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一月一日朝九時、大会受付が東京駅で始まった。元旦ということで、LPV内も初々しい装いである。正月の若い青空のもと、街頭いっぱいに日の丸が称揚されれば、日本人なら誰であれ爽やかな気持ちになるであろう。すでに東京駅は黒山の人だかりができている。こんな年始から初詣にもいかず、ゲーム内の大会受付に来るなんて、なんというゲーム廃人どもだろう。
「度がしがたいぜ!」
そうやって蔑んだ視線を送るだけ、それが自分自身にも返ってくる。なんと心地良いことか。こういうふうに有象無象のひとりとして埋もれるのは嫌いじゃない。
なんでも、告知なしの元旦おみくじイベントが日比谷シネマ前にあるらしく、申し込み後の高めのテンションのまま参加したところ、通常より格安のガチャが繰り広げられていた。ある者など、ゲン担ぎのためにガチャの前に巨大な五芒星を描いている。あれで運気が高まってレアアイテムドロップの確率が高まると信じているらしい。
「うそでしょ?」
そんなバカタレがいるなんて面白いではないか。他にも、NPCショップで突発的に福袋企画が開催されていたり、非公式の福男祭りがおっぱじまっていたりなど、どうしようもない連中同士でお祭り騒ぎであった。ついつい散財している。コールドスプレー、ガンオイル、五・五六ミリ弾……普通に買える小物ばかりと思いきや、なんとシークレットレアのスコープをドロップした。なんだこれ、と思っていたら、群衆が歓声を上げているではないか。
「すげえ! ナイトフォースだっ」
聞けば、合衆国の光学機器メーカー、ナイトフォース社製の低倍率可変光学照準器だという。その名を、NX8と呼ぶ。最大倍率八倍、専門的な知識なく三百メートル前後の目標を精密射撃したいときに重宝する。どうしてスコープなんて付属品がシークレットレアなのかというと、精密機器たるスコープは意外なことに実銃そのものより高価なことが多いからだ。このNX8からして標準的な突撃銃二丁分に相当する。外野の騒ぎように比べて僕がローテーションなのは、この遠距離サポートの機器が僕の戦術とは噛み合わないからだが、まあ貰っておいて損はないのは間違いない。
「お兄さん持ってるねえ! さすがっ」
なにが流石なのかはわからないが、正月なら、見ず知らずの人に何を言われようと気にならない。なんと気持ちがいい日だろう。ドロップアイテムに関してはいつか使う日が来るとも限らないのでロッカーにぶち込んでいく。
「う~む」
だいぶロッカーが窮屈になってきた。プレイ時間だけで言えば、ざっと百時間越えなので物資が増えてきたのだ。初期拠点のロッカーでは狭くなるのも無理はない。千代田サーバーは治安の良さといい賃貸料なしといい、何かと便利ではあるものの、一人当たりのインベントリー量が少ないうえに地味にアクセスが悪い。これからより高難易度な遠方のサーバーに行くとなれば、もう拠点を移すべき頃合いなのかもしれない。
思い立ったが吉日、その日のうちに台東サーバーに下見に行く。秋葉原エリアは土地勘があるという以外に、強力なシャドウを捕獲できる上野エリアに程近いのだ。
問題は、アンドロイドの配備が少なく、留守中に拠点を攻められる危険が付きまとうことだ。家に帰ったら物資を全部抜かれていた、なんて目も当てられない。よって、プレイヤーは高い賃貸を払ってでも守りが固い拠点を住まいにするか、あるいはパーティを組んで自衛することになる。ぼくに後者はない。有象無象のひとりとして群れるのは好きだが、集団に属するのは人間関係が面倒くさいからだ。
であれば前者しかない。秋葉原の一角に中級者御用達のタワーマンションがある。1Rだが、賃貸は月額三十万円する。平均的なクエストが一回当たり一万円越え程度、それを一日五回できるなら余裕だろうが、一日に何度もクエスト受注できるような余裕は社会人にはない。せいぜい二回が限度だろうと考えると、現実で言えば給料の半分相当の家賃になるので、身の丈以上の住まいといっていい。ただ、このタワーマンションは日割り計算してくれるので、正月の期間だけ修行のために、という名目であれば納得できた。
「ま、金欠になるっていってもゲームだもんな」
三分足らずで物件を押さえる。二四階の角部屋であるが、ほかの建物も軒並み背が高いので風景は期待していない。あくまで実用重視であった。そうやって手続きが済んだあと困ったのは、物資移動をどうするか、ということだった。
この手のPvP型オープンワールドでは物資が四次元をテレポートしない。LPVもご多分に漏れず、物質は物質として存在する。例外は極一部のシャドウダイブだけだ。どうやって千代田サーバーから秋葉原まで物資を運んでいくべきだろう、いま拠点移し中ですよとばかりに移動しては、アイテムの無料配布をしているに等しい。拠点を安全に移動するためには、そのための足の確保が先決だった。
「いつまでもバス移動とはいかんもんな」
そうやって足を運んだのはバイクのレンタルショップだった。カワサキやスズキ、ホンダなど魅力的な大型二輪がずらりと並んでいる。どれもクエスト一回分程度の料金がかかるため、武器購入代を節約してまで来る初心者はいない。
正確には、スクーター程度であれば三千円から一日レンタルできるのだが、ちょうど現実でもハイブランド店にラフな格好では入りにくいのと同じく、ここは中級者程度の装備でなければ訪ねずらかった。それがいま、こうして来ている。自分ではまだまだ初心者気分でも、経済的必要に従って訪問を余儀なくされた以上、これは登竜門なのだ。
今回は、機動よりも積載目的の移動のため、サイドパニアたっぷりのスズキV‐STROM250をレンタルしてみた。初心者御用達の良バイクである。現実ではバイクなんて運転したことがないので、しっかり教習所に訓練しに行った。
現実同様の操作が求められたが、そこは元来は航空機の操縦シミュレーション目的だったデバイスの面目躍如であろう、いくら無茶な運転をしても本物の体には何の影響もなかった。座学などないので感覚だけで習得する。こんな調子だと本物の教習所を生業にしている人は大変だろうな、とぼんやり思った。
しかし何も教習所だけではない。学校の教師も、実店舗系の販売店も、エンターテインメント系テーマパークでさえ、Xcoreの影響を受けない分野なんてない。一九六九年一〇月二九日、DARPAの前身ARPAがインターネットを作って世界の常識を変えたように、今度はその後身DARPAが二一世紀の常識を変えたのだ。
「……」
拠点移しのため、千代田サーバーと秋葉原エリアを往復すること数回、時刻は夕方五時になっていた。正月の清き青空が切なく終わろうとしている。黄昏が海原の廃墟を眩しく照らした。物悲しい。ナショナルジオグラフィックかなにかの、戦争ドキュメンタリーで見た第二次世界大戦後の日本の廃墟を思った。記憶が曖昧なのでドイツだったかもしれない。いずれにせよ、すっかり滅亡した国にも等しく夕方は来ていたのだ。なんというか、無常ではないか。
「ふう」
最後の荷物を運び終えたころにはすっかり夜になっていた。暗い。玄関に荷物が滅茶苦茶に散らばっている。カチッと電気をつけたら、冷たいコンクリート製のワンルームが広がっていた。虚しい。いまはまだ何もないけれども、きっとすぐに物で溢れ返るだろう。カーテンさえない真っ黒な窓ガラスに自分自身の姿が映っている。
「……」
ぼくにとって、真にリアルな世界はどちらであろうか。現実か、LPVか。そうやって現実と虚実をさまよっている者は僕だけではあるまい、窓を開いて俯瞰する限り、密集するベランダひとつひとつにプレイヤー固有の光が籠れ出ている。現実のタワマンの風景は三日で飽きるなんて言われているけれども、この雑多な下町の夜景は見ていて楽しかった。
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