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その日は秋葉原の宿屋を仮拠点に設定してログアウトした。月曜日の〇時すぎほど、ため息が出るものはない。
「はあ」
この土日のうちにシャドウベアを入手できなかった。明日から普通に仕事なので次の土曜日までプレイ時間を稼げない。その間にもゲームを生業にしているプレイヤーとはさらに差が開いていく。大会に優勝して、あの白い龍を手に入れたいというのに、目先の生活費を稼がないといけない。
「う~ん」
この先一か月の計画を立ててみよう。来週の十二月二十八日から一月七日までは正月休みがあるけれども、最後の十日間、それから今週の残り十日間をどうするべきだろう。熟考を重ねた結果、明日は当日欠勤する結論になった。これで無敵である。追加の休日を得、今日一日でやれる予定を詰め込んだ。今度こそ本物のシャドウベアをゲットしよう。小回りの利く使い魔を手に入れよう。あとはランキング戦に一度は参加しよう!
明朝六時までぶっ通しでクエスト消化したおかげで、千代田サーバーの正規の二釻銅色錫杖を購入できた。念願のシャドウベア獲得である。つぎに目が覚めたのは昼前の十一時半だった。たった五時間しか寝ていないのに全く眠くない。
軽食した後早速ログイン、秋葉原の仮拠点からスタートする。公式ランキングの受付は大きなエリアであれば標準設置されるので千代田サーバーに戻る必要はない。薄暗い。すでに昼前なのに陰気臭いのは過度なビルの密集のせいで充分に日照がしていないからだ。東京駅の、丸の内の小綺麗な集会所とは違って、アンドロイドの目が充分には行き届いていない秋葉原駅のそこは対照的にごみごみしている。平気でポイ捨てしたり、度胸試しで実弾装填したり。千代田サーバーだったらありえないことだ。
ランキング戦に参加申込したら、武器アイテムの損耗はないこと、試合前にメイン拠点にシャドウダイブすること、試合後は申し込んだ集会所にシャドウダイブすることなどなど注意事項がアナウンスされた。
そして影になる。定員百人を満たすと千代田サーバーの拠点にシャドウダイブさせられた。ステージは秋葉原、現状最強の装備を背負い込んでいく。
「……」
公式ランキング戦には三大タイトルが設けられている。個人戦、チーム戦、そしてサバイバル戦であるが、今回ぼくが申し込んだのはサバイバル戦であった。いきなり個人戦なんて怖いではないか。チーム戦は言うに及ばず、テスト目的なので、消去法的にサバイバル戦しかない。サバイバル戦は階級ごとのゾーニングがないため、一番実際的な戦闘を体感できるであろう。
「……」
今回は、負けて元々だ。いちいち傷つく必要はない。そうやって精神統一しながらC2に戻って、シャドウワールドの秋葉原にダイブした。対戦動画の見よう見まねでポジショニングする。僕は杖メインの中距離タイプになるため、高所や広場は避けなければならない。乱戦になると不慮の接近を許すからだ。ビルの一角の日陰部屋にダイブする。いちどシャドウ化を解くと、試合中は二度と戻れない。どうやらシャドウ化はプレイヤー自身の力ではなく、運営の、いわば神的な存在の力なので一部の場面でしか使えない、という設定らしい。
「……」
もともとはコールセンターか何かだったのだろう、部屋は大量の座席が設けられている。何気なく机を一撫でしてみたら、乾いたほこりをかぶっていた。汚い。こんな極小の物体にさえちゃんと物理演算が働いているなんて超絶技術すぎないか。
しばらく様子見していたら、さっそく足音が聞こえてきた。一気にアドレナリンが分泌される。息をひそめてやり過ごした。開始早々遭遇戦がおっぱじまるのがサバイバル戦の醍醐味にせよ心臓に悪すぎる。やればやるほど、Danteや、そこまで実力がないプレイヤーでさえ遠い存在に思えてきた。
なにかしなければならない。そうやって錫杖の包みを解くと、シャドウハウンド《轟》を召喚した。シャラン、という音がとてつもなく大きな音に聞こえる。
銃声が轟く。はるか遠い音だったのに、全て自分に向けられているのではないか、と疑わないではいられない。アタッシュケースを開いて、シャドウイーグルを召喚した。やってすぐ、サバイバル戦序盤で使っても、そこら中に敵がいるに決まっているではないかと気づく。それどころか、ここにいると知られた。畳みかけるように錫杖の輪が割れる。轟がやられたのだ。慌てて部屋を出て当てもなく動き回った。しかも長いこと錫杖を包みもせず、走るたび、シャランシャランと鳴らしているのに気づきもせず。
「わーパニクってるわー」
やけに冷静な自分がいた。落ち着くために一息しようと足を休めたとたん、長い廊下の先から足音が聞こえてきた。そんな気がする。ポケットのVP9を引っ張り出して待ち構えるが、遠くの銃声が聞こえるだけの恐怖の静寂が廃墟を支配していた。二、三〇メートル程度の距離だろうか、VP9では微妙な間合いである。
「……」
窓の外からはヴェールが迫っていた。何かアクションをしなければ、と焦りまくっていた矢先、確かな足音が聞こえてくる。やっぱいるじゃん、と殺意の沈黙に戦慄しつつ、『六釻真鍮錫杖』の封を解いた。シャドウベア召喚エフェクトの風音が鳴る。この時初めて、敵は僕の存在に確信を持って姿を隠した。
「虞亜亜亜亜亜ッ!」
廊下いっぱいにシャドウベアが疾走すると、サブマシンガンを乱射してくる。ぼくもシャドウベアの召喚範囲から逃がさないために角から角に間合いを詰めた。シャドウベアがドアをぶち破るが、ぼくはぼくでコート越しに銃弾一発を脇腹に食らった。思い切り輪ゴムをはじかれたような痛みが襲ってくる。
「いってえ!」
たまらずに悲鳴を上げる。服を捲ってみたら一部が赤いポリゴン状態になっていた。現実で言えば内出血だろう、アタッシュケースからコールドスプレーを取り出した。冷却のおかげでポリゴンが消える。状況は芳しくなく、シャドウベアを処理されたら打つ手がなかった。
いますぐ方針を決断しなくてはならない。シャドウベアとの勝敗の結末を見届けずに逃げるか、手榴弾を投げに行くか、あるいはなにか奇策に打って出てみるか。こういう時スマートに最善策を選択できるのが一流プレイヤーなのだろうが、ぼくが選んだのは実に初心者らしい愚策であった。あとで試合のアーカイブを見直して自己嫌悪に陥ったほどの。なんとハンドガンに持ち替えて自分からサブマシンガンの間合いに入っていったのだ。シャドウベアが巻き込まれるのを承知の上で手榴弾を投擲しつつ、ハンドガンで牽制したら、運良くシャドウベアもろとも爆散してくれた。
「勝った、勝った、勝った!」
今頃敵プレイヤーはセオリー外の攻め方に憤っているだろう、自分の使い魔を消耗させる前提の、打ち勝てる可能性が低い対面を仕掛けてきたからだ。サバイバル戦を勝ち抜こうという動きではない。そんなことも気にしないでLPV初のキルに有頂天になっていた。
「うひょ~!」
アドレナリンがドバドバ出ている。これが「脳汁が出る」だろう。Danteがいつもそうであるように、勝者の特権・物資漁りにふける。SKS自動小銃とUZI短機関銃、アタッシュケースには錫杖が入っている。遠中距離タイプといったところか、なんという運勝ちであろう。いちど溶けたシャドウは試合中復活しないため、決め手に欠けた以上、敵のサブマシンガンを転用しなくてはならない。敵アタッシュケースから弾倉を奪いつつ、再装填、チャージングハンドルを引いた。
「やっぱかっけえなー」
UZI短機関銃のチャージングハンドルを引いている自分自身にうっとり酔いしれる。カチャ、とリロードするアクションに男の子なら誰であれ一度は憧れるだろう。ハリウッド映画なんかではお馴染みだけれども、銃規制の厳しい日本ではサブマシンガンのリロードなんてやすやすとは体験できない。
ずっしりと重かった。使い魔とは違い、自分自身で操作できるサブマシンガンの心強さときたら比にならない。シャドウベアと自分自身との間の、間合いのギャップを埋めるため、ゆくゆくはハンドガンの代わりにサブマシンガンを用意できたらいいなと考えながら、ビルからビルに渡った。
ヴェールが来る。メニュー画面を開いたら残り二十人まで来ていた。1キルしかしていないのに意外に生き残れている。あとは戦わないで息をひそめていれば上位に食い込める余地があるが、そういう芋行為はあんまり好まれなかった。どんなFPSであれ、正々堂々エイム勝負しろ、という独特の空気は変わらない。そこにサブマシンガンをフルオート射撃してみたいという誘惑が重なって、調子に乗り、パルクールでもしているのかとばかりビルからビルに渡っていった。自分でも心の底では「こいてるな~」とわかっていたので、いきなり左腕が吹き飛ばされても「来たか」というふうに冷めきっていた。運良くヘッドショットはされなかったものの、おかげで体のバランスを盛大に崩される。これで試合中左腕は使えない。ここは病院の屋上だろうか、白いベッドシーツが大量にたなびいている。
「……」
NIJ規格ⅡAクラスコートを余裕で吹き飛ばしている。おそらく五・五六ミリNATO弾以上の大口径狙撃銃だろう、一目散に移動したいところ、ベッドシーツから屋内へのほんの五メートルの道には遮蔽物がない。まず間違いなく、狙撃手が狙い待ちしている。
これでは動くに動けない。ここでスモークを焚く、というまっとうな発想がわけば切り抜けられたろうに、なぜか、本当になぜかシャドウクロウ召喚こそ唯一の選択肢だと思い込んだ。そしてシャドウクロウが狙撃手の射線を切ってくれるという謎の希望を抱いた。その甘えを、強者は決して見逃さない。精いっぱい走ったつもりが、ついに名運尽きて頭を打ちぬかれた。
「どわー!」
真っ赤なリザルト画面が出てくる。相手はA級プレイヤーであった。十四位、とでる。A級もいるなか上位一割近くまで残ったおかげでレーティングとランクが一気に跳ね上がった。試合が終わったとたん、岡目八目の冷静さでああすべきこうすべきという発想がわいてくる。これ以上ない初心者ムーブだったろう、悔しいというか、惜しまれるというか、なんというか楽しかった。
しかし、どんどん現実が見えてくる。たった百人の戦いですら優勝できなかった。大規模大会にはこの何十倍もの参加者が集う。いってみれば、部活動の全国大会同然なのだ。中学時代は剣道部だったが、積極的な参加ではなかったにせよ、毎日一生懸命練習したのに大会では一度も勝ったことがない。
いや、部活動の大会よりもずっと厳しい。上位層はゲーム一本で食事と睡眠以外はずっとプレイスキルを磨いている。それすら削るゲーム廃人だっている。相手が自分と同等以上の思考力を持ってキルしに来るなんて、最上位プレイヤーとて優勝は運否天賦ではないか。
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