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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
ビギナー編
16/28

16

 無性に夜風に当たりたい。

 引っ越しの息つかぬ間に、夜の上野ダンジョンに潜ろうと思った。

 LPVの夜が危険な時間帯なのはログインが多くなるから以上に、モンスターもまた活発になるからだ。特に上野ダンジョンは現実の上野美術館に多くの国宝が管理されているのを意識してか霊的な力が強いという設定らしく、強力シャドウが出やすかった。それが目的である。きたる大会のため、戦力アップをしたいと思い立ったのだ。


 このようなダンジョン探索においては、不慮の事故が装備の全ロスにつながりうる。そこで旅用の、二軍以下の装備で保険をとるのだ。装備の格は数段落ちるものの、万が一にも一軍装備をロストしたら一生立ち直れない。


 持久戦が見込まれるため、普段はあまり使わないレベルⅢ級トレンチコートに袖を通す。重い。そのぶん仕様として鈍足になるが、そこはスモークでカバーすればいい。バックパックには回収物資を見込んでテイム用の錫杖のほかはコールドスプレー三本と逃走用スモーク五つくらいしか入れない。そうなると、メインアームは二軍のノーマル武器・四釻真鍮錫杖、それから補給不要の日本刀という選択になってくる。


 最後に、レッグホルスターにタクティカルライト付きVP9を差し込むと、V‐STROMで上野エリアまで向かった。広大な台東サーバーの辺境のためアクセスが悪いが、バイクのレンタルのおかげで難なく到着した。やはりバイクが一台あると小回りが利いて移動がしやすい。ゆくゆくは自分だけのバイクを購入したいものだ。


 土曜日夜というホットタイムなので、JR上野駅前には多くのプレイヤーが待ち合わせしている。現実でもカップルなんかが待ち合わせ場所として活用しているように、LPVの上野駅前広場も活気に溢れていた。全員が全員、突撃銃や狙撃銃、日本刀を携えていなければ、少しはロマンチックな光景だったろう。アンドロイド不在のこんな場所でソロの僕がキルされないでいるのは、ひとえにかれらの良心にかかっている。この良心とは、大人数でソロプレイヤーをリンチするのは見苦しいというLPV内の美学に他ならない。


 そういう美学であるが、上野の森美術館モデルの建築物近くでは適応されなくなってきた。薄暗い。人の気がなくなると共に治安悪げになっていく。こんな場所で一人で来た以上は襲われても文句は言えまい。その時は、少なくともひとりは道連れにして、仲間と合流するまで孤独な時間を過ごさせてやろうではないか。上野エリアの本格的な探索は初めてであるが、LPVとしては珍しく、現実と同等の風景が続いていく。


「……」


 年一行くくらいには美術館巡りが趣味である僕としては、上野エリアは他エリア以上に愛着がある。西洋画ではイギリス人画家のターナー、日本人画家なら吉田博なんかが好きだった。たしか森美術館はいま、浮世絵展が開かれているはずだが、さすがに内部までは再現されていない。窓ガラスは割れ果て、エスカレーターはピクリともせず、お土産コーナーはマグカップやポスターが散乱している。


 生気がない。そのはずなのに、奥からはがやがや笑い声が聞こえてくるではないか。奥光る曲がり角の先に人の往来が見えてきた。美術館らしからぬ路地裏の趣だが、実際に美術館内部は路地裏に続いていたのである。


「――、」


 伝統的な瓦造りの町並みが広がっている。いまは失われし江戸時代の東京だった。


 LPVの美術館はその時の現実の展覧会を反映した異世界に繋がっているというのを忘れていた。雑踏を進んだ先に木造の橋がかかっているのは、まさに葛飾北斎『富嶽三十六景、江戸日本橋』を踏襲しての世界観であった。古くは五街道の起点として交通と物流の中心を担い、その栄華の名を現代まで残した通り、見事な日本橋ではNPCが盛況な魚河岸を開いている。趣深い。こういうエスニックな港風景は今日のモダナイズされた日本ではそうはお目にかかれまい。


 夜空を振り仰ぐ。いまは夜なのであいにく富士山は見えないが、その代わり、なんと夜に煌めく江戸城を望むことができた。


「……」


 シルエットだけのNPCの往来の中、遠い江戸城をぼんやり眺めた。日本橋エリアの辺境を二時間散策した結果、シャドウバイパーなる蛇型モンスター二体をテイムする。名は『猖』と『猾』にした。お正月なので音読みがショウとカツの漢字に肖ったのである。


 そうやって武器強化と反復練習するうちに、一月十一日がやってきた。正月休みが明けるとともに、大会参加の申し込みが締め切りとなる。予想以上の参加数になったらしく、予選・本選・決勝の三度にわたって、およそ一か月開催する予定とのことだ。


 気になる予選の形式であるが、一月三十一日時点で席次五百位以上であれば本選に駒を進められると報じられた。うぐ、と胸が詰まる。想定以上の参加者を足切りするためには妥当な進出条件にせよ、現状BBB級のぼくが残り二〇日間で五百位、すなわちAA級相当まで上がれるかどうかは微妙だからだ。こういうのは上に行くほど上がりにくい。


 さらに懸念すべきは、そのあとだった。予選の後の本選は個人戦、決勝戦は生き残り九人のサバイバル戦をライブ中継するとのことだ。ぼくは特定の誰かとの個人戦の経験がほとんどない。よしんば生き残ったとしても、最強の九人とサバイバル戦なんて、真っ先に頭を撃ち抜かれる未来しか見えない。


「はあ~」


 ゲーム開始から一か月が経とうとしている。もう現実は知っていたはずなのに、こうして数字として突きつけられると落ち込むものだ。本当に受験ではないか、第一志望がD判定だったら落ち込むに決まっている。落ち込んでいたって仕方ないので失望を胸に半蔵門線ダンジョンに潜った。現状最強と思われる理想の武器構成が完成すると、腕試しのため、ランク戦に挑戦する。


「お?」


 AA級プレイヤーがいる部屋なのに、思い描いた通りに優勝することができた。これが初優勝である。いままでは上位に残るまで芋行為をして、最後は鉢合わせた上級プレイヤーに狩られるという情けない展開ばかりだったのに、近頃ふつうに狩りに行って上位まで残ることができている。勝てる試合と負ける試合を序盤から察知できるようになっていた。あとは負ける展開に流されないように慎重に立ち回って、敵を自分の間合いに引きずり込めれば必勝といっていい。


 これは単に調子がいいだけなのを、勝手に強くなったと思い込んでいるだけだろうか? だが思うに、強くなった気がする、という思い込みというのは大事な感覚に他ならない。この思い込みこそ本当に強くなるための第一ステップだからだ。


 戦術面においては、シャドウベア短機関銃戦術の発展版が猛威を振るっていた。これまでシャドウベアの攻撃の躱しざまをカモ撃ちしていたものが、上級者になるにつれて通用しなくなってきた。なかには完全に後手に回ったくせに超人的な反射神経でヘッドショットを決めてくる化け物までいる。


 そういう本当の強者相手に編み出したのが、短機関銃の射撃の前にシャドウバイパーの攻撃を差し込む二段構え戦法だった。シャドウバイパーは出が早く、追尾性能があるため、即座の対処は難しい。それを二体召喚する。シャドウバイパー単体では致命傷にはならないものの、動きを拘束した隙に本命の短機関銃によって仕留める、というわけだ。そうやってランク戦を重ねるうちに、とうとうA級プレイヤーに昇格していた。


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