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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
ビギナー編
13/28

13

 五連休の翌日、たっぷり上司に嫌味を言われた後の仕事中、頭の中は武器構成や戦術考案でいっぱいだった。我ながら懲りない。スモークの代わりに閃光弾もよいのではないか? MP5の代わりにショットガンでもよいのではないか?


 しかし僕が仕事で正味十時間のロスをしている間に、ゲーマーどもはさらに強くなっていく。しかも差はさらに開く。これでは何をしていても心穏やかになれるはずがない。それはもう、十年来禁煙していたのについに解禁してしまう程には。


「……」


 銘柄は、Dante愛煙のマルボロだ。昔はLuckyStrikeなんかが好きだったのに影響されて吸っている。味はマイルドだが、紙が柔らかいのか吸い殻がぽろぽろ散って吸いづらい。そうして十分休憩でさえ動画を見ながら、タバコを吸って思案にふけった。


 冬の喫煙所は寒い。北空の霞む群青の果てに、あの美しい龍の羽ばたきを描いた。美しいものを手にしたいという理想の炎はいつだって目先のはした金という現実の風に掻き消える。挑戦しようという者の前には誰であれ、この北風が吹くのだ。


「……」


 なんというか、世界を感じないだろうか? ここは現実の日本で、東京で、生まれてずっといるのだから感じていて当たり前なのに、LPVをプレイしている時と同じような、生の充実感を真に感じている。そういうわけで、ぼくはいま、この思い悩んでいる冬の時間をちょっぴり気に入っていた。


 夢中とは、こういうことだ。


 仕事中ずっと、帰ったらああしようこうしようという予定ばかり立てていた。木曜日金曜日は二日とも個人戦に費やす。やればやるほど、シャドウベア短機関銃戦術の有用性が示されていった。この感覚は剣道で「返し胴」を会得した時に似ている。相手の面技の受け止めざま、素早く胴技を切り返す。


 このカウンター技は、相手の面技を待つだけではなく、相手に打たせるように仕向けることで真の脅威となる。剣道大会ではさっさと帰りたい一心で使わないでいたけれども、部活動仲間にはそれだけで無双していたほどに強かった。シャドウベア短機関銃戦術も、躱させるように仕向けているという意味では、カウンター技といっていい。


 待ちに待った金曜日夜、帰宅するなりXcoreに飛びついていた。早速ログインして体を温める。深夜三時までランキング戦に潜っていたら、勝ったり負けたりを繰り返すこと数十戦、なんとBBB級昇格戦までこぎつけた。心臓が高鳴る。変なことをしないこと! 自我を出さないこと! メニューバーを出したところ、現在三〇位まで残っていた。一〇位まで残れば、確実に昇格できる。


「落ち着けよ、落ち着けよ」


 緊張のあまり、もう数十回は武装を確認している。右肩にはMP5K、左肩にはシャドウベア召喚の六釻銅色錫杖、ポケットにはコールドスプレーとスモークを突っ込んでいる。アタッシュケースには索敵用の錫杖がもう一本あるが、すでにシャドウハウンドはキルされたため、索敵はできない。弾倉は残り三つ、グレネードが二つ……


「ふ~~~~~~……」


 窓の外をのぞきながら、静寂の中の情報に耳を傾ける。震える手でエナジードリンクの蓋を開けた。現実の味と変わらない。試合とは関係ない雑念ばかり頭をよぎった。このエナジードリンクによって血糖値はあがるのか? 現実でもシュガーゼロのドリンクを飲むと、脳が誤ってインスリンを分泌するらしい。薬殺刑の罪人に毒薬と偽って栄養剤を打つと、脳が本物だと錯覚してショック死した、なんて事例もあるそうな。


「うわあ……」


 ヴェールが迫ってきた。ここを動かなければならない。そんな状況になって初めて、上級者なら動かざるを得ない状況になるまで事態が深刻になる前にポジショニングして、いままさにあたふた動くのろまをカモ撃ちするだろうと発想が湧いてくる。諸葛孔明がいうところの、兵は拙速を貴ぶ、だろう。足音をバンバン出すのをやむなしに、次の安全地帯まで駆け抜ける。


「馬鹿野郎が、自分から負け筋つくってんぞ」


 状況が手元から離れていく。いちど悪い流れに入ると簡単には抜け出せないのだ。部屋のドアひとつひとつを通過するたびに生きた心地がしない。エイム力は一朝一夕の練習では身につかないため、遭遇戦では絶対に勝ち目はない。こういうとき、ショットガンがあればと思わないではいられない。慌てて次のビルに移ろうとした矢先、二〇メートル下方の別の足場を同じく渡る者がいた。


「ッ!」


 向こうも僕の存在に気づく。先に見つけた分有利だったが、瞬間的にいろんな思惑が働いた。ここで撃ちあいになれば、たとえ勝とうとも無傷ではいられない。他のプレイヤーにだって気づかれる。サバイバル戦を少しでも勝ち残りたいのなら、ゲーム理論的思考ができる者なら、ここはお互い撃ってはならないのだ。しかし、あのプレイヤーを信じていいのか? このまま何もしなければ無防備に撃たれるだけではないか?


 撃てば負ける。撃たれれば負ける。だがそれは相手も同じことだ。銃口を向けあうほんの刹那、顔も名前も知らないプレイヤー相手に不信と信頼の揺さぶりが生じる。幸いゲームリテラシーの高いプレイヤーだったらしく、一触即発だけで終わってくれた。


「わかってんねー」


 なんて、共感の言葉をつぶやく。いまごろ相手もそうやって一息ついていてくれたら何だか嬉しい。次のビルに渡るためのルートが何階にあるかどうか確かめる。下方にひとつ――ちょうどさっきのプレイヤーとの中間地点といっていい。


「まずい!」 


 このままでは、さっきのプレイヤーと鉢合わせることになる。見たところ、右肩にはサブマシンガン、左肩には日本刀を背負っていた。僕と同じ中近距離タイプだろう、日本刀なんてショットガンの完全下位互換なのにわざわざ選んでいる辺りエンジョイ勢かもしれないが、無意味な撃ちあいを咄嗟に回避した逆算的思考能力は捨て置けない。


 いずれにせよ、この対面ならば、どんな使い魔を飼っているか知られていない僕の方が情報有利であろう、十四階まで駆け降りたところ、なんとも不気味な静けさが横たわっていた。


「……」


 向こうビルに渡るためにはここを必ず通らなくてはならない。だから、いる。ここで何をされれば負けるだろうか? ここまでは手榴弾は届かない。あちらもサブマシンガンを持っている以上、ぐだぐだの撃ちあいになるのだけは避けたかった。


 ここは不用意に動く必要はない。相手がしびれを切らして出てくるのを待てばいい。一息つく。そのわずかな吐息を読んだわけではあるまいが、敵プレイヤーは即座に動いてきた。対面不利を悟ってスモークを投げてくる。そこに至ってようやく、橋先にポジショニングされたらやばい、という未来に気づいた。スモークめがけてMP5を滅多打ちにするが、視野を遮られては思った以上に当たらないものだ。


 まんまと橋を渡られる。こうなっては形勢ががらりと逆転していた。敵プレイヤーは橋先の角でガン待ちすればいい。何もせずとも、僕はヴェールにじりじりと体力を奪われるからだ。


「やられた……」


 もしもあのプレイヤーがさっきの渡橋の一瞬で僕の装備から中遠距離タイプだと推測立て、情報不利を悟って先にポジショニングしようと賭けに出てきたとしたら、かなりの上級プレイヤーではないだろうか。事実、立ち回りひとつで瞬く間に状況有利を作っている。ヴェールが来た。現状十五位、確実にBBB級に昇格するためにはもう少し残っていなければならない。


「だめだ、行くしかない」


 申し訳程度にスモークを投げたが、スモークは屋外だと風向き次第で展張しづらくなるし、何より足場板程度の道幅であればさすがに視界封じなど意味がない。何か奇跡が起こらないかとも期待したが、残念ながらフルオート射撃してきた。あえなくキルされる。相手は、AA級プレイヤーだった。


「うわあマジか~! ま~そうだよね~」


 悔しい気持ち半分、納得の気持ち半分だった。素人目にも戦い慣れていた。秋葉原の集会所にシャドウダイブした後、昇格の是非がポップアップされる。童話の少女のように「神さま~! お願い~!」とみっともなく待っていたら、ぎりぎりBBB級に上がってくれた。


「やった~!」


 年甲斐もなく万歳してすぐ、周りの人間に「おめでと~!」と冷やかされた。はずかしい。馬鹿みたいに謝辞を述べながら颯爽と去った。非常階段の影に身を隠した後、改めてメニュー画面を開いて確かめてみる。まちがいなくBBB級になっていた。Danteがいま、A級の上澄みなので、これは確実にすごい。席次にしろ階級にしろ、所詮は自己満足だからまだ見ぬ強者がいるにせよ。


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