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『汝、有衆に示す』
キャラクターデザインが終わると、画面が暗転、ゲーム開始を知らせるアナウンスが響き渡った。きたー、と配信者Danteが胸を躍らせている。ぼくたち視聴者も「うおおおおおお」とか「きたあああああ」なんてわくわくコメントを書き込んでいた。初期装備のアイテム獲得の軽快な効果音が、ピコン! ピコン! と連続する。
(銃)VP9をたまわった!
(刀)信濃守伊左衛門をたまわった!
(鎧)レベルⅡAクラス防弾コートをたまわった!
(杖)二釻真鍮錫杖をたまわった!
(箱)アタッシュケース(中)をたまわった!
(家)ロッカー(千代田サーバー)をたまわった!
画面が暗転すると、Danteはロッカールームのベンチに座っていた。YouTubeライブの視聴者目線ではかれ自身の後ろ姿も画面に入っているTPSであるが、ゲーム世界に没入しているプレイヤー目線では無機質な室内だけが広がるFPSであろう、手をにぎにぎしながら驚きの声を上げている。
『これVRってマジ?』
体かっる! などといつまでも驚きを隠せずにいるが、それも無理もない、日本のゲーム会社エクリチュールの新作ゲーム『ル・パレヴィーデ』(仏語:Le Palais Vide)は、従来の、プレイヤーが液晶画面を見てコントローラーでプレイするゲームとは根本的に異なる。人間が世界を認識するための五感を司る電気信号をインプット・アウトプットするヘッドマウント型ゲームハード、Xcoreによって仮想世界に没入できるのだ。プレイヤーはコントローラーの代わりに手足を動かす。ダイブ中は全身に行くべき信号をXcoreが吸い上げて仮想世界のアバター動作に変換する。Danteの現実の体はいま、ベッドに横たわっている、ということだ。
元々は米国防高等研究計画局、通称DARPAによって、航空機のフライト・シミュレーション目的で開発されたという経緯のハードウェアだったものが、米マイクロソフト社に民間転用されたのである。ぼくたち平成世代なら誰でも、VRMMOを題材にした傑作Web小説『ソードアート・オンライン』が現実になったと喜んだであろう、だからこそ時折チャット欄に流れる「ちゃんとログアウトできますか?」というのも、ログアウト不可・ゲームの死=現実の死というソードアート・オンラインの世界観を前提にしてのジョークである。
いや、そのあまりの革新的なゲームシステムを前にして、みんなどこか本気にしているのではないだろうか。ゲームの世界に幽閉されてクリアを強いられる、という、恐ろしくも楽しそうな世界観に。ぼくだって「何かが起きるかもしれない」という淡い期待を持っていたからこそ、ふだん切り抜き動画しか見ないくせに、こうしてリリース当日にライブ配信まで見に来たのである。DanteがVP9の操作性を確認していると、かれ視点だと画面右上に流れているらしいチャット欄の「ログアウトできますか?」との質問の余りの多さに「わかったわかった!」とにまにま笑い出した。
『ほんと心配性だなオメエらはよぉ』
楽しげに愚痴をこぼしながら、たどたどしく右手を動かす。ちょうどパチンコのハンドルを握るように虚空をグリップすると、メニュー画面が出てきた。そのまま右手のスナップを効かせながら画面下まで行くと、なんと――ちゃんとログアウトボタンが用意されていた。Danteがからかうような、もてなすような微妙な語調で笑ってくる。
『はい! ありました』
ためしにログアウトボタンを押すと、意思を問うyes/noコマンドが出てきた。なんだか残念なような、ほっとしたような。「あるんかい」「ち」「あーあ」的なコメントに溢れかえった。
『フフッ、きみたち何を期待してたんだい?』
どこまでもおちょくるような態度だった。さっきから違和感があるような。当初それは僕がふだん配信の切り抜きしか見ないからだと思っていたが、どうもそういうわけではないようである。案件かな? と思った。有名配信者になると、ゲームの宣伝をするために企業から報酬を受け取る案件が舞い込んでくる。
DanteはYouTubeでこそ登録者五十万人程度の中堅クラスであるが、他配信サイトでは最大手の配信者で、しかもゲーム達者だから案件を貰っていても不思議ではない。無名のゲーム会社エクリチュールとしても、リリース初日に有名配信者にプレイしてもらえれば、きっと良い宣伝になる。ところが概要欄を開いても、エクリチュールの名前は載っていなかった。こっそり宣伝するステルス・マーケティングにならないように案件動画には必ず企業の名前を入れなければならない以上、これはお金が絡んだ配信ではない、ということだ。フランクな語りがウケのDanteにしては他人行儀だと思ったのに気のせいだったのだろうか。
そのうち、理由に気づく。違っていたのはDanteというより、視聴者層だった。さっきからやたら質問が多い上に敬語ばかりなのである。あれできますか? これできますか? というように、Dante本人を見に来たというより、LPVがどんなゲームなのか知りたくて来ているようなのだ。いきなり来て、いきなり聞く。そんな礼儀も何も無いコメントからはガキっぽさが臭わないではなく、Danteも普段とは様子が違うのを嗅ぎ取って慎重に対応しているのかもしれない。期待の新作ゲームではよくあることだ。実際、切り抜き勢のぼくからして一刻も早くLPVを見たいがために珍しく配信に来ているくらいだから「Danteは知らないけどLPVが気になって見に来た」という勢力がいるのもおかしなことではない。その証拠に、配信勢らしい「同接やべええええええ」というコメントがちらほら見えた。いつもは見に来ない層まで来ている、ということだ。
そんなに気になるなら自分でプレイすればいいじゃん。その革新性のあまり、Xcoreが税込百十九万七千円もしなければ、誰もがそう思うに違いない。昨今のゲームハードの高騰を踏まえてなお、桁違いに高額なXcoreはゲームのメインターゲット層の中高生では手が出せないのだ。だから、子供が湧く。子供ほど敵に回したくない視聴者はない。常識はないくせに時間はあるからだ。下手な失言をすればアンチ化して執拗に粘着される。やけに慎重なのは、だからだろう。見方を変えれば、そういうライト層が湧くくらい、LPVへの期待値が高いということだ。
Danteが支給品一式を確認した頃にはロッカールームは他のプレイヤーで溢れていた。どうやら共用スペースらしい。いち早く準備を終えて部屋からでると、どうもオフィスビルの内部であった。とても仮想世界とは思えぬ鮮やかなグラフィックがどこまでも続いている。他のプレイヤーも放課後の学生のようにぞろぞろ出てきた。時折「すげえ! Danteだ」などと聞こえてくる。キャラクターデザインは加工できるにしても、店舗購入時の身体スキャンされた自分自身をベースにしているため、本人だとすぐわかる。最初は重加工によって非現実的なイケメンが爆誕したのを「こんなもんだろ、実際」とお得意のキャラデザ芸で視聴者をたっぷり楽しませたものの、結局はいらぬ加工を嫌ってリセットした。Danteは小太りの五十路そのままなので一目瞭然である。一階のエントランスまで降り立つと、現実と同じ十一月六日土曜日の十三時過ぎ、東京駅前御幸通りが寸分違わぬ景色で広がっていた。
『ええええ! すごくないこれ?』
めっちゃわくわくするぞ、なんて声を弾ませている。有名配信者として、三十年以上のキャリアを持つかれをして、やはりLPVは格別の体験なのだ。僕も見ているだけでわくわくする。現実の千代田区と比べて何ら遜色がない。そこが現実ではないのは、丸の内らしからぬ格好のプレイヤーの往来、それから治安目的らしきアンドロイドの存在くらいだろうか。黄金のボディに、自衛隊採用の二〇式小銃。現実の東京であんな武器を引っ提げていたら大問題になるだろう。
ずっとこのクオリティで楽しめるなんてどんな冒険が待っているんだ! 他のプレイヤーと同じく、Danteが散策していると、現実なら東京駅の場所の背後に、存在しないはずの建造物が立っていた。巨大な鳥居に、峻厳な城壁。千代田区がぐるりと城壁で囲まれているのを鳥居が門代わりになっている。
Le Palais Vide――フランス語のタイトルだが、和風ファンタジーである。チャット欄曰く、空の宮殿、という意味らしい。ストーリーはなく、VRMMOが目玉のサバイバルクラフトゲームである。ぼくもPV動画を軽く見た程度でゲームシステムがよくわかっていないが、クラフトや拠点、そして銃撃戦という概念があるのを見る限り、建築ゲームの金字塔『マインクラフト』や百人のサバイバル戦『PUBG』、そして何でもありの『グランド・セフト・オート』に影響されたゲームのはずである。僕個人はゲームプレイこそ通ってこなかったが、今回のように誰かがプレイしている実況動画には慣れ親しんで育ってきた。
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