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プロポーズした方が負け、された方が好き

その日、庁舎では年に一度の“功績者表彰式”が行われていた。

 文書管理課の中でも、とくに書類処理の効率化に貢献した職員が選ばれ、表彰される。


 ミリア・アスターは、その受賞者に選ばれていた。



 式が終わったあと、会場裏の庭園で。


「……表彰、おめでとう」


 レオン・グレイフは、花束ではなく、上等な封筒をミリアに差し出した。


「ありがとうございます。でもこれは……?」


「特別休暇申請書だ。俺の監査で、すでに承認済みだ」


「なぜ私に?」


「功績者は、数日休んでいいと規定にある」


「……“形式上の好意”というやつですか?」


「……そうかもな」


 ミリアは封筒を受け取る。

 その瞬間、レオンがわずかに眉を寄せた。


「何か?」


「いや……お前が“素直に受け取る”とは思ってなかった」


「そうですか。……では、返しましょうか?」


「いや、今のやりとりがあった時点で、もう“受け取ったこと”にはなっている」


 そう言って、二人はほぼ同時に笑った。



 そのあと、ミリアは庁舎を出て、休暇初日として市内の小さなカフェに入った。

 そして、そこに“偶然”レオンが現れたのは、奇跡でも運命でもなく、予定された必然だった。


「お前もここに来ると思ってた」


「私は“来ないかもしれない”と思っていました」


「なら、どうしてここに?」


「……“もしかしたら来るかもしれない人”がいたので」


「偶然に期待してたんだな」


「そういうあなたは?」


「“偶然に会う”という演出のために、事前に調べた。ここが、君の好みに合うことも」


「なら、それは偶然じゃありませんね」


「そうさ。だから言うよ――」


 言葉が、止まった。


 言えば、負けだ。


 言わなければ、進まない。


 そのとき、ミリアが静かに言った。


「……あなたが、負けてくれても、いいんですよ?」


「は?」


「このゲームは、“プロポーズしたほうが負け”です。だから……」


 ミリアは、ゆっくりと立ち上がり、テーブル越しにレオンを見下ろした。


「私があなたに、“結婚してくれますか?”と言わせたら、私の勝ちです」


「……なんだよ、それ」


「でも、こういうのも悪くないでしょう? “してやられた”って思いながら、誰かと一緒になるのも」


 レオンはしばらく黙っていた。

 ミリアは、最後の一押しも、しなかった。追い詰めず、逃げ道も塞がず、ただ“言わせる”のを待った。


 そして数秒後――


「……俺と、結婚してくれますか?」


 その瞬間、ミリアの顔に浮かんだのは、勝ち誇ったような、でもどこか切なさもにじむ笑顔だった。


「はい。喜んで。……ありがとう。言ってくれて」



 庁舎に戻った後、噂はすぐに広まった。


「え!? 監査官のほうからプロポーズしたんですか?」


「うん。でも……あれはきっと、“させられた”のよ」


「……ですよねぇ。ミリアさん、やっぱ怖い……」


 それでも、誰もが知っていた。


 レオン・グレイフが“負けた”その瞬間こそが、

 彼の人生で最も幸福な敗北だったと。



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