハウンドなど九ミリ弾一発の直撃で消失する。そういうわけで、多くは偵察用として使っている。それとて犬は犬なので人語を解するわけではなく、敵プレイヤーがいるであろう方角に向かって吠える程度の意思疎通しかできない。


 初期装備から卒業したいなら、高ランクのアイテムを手に入れなければならない。その手のアイテムはより遠方のエリアでしか入手できなかったり、たとえNPCのショップ販売であろうとも高額すぎて初心者には手が出せない。だから、冒険と依頼をこなす。もしも自分自身を強化して、高いランクを目指したいならば。


 LPVには「席次」という公式ランキングが定められている。これはレーティング順のプレイヤーランキングであるが、今日時点の公式席次第一位のレーティングは二千五百十三らしい。無名のプレイヤーが誇らしげにスクリーンショットを上げているのをまとめサイトで見た。


 それ以外に「階級」なるプレイヤーの格付けがあり、一番下がC、一番上がAAAという具合である。他シューティング・ゲームでは世界大会優勝経験もあるDanteは早々にAまでは上がったが、単なるエイム力が求められるゲームとは違い、五感を使い、多様なアイテムを駆使しなければならないLPVではそこから先に行くのが難しいようだ。特に現状では市街地戦が多いため、遠距離スナイプがそこまでは猛威を振るっていないことが新規参入者に一矢報いる希望を与えていた。


「……」


 仕事終わり、YouTubeの登録チャンネル欄を確認するのが僕の日課だった。それがLPVが出て以来、Danteの切り抜き動画を見るのに一層いそがしい。Danteのスーパープレイを見るのも楽しいし、強力なアイテムを求めて冒険にでているのもわくわくする。流行りのゲームをとっかえひっかえやってはすぐに飽きるDanteであるが、そのかれにしては珍しくLPVに夢中らしく、ここ最近はそれしか配信していない。公認切り抜き動画での「しばらく他のゲームをするつもりはない」との約束は多くの視聴者を喜ばせた。


 今日の動画は『「LPV」ガキに煽られてガチギレするDante』というタイトルに「てめええええ!」と激昂するDanteのサムネイルという、すでに面白そうな内容だった。できればLPVに限って配信を追いたいところ、一日十時間も配信されては社会人には全てを視聴することは時間的に不可能だった。Danteいわく、これでも視聴者に配慮して、五時間以上は配信裏でプレイしているというから筋金入りである。


 トンネルを抜けた先はさっきの晴天とは一変、曇天になっていた。その重苦しい大気に押しすくめられたように水上都市が小さく霞んでいる。


 新マップ《台東サーバー》はサービス開始一週間後に発見された。千代田サーバーと同じ城壁と巨大な鳥居がその証だった。千代田サーバーが実寸台なのに比べると、台東サーバー秋葉原は現実よりもはるかに広大なエリアに設定されている。


 現実には存在しない摩天楼、それとは反比例する活気のなさ、コンカフェの客引きがあるはずの目抜き通りだけはアングラな露店で賑わっている。僕も生まれる前だったから知らないが、まるで〇〇年代の電気街だけを切り抜いたような怪しげな地区だった。いってみれば工業都市が水没したようだ。


 Danteはコインパーキングにバイクを預ける。街の殆どが水没しているせいで、移動にはボート、それからビル間に突貫された足場板の頼りない橋を渡るか、あるいは信用度ゼロのロープを滑落しなければならない。まるで立体迷路だった。プレイヤーとアンドロイドによって破壊と再生が繰り返されているため、昨日使えたルートが今日は使えない、という珍事が起きうる。ビルの廊下が一番使う道なので道の譲り合いが頻繁に生じた。狭い。いちどなど、正体不明の排気ガスをもろに食らってむせ返るほどだった。


『おえ!』


 視聴者のぼくにさえ、ガスの幻の汚臭が鼻をつく。気持ち悪い。JR秋葉原駅がモチーフらしき建築物に到着すると、すでに参加者らしき人影がざわざわと集っていた。総勢五六人。可愛らしいキャラデザの七星ななんなる個人Vtuberが大会開催の音頭をとる。


『主催者の七星ななんです! よろしくお願いいたしまーす』


 お願いしまーす、と参加者が挨拶した後、全員参加のサバイバル戦を三回してトータル成績で順位付けすること、優勝者にはウルトラレア銃、PDWハニーバジャーが贈呈される旨が告知される。


『お〜!』


 いわく、シークレットレアのNPCから購入した、とのことだ。サイレンサーが現実と同程度の消音効果しかないLPVにおいてでさえ、亜音速弾・三〇〇BLK弾と組み合わせることでガスガンの発砲音相当にまで抑えることができる。かなりガチ武器だった。まだ通常NPCショップでは入手できないため、この大会に優勝すれば先行者利益を得られるであろう。


次→2026/1/1 21:00

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