19
自由時間終了のチャイムが鳴り響く。
みんな雑居房では暇なのでUNOだのババ抜きだのを楽しんでいた。ぼくはというと、フリードリヒ大王の配信を寝そべりながら視聴している。ログインしたままなのは、ゲーム内であればいちいちスマートフォンを持たずとも虚空のウィンドーを眺めていればいいだけから楽、というのもあるが、監獄内の動向――アンドロイドの様子や人間関係の変化など状況を注視していたいからである。壁に耳あり、鉄檻に目あり、だ。
『東さーん! いま助けるぞ~』
ぼくがフリードリヒ大王を好きなのはニコニコ動画時代の無断転載動画が主で、YouTubeに拠点を移してからはそこまで熱心に見ていない。久しぶりにライブ配信を見ている。トレンチコートに日本刀スタイルのフリードリヒ大王が視聴者を引き連れてシャドウと交戦していた。フリードリヒ大王は顔出しはしていないのでイラストを基にした美丈夫である。
『どっかに鳥居があるはずなんだって!』
どうやら、葛飾サーバーへのゲートを探しているらしい。これまでの傾向からして、別サーバーへのゲートにはそうとわかる鳥居が必ず拵えてある。フリードリヒ大王は現実で言うところの墨田稲荷神社にそれがあると考察しているが、千代田サーバー以外は参考にしているというだけで現実そのままの地形ではない。事実、墨田サーバーは木々が生い茂る森林地帯になっていた。
壮健な建物から枝が伸びる。横十間川は川沿いの常緑樹林のせいで草木のトンネルに変わっていた。ただ元が区画整備の行き届いた街並みだからだろう、台東サーバーとは違い、道並み自体は理路整然としている。
ただ、墨田サーバーは正式な入口が見つかったわけではなく、プレイヤーが地下鉄半蔵門線経由で裏口上陸したに過ぎないため、車両を使うことができない。それはつまり、物資運搬が満足にできない、ということだ。唯一の搬入経路の半蔵門線はシャドウが強力なので初心者では接近さえ困難を極めている。
それをフリードリヒ大王は圧倒的な物量によってカバーしたのだ。さっと声をかけるだけで百人以上の大軍団を結成できるなんて、けだし大王と言わざるを得ない。
『擲弾兵、投げえい!』
手榴弾が炸裂する。銃声が木霊した。なんと楽しげか。たとえシャドウにキルされようが、仲間がドロップアイテムを回収してくれるのですぐに仮拠点から戦線復帰できた。
これが集団の強みである。そこらの有象無象なら統制が取れずにドロップアイテムの略奪が横行するだろうに、カリスマ的な指導者がひとりいるおかげで、見苦しい場面は目につかなかった。冗談でも比喩でもなく、LPVにおける有名配信者は行政・立法・司法、そして軍事力を一手に担っている。その中でも最強格の権力者・東承太郎から何やらお呼びがかかった。ぼくの隣の名も知らぬ収監者が手を伸ばして「Fさん! 呼ばれてますよ」と柵越しに教えてくれる。顔を出してみれば、東承太郎が二層上の房から大声で、
「よかった! いたか。おーいFさーん、いまから作戦会議するんでオレの配信きてくれますか~?」
どうやら、身動きできない今のうちに内側から脱獄の目星をつけておこうという魂胆らしい。最大手配信者にそんなお願いをされて断れる者があろうか。あ、はーい! と子犬のようにチャンネルに駆けつけた。視聴者数は四万人いる。視聴者の存在は見えないので実感が湧きにくいが、いわば東京ドームのど真ん中に立たされたも同然だった。
『よし、メンツは揃ったな! まずはわかっていることから共有しよう』
最初に議題に上がったのは、脱獄の目標設定だった。どこまで本気なのか定かではないが、東承太郎は本選進出を望んでいるので、決行日時を今週の二九日土曜日ないしは三〇日日曜日に設定した。
『土日ならオレたち囚人がフルパワーを発揮できるし、逆に運営が休日で監視の目が緩むんじゃねえかな』
おお、と舌を巻くほどに鋭い考察である。アンドロイドの多くはAIだろうが、それだけでは円滑な運営が難しい以上、きっと何体かは株式会社エクリチュールの社員が操作している。チーターをも容易く蹴散らした特殊アンドロイドがそうだ。エクリチュールがどんな勤務形態なのかは知らないが、一般的な土日休みであれば、人間の目の監視からは免れることができる。フリードリヒ大王軍が葛飾サーバーのゲートを見つけられるかについても、その頃までには白黒はっきりしているだろう。
『そのアンドロイドなんだけどさ、考察サイトの仮説が本当なら、決して勝てない戦いじゃないぜ? あいつらプレイヤーみたいにシャドウ化できねえみたいなんだわ』
あ、と虚を衝かれた。言われてみれば、アンドロイドがシャドウ化するのを一度たりとも見たことがない。チーター討伐戦でさえアンドロイドは虚空から現れたのではなく、わざわざ輸送機に乗ってやってきたくらいだ。
『逆にオレたちはやられようが房にリスポーンするじゃん。ゾンビできるオレらのほうが物量自体はうえなわけよ』
面白い。確かにいくらアンドロイドが強力武装で身を固めていようと、さすがに多勢に無勢では意味をなさない。チーター討伐戦ではアンドロイドの亡骸はそのままだったので、物資略奪に期待できれば、一矢報いる隙はある。
『あとは図面だよな~! 脱獄可能に設定しているなら、ぜってえ図面が手に入るはずなんだよ。どっかで物資も取り戻さなきゃなんねえ』
誰かスコフィールドみたいにタトゥ掘ってるやついねえか、と『プリズン・ブレイク』ネタを仕込んできた。どれだけ伝わっただろう、果たして参加者のひとりが配信を通じてではなく、直接立案してきた。
「すいませ~ん!」
構内に男の声が反響する。東承太郎がさらなる大声で「どうしました~?」と聞いたところ、「あのチーターに協力してもらうのはどうでしょう~?」ということだった。
「たぶん透過チートだったと思うので脱出路わかるんじゃないでしょうか~?」
あー! と勝手に声が出てきた。東承太郎も「おまえ頭よくね?」と笑う。毒をもって毒を制す、というわけだ。そのチーターだが、Hemminkiというらしい。見慣れない字面に半角なあたり海外勢だろうか。雑居房とは別の独居房に収監されているのを目撃されている。
『あいつめ~!』
そうなると、脱獄の第一ステップとして別棟にいるらしいチーターに接触しなければならない。そのための交渉は東承太郎が担うとのことだ。海外勢と踏んで、英語話者が割り振られる。脱獄には障害物破壊が織り込まれる以上、鈍器や火薬の収集にだって人を割かなければならない。アンドロイドの性能がどの程度なのか調べる必要がある。通常の黄金塗装のアンドロイドと違い、一連のアンドロイドは赤緑の迷彩塗装をしている。おそらく別系統に違いない。通常のアンドロイドの性能がわかっているだけでは参考にならないということだ。顔認識できるのか、暗視能力はあるのか、もろもろ調べるための調査チームも結成された。
なかんずく重要なのが、没収された物資をきちんと回収しなければならないことだ。ランク戦中に捕縛されたため、みんな一軍装備を押さえられている。一軍装備はプレイの歴史そのものといっていい。実はプレイヤーの物資には「エルゴノミクス」という数値化不可のパラメータが蓄積されている。直訳すると「人間工学」であるが、ここでは「使いやすさ」程度の意味だろう、たとえば銃のグリップのすり減り具合、ボディアーマーのフィットネス、使い魔との信頼度も分類されている。物資は使う程に最適化、つまりプレイヤーに馴染んでいくのだ。それなくして脱獄するなどありえない。
その回収には、なんと僕が割り振られた。なんでも、危険な潜入任務が想定されるため、保険としてA帯プレイヤーを配置しておきたいそうだ。
「重責だな……」
僕自身、どうして自分が強いのかよくわかっていない。純粋なキャラコンならそこらのゲーム歴の長いプレイヤーのほうが高いのではないか、なんて、不安に思っていてもいまさら撤回などできようはずもない。ぼくだって配信をしている。少なくない視聴者が期待している中、そんな責任放棄は避けなければならない。もしも失敗したら、多くの視聴者を失望させる。数万人規模の重圧を一身に背負っているなんて、東承太郎のような大手配信者はなんと肝っ玉が座っていることだろう、参加者みんなに発破をかけてきた。
「しゃあ! やるぞおめえら!」




