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Le Palais Vide/ル・パレヴィーデ  作者: Y
ビギナー編
10/26

10

 鳥居をくぐると、メンバーの若い子が無限の秋葉原めがけて大の字になる。


「秋葉原〜!」


 どっと笑いが生まれた。言わずもがな、人気ライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が元ネタの、初めて秋葉原に来た者が口にすべき慣わしである。だいぶ古い作品なのに今時の子にしっかり認知されているとは良作は不滅というわけか。


 堤防を兼ねる城壁にあがると、移動のためのボートを協力してレンタルした。これが水上都市の主な移動手段である。街中が下水っぽい汚臭の緑の大気に霞んでいた。むせかえる。この下水にだけは絶対に入りたくないな、なんて思っていた矢先、向かい側から立派な高速艇が勢いよく飛び出した余波のせいで盛大に汚水を被った。


「ぎゃ!」


 ボートが転覆する。データと分かっていても、ぷかぷか浮かぶ廃棄物が気持ち悪い。高速艇からは「ごめんよー!」と詫びが入るが、それ以上は気遣ってくれなかった。多分、歯牙にもかけない雑魚、と思われているのだ。実際そうだ。秋葉原駅のクエスト会場まで水上移動しようとしたのに開始早々手段を失った。


「ついてねえ~」


 そう悪態をつく仲間のうち、きっと本気で困っている者はいない。みんな純朴な笑顔である。むしろゲームの醍醐味とはこれなのだ。プレイヤーは困りたいのだ。振り回されたいのだ。かといって、現実の本当の自分が困るのは、本当に困る。だから、安全圏の中で困りたい。どんなに年老いても、人間にはそんな子供の一面が残っているのではないか。


 ボートを失ったため、仕方なしに岸辺から徒歩移動した。あまりに立体的な地形のせいで迷子になる。ここまで入り組んでいたとは、Danteの切り抜き動画だけではわからなかった。なにせ十時間の配信のうち、ほんの二、三十分しか切り抜かれないのだから。それはいわば、ぼくはDanteという鮪の、本当に選り抜きの大トロの部分しか食べてこなかった、ということだ。


 長年のファンとしてプライドめいた感情を抱いていたけれども、その実態たるや、きっとニワカの域を出ない。路地裏から路地裏、ビルからビルに渡るたび、Danteの背中を幻視する。突貫の橋がぎいぎいと軋んだ。Danteと同じように、換気ダクトの臭い熱風を全身に浴びる。淀んだ霧の路地裏に、餃子チェーン店のニンニクの香りが鼻いっぱいに充満してきた。


「うわ~ぜってえうめえじゃ~ん」


 ひとりなら絶対に誘惑に負けていたが、一番の年上として出会った初日に食いしん坊キャラを定着させるわけにはいかない。目的地を目指したところ、気づいたら駅構内には入っていた。これだけ広いと、ビルの一角に秘密の拠点を設けるのも楽しそうだ。アンドロイドの個体数が少ない分、ほかのプレイヤーに見つかった時のリスクがけた違いにせよ。日陰の非常階段を下に下に降りて行ったら、裏口から一変、ようやくロビーに到着した。いまはアングラな集会所の電灯すら眩しい。


「ふう」


 モンスター討伐クエストを受注した。上野方面に狩りに行く。クエスト終盤、伍長と合流したら隠れNPCを見つけたと教えてくれた。お礼ついでに餃子を一緒に食べながら聞くと、二次元的なマップに頼るだけでは到達できない地点だったらしい。怪しげなローブのアンドロイドが店を出していた。シャドウベア収納の杖『二釻銅色錫杖』が五万円で販売されている他、小火器ではMP7やHK416など最高水準の商品が格安で並んでいる。ほかのFPSゲームでは最高ランクまで行ったという伍長はさっそく手を出そうとしたが、


「やめたほうがいいカモ。コピー品つかまされるとかあるんですよ」


 あ、そういうとこリアルなんだ、と手を引く。コピー品だったら安物買いの銭失いだろう。その危険を承知でなお、眼前の銃器は輝いて見える。実は本物のレアNPC、という極小の期待を捨てきれない。結局は誘惑に勝てず、MP7とM4に有り金全部つっこんでいた。


「どりゃああああああ!」


 ギャンブル狂さながらにおどけてみせる。ぼくもこのさい買えるだけ買ってしまおうという気持ちになってきた。シャドウベア用『二釻銅色錫杖』の他、初期装備『二釻真鍮錫杖』より使い魔を収納できるという『六釻真鍮錫杖』を三本購入する。おかげで素寒貧になった。あとは使ってみないことには偽物か本物かわからない。NPC近くで召喚すると攻撃行為として認識されるそうなので、ちょっと距離を開けてシャドウベアを召喚したところ、本来二メートル強の巨躯のはずがヨークシャテリアくらいの小熊がちょこんと出てきた。


「おォい!」


 期待外れの結果に怒号する。伍長は「そう来たかー」と笑った。現実ならクレーム不可避であるが、LPVの世界にはクーリングオフなんて制度はない。NPCに訴えても我関せず焉である。むかつく。力に訴えて勝つことができれば、NPCの所持品全てを奪えるけれども、そんなことは最上位プレイヤーでさえ難しい。


「しゃあない。勉強代だね」


 もういっぽうの真鍮錫杖の性能を確かめてみると、シャドウハウンドとシャドウベア(小)を一本の杖にまとめることができた。これは便利である。どれだけ荷物をコンパクトにできるかは死活問題だからだ。じっさい、銃・刀・鎧・杖・箱の五大要素が勝敗を分かつ、なんてジョークが出るほどプレイヤーからは重要視されている。軍隊採用のバッグパックなら大容量の物資が入るだろうが、あれは何日も連続で集団行軍するのを想定しての形態なのを忘れてはならない。それを真似て三〇分程度のマッチング戦にバックパックを持っていけば、今日の兵士が過度な重量に泣きを見ているのと同じ目に逢うだろう。


 アタッシュケースが主流なのにはもうひとつ理由がある。バックパックでは欲しい物をすぐ出せないのだ。悠長にバックパックを降ろして中を探っているうちにキルされかねない。だから多くのプレイヤーは「出したい物をすぐ出せる」という僅か数秒のタイムカットのためにアタッシュケースを採用しているのだ。



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