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ダンジョン内であり得ないことに遭遇中……

掲載日:2025/07/31

 ハア ハア ハア


 もつれそうになる足を叱咤しながら、次の階に繋がる階段へと向かってアトリたちは走っていた。


 ギャウ ガウッ ガウッ


 威嚇する声がすぐ後ろまで迫っている。

 ガチガチと歯を鳴らす音がすぐそばで聞こえた。


 追いつかれるのは時間の問題だろう。

 ここで立ち止まり、相対して少しでも活路を見出したほうがいいのではないか。

 リーダーとしてアトリは決断しなくてはと思った。

 その時!


「見えた!」


 突然現れた石の柱。

 その間に下る階段が見えた。


「飛び込め!」


 最後の数歩に力を込めて地を踏みしめると、頭から柱の間へと飛び込んだ。


 先に入った仲間の上へと飛び込み下敷きにしてしまったが、アトリは直ぐに動くことができなかった。


 ギャウン


 魔物の鳴き声と共にバチンと弾かれる音が聞こえてきて、アトリは気力を振り絞って振り向いた。

 目の前には追ってきた魔物が、見えない壁に弾かれていた。


「た……すかった……」


 アトリと同じ様に上半身を起こして魔物が弾かれるのを見たバーニーはそう言うと、そのままごろんと仰向けに寝転んだ。

 アトリもバーニーと同じ様に仰向けに寝転ぶ。

 今度はユーシンとマロウを下敷きにすることはなかった。


 しばらく四人は寝転んだまま呼吸を整えていた。

 息が落ち着き、アトリはゆっくりと体を起こした。

 その頃には追いかけて来ていた魔物も、あきらめてどこかにいったようだった。


「みんな、動けるか」

「ああ、なんとか」

「動けると思う」

「大丈夫だ」

「この下の階は魔物が現れないセーフティーエリアだ。とりあえず、そこに移動しよう」

「ああ」


 アトリの言葉に三人も体を起こして、立ちあがった。


「みんな、怪我は大丈夫か」

「俺はかすり傷だな」

「俺も似たようなもんさ」

「僕も同じです」

「それなら下に行ってから治療すればいいな」


 お互いに怪我の様子を確認して、ゆっくりと階段を下りていく。

 薄暗い階段を下りていくと、行く先に光が見えてきた。


「ここはどんな様子かな~」


 期待をするようにバーニーは言った。

 他の三人も口には出さなかったが、期待を込めた顔をしていた。

 そうして階段を降り切り、入口と同じ様に柱の間を通って外に出たアトリたちは、目の前の光景にあんぐりと口を開けて動きを止めた。


 見えたものは荒野だった。

 草が微かに生えているが、実のなる木などはなかった。

 少し先に岩山が見えて、微かに水の音が聞こえてくるので、水は涌いているのだろう。


「なんだよ。ハズレじゃんか」


 バーニーは地面を蹴りながらそう言った。


「それともここはセーフティーエリアではなくて普通の階層なのか?」

「まだわからないだろう。見て回ろう」


 ユーシンの言葉にアトリは首を振りながら言った。

 嫌な予感がしたが、顔には出さないようにしながら歩を進めた。

 といっても岩山以外見通しのいい荒野である。

 自然と岩山へと向かって四人は歩いていった。


 岩山にはすぐに辿り着いた。

 四人はまずは湧き水で喉を潤した。

 それから水筒を出して水を補充した。

 ここに辿り着くまでに水を飲み切っていたからだ。


 それから二人ずつに分かれて岩山に沿って歩き出した。

 岩山と言ってもそれほど大きなものではないので、すぐに四人は顔を合わせることになった。

 そして岩山の裏側から見たその先も、入口と変わらない荒野だった。


「やっぱりハズレじゃん」


 そう言うとバーニーはそこにへたり込んだ。

 アトリもバーニーと同じ気持ちだったが、それを言うわけにはいかない。

 アトリは座り込んでいるバーニーの腕をつかんだ。


「立つんだ、バーニー。ここではなく湧き水のそばに行こう」


 渋々と言った様子でバーニーは立ちあがると湧き水のある所まで歩いた。


 湧き水のそばに拠点を作ると、バーニーを番に残して三人はエリアの探索に出た。

 探索といっても、下りてきた階段のある所から一望できる広さなので、すぐに三人は拠点に戻ってきた。


 マジックバックから簡易コンロを出してお湯を沸かしていたバーニーは、戻ってきた三人へとカップを渡した。

 中身は薬湯だ。

 薬湯といっても、薬ではない。

 薬ではないが丸薬になっていて、これをお湯に入れて溶かして飲むのである。

 味は柑橘が香る爽やかなものと、ベリーの香りの甘やかなものと、香草の香りのすっきりとしたものを持ってきていた。

 今は爽やかなものをいれていた。


「それで、どうだった」

「見た通り、ここには食せる様な樹木はないな」

「下りる階段は入ってきた所からこの岩山を挟んだ先にあった」


 バーニーの問いにユーシン、マロウが答えた。

 それから三人の視線がアトリへと向いた。

 アトリは小さく息を吐きだしてから口を開いた。


「このダンジョンを脱出するためのエスケープポイントはなかった」


 三人もアトリに言われるまでもなく気がついていたことだった。

 エスケープポイントは各階層に一つは設置されているものだ。

 それなのにエスケープポイントが設置されていない。

 それも安全なはずのセーフティーエリアに無いのである。

 その事実に四人は顔色を悪くした。


 このダンジョンは最初からどこかおかしかった。

 このダンジョンはエムヌのダンジョンといい、まだ全踏破されていないダンジョンだ。

 二十階層までは情報が開示されている。

 というのも、このダンジョンは七階層と十四階層に貴重な薬草が生えていて、それを目当てにこのダンジョンに冒険者は来るので、それ以上の階に進むことはほとんどなかったのだ。

 それに十六階層から魔物の質が変わり、よっぽど腕の立つものでなければ踏破することは難しいと言われていたのだ。


 ちなみにセーフティーエリアは五階層ごとに設置されていて、この十五階層みたいに十五階と十六階の間の階にあることもあれば、十階層のように同じ階の続きに設置されていることもあった。


 アトリたちはこのエムヌのダンジョンに、調査の依頼を受けてやってきた。

 最近十階層を超えた辺りから、出現する魔物が強くなったと報告が上がったという。


 今までに踏破した階層の情報を元に進んできたのだが、一階層から情報と違う魔物が出てきた。

 それに十一階層から情報とはまったく違う状況になっていた。

 まず、開示されている地図と違うところに、次の階に行く階段とエスケープポイントがあった。

 そして十五階に至っては地形自体が変わっていたし、魔物も他のダンジョンなら二十階層以降に出てくるものが現れたのだ。

 それにもっとおかしいのがエスケープポイントが無いことだった。

 辛くも魔物を振り切ってセーフティーエリアに辿り着けたのだが、このセーフティーエリアも情報と違う姿に変わっていたのである。


「どうすんだよ」


 バーニーがぽつりと呟くように言った。

 それも仕方がないことだった。

 彼らは十分な準備をしてきたのだが、想定外の魔物の強さに手持ちのポーションはほぼ使いきっている。

 持ってきた食料も魔物に襲われた時に、マジックバッグが破れて、落としてしまったのだ。


 エスケープポイントが無いのであれば、元来た道を戻るしかない。

 食料もポーションもない状態では、無事に戻れるとは思えない。


 それでも二つ前の階層に戻れば、エスケープポイントがあったから、それで外に脱出できるのだ。


 それがわかっていても、先ほどの魔物のことを思うと足が動きそうになかった。


 八方塞がりの状態に泣きたくなったアトリだが、泣くわけにはいかない。

 覚悟を決めたアトリは三人を叱咤激励して奮い立たせようと、声をかけようとした。


 そのときである。

 この場ではありえない匂いが漂ってきた。


「えっ?」


 疑問の声を上げたのは誰だったのか。

 お互いに顔を見合わせ、不審に思いながらも鼻をひくつかせた。


「なあ、俺の嗅ぎ間違いでなければ、これって何かの料理の匂いだよな」

「ああ」


 再度顔を見合わせた四人はおもむろに立ち上がると、匂いがするほうへと歩き出した。

 辿っていくと岩山の裏側へと着いた。

 おもわず、四人してあんぐりと口を開けて呆けてしまった。

 岩山には先ほどはなかった扉があった。

 料理の匂いはその扉の隙間から漏れてきていた。


 だけど、先ほどここに来た時には扉などなかったことを、四人は覚えていた。


「どうする」


 バーニーが困惑半分、期待半分の視線をアトリへと向けた。

 ユーシン、マロウも同じような目でアトリを見つめていた。


 アトリは迷った。

 けど、すぐに腹をくくった。

 このままここにいても何も改善されないし、戻るにしても少しでも腹が満ちていれば魔物と戦う気力が湧いてくるかもしれないのだ。

 それにもし何かの罠で料理に毒が入っていたとしても、魔物に食い殺されるよりは良いことだと思った。


「いこう」


 アトリはそう言うと扉に手をかけて押し開けた。


 チリリン


 ドアの上につけられたベルが揺れて音を立てた。


「いらっしゃい」


 威勢のいい声がかかった。

 アトリたちは扉を潜ったところで立ち尽くした。


(これはいったい?)


「お客さん、四名かい」

「ああ、そうだ」

「それならこの席に座ってくんな」


 従業員の男性が、一つのテーブルを指さした。

 アトリたちはハッとすると、その席に腰かけた。


「ここは……店なんだよな」

「飲食店……ぽいな」

「注文……って、どうすれば?」

「というか、このダンジョンにこんなに人がいたのか?」


 店の中……飲食している人があちこちのテーブルにいるから飲食店なのだと思うが……他のテーブルの人たちをチラ見しながら、アトリたちは小声で話した。


(本当に何なんだ。最初に岩山を回った時には何もなかった。それにこのダンジョンに、ここまで多くの冒険者が潜っているなんて聞いてないぞ。依頼は俺たちのチームにだけ出したと言っていたはずだ)


「はいよ、水とお絞りとお通しだよ」

「ん? 水におしぼり? おとおし?」


 店員がおぼんに四人分の水が入っているだろう木のコップと、濡らして絞ってある布を四つと、小さめの木の器に入った料理を持ってきて、テーブルの上に並べた。


「まだ、何も頼んでないんだが」

「ああ、お客さん、初めてかい。この水もお通しも料理の一部さ。というか、この店には日替わり気まぐれ定食の一品しかないからな」

「日替わり気まぐれ定食?」


 聞いたことのない料理名に首をひねる。


「おう、あんちゃんたち、まずはお絞りで手を拭くんだぜ。汚れがひどけりゃ、何枚でも出してくれるからよ」

「いや、その前に手を洗わせるだろ」


 隣のテーブルの客が話しかけてきた。

 雑な説明に同席の者からツッコミが入った。

 言われたとおりに布を広げて手を拭った。


「はいよ、お待ち。パンも料理もお代わり自由だよ。足りなきゃ声をかけてくれ」


 四人それぞれの前に深い器に入った煮こみ料理が置かれ、真ん中にはパンが入った籠が置かれた。

 パンはなぜか三種類もあった。

 普通のバゲットと木の実が入っているものと香草が入っているっぽいものだった。


 四人は顔を見合わせるとスプーンを持ち、スープを掬って口に運んだ。


「!」

「おいしい!」


 気が付けば夢中で食べて、煮こみ料理を三回もお代わりしていた。

「ふう~」と満足の息を吐きだせば、隣のテーブルの男が笑いながら言った。


「あんちゃんたち、よく食ったな」

「あっ、いや、その、お恥ずかしいかぎりです」

「なーに、ここに来る客はそんなこと気にせんからな。それよりあんちゃんたちはどこのダンジョンから来たんだ?」

「どこの? えっと、エムヌのダンジョンですが」

「エムヌのダンジョン? おいおい、初めてじゃないか」


 アトリの答えに店内の客たちはザワリとして小声で話し出した。

 アトリたちはお互いに顔を見合わせ、隣のテーブルの男へと目を向けた。


「あなたは……ここはエムヌのダンジョンではないんですか」

「ああ? ここは違うぞ。う~ん、そうだな、狭間の店っていうか、お助けの店というか……」


 歯切れ悪く……というより、なんと答えるのが正解なのか分からないというように、男は頭を掻きながら答えてくれた。


「ところでよ、あんちゃんたちはどうしてエムヌのダンジョンに行ったんだ。薬草採取を生業にしているんじゃないんだろ」

「ああ、違う。俺たちはダンジョンの調査依頼を受けたんだ」

「調査依頼?」


 何処からか女性の声が聞えてきた。

 見れば、頭に布を巻いてエプロンを身に着けた、二十代前後と思える若い女性がそばに来ていた。


「どういう依頼なのか聞いても?」


 依頼内容によっては他者に話すことができないものもある。

 女性の質問はもっともなものだった。


「ああ。知っているかもしれないが、エムヌのダンジョンは未踏破のダンジョンだ。貴重な薬草が生えていることで有名なのだが、最近『ダンジョンの様相が変わった』のではないかという報告がギルドにもたらされたんだ。魔物の様子もおかしいということで、調査依頼が出されて、俺たち『青のグローリー』が受けたのさ」


 青のグローリーというグループ名に店にいる人々の間で小さなどよめきが起こった。

 最近頭角を現してきた若手グループで、堅実で確実に実績を積み上げていると評判だった。

 そんな彼らがこの店に現れた。

 いや、この店の入り口がエムヌのダンジョンに現れたから、彼らはここにいるのだ。


 その事実に店にいる者たちの表情が厳しくなる。


 女性や客たちから問われて、アトリたちはエムヌのダンジョンに入ってからのことを話した。

 特に先ほどの体験、十五階層とセーフティーエリアにエスケープポイントが設置されていなかったことを話したところで、店の雰囲気は一変した。


「エムヌって、ダイクとユキホが潜ったところよね。それなのに未踏破? はあ~? なーに、手を抜いてくれてんのよ」


 女性がブツブツと何事か呟いていたと思ったら、どこぞを睨みつけるようにして叫んだ。


「ダイク! ユキホ! 聞こえたらさっさと来い!」


 ブワッと魔力が広がったと思ったら、収まると共にそこに美麗な男女が立っていた。


「いやーん、ミリアってば。呼ぶのなら、優しく呼んでよ」


 呼ばれて来た女性が満面の笑顔で言ったが、冷ややかな視線を向けられて顔を強張らせた。

 少し下がると男性の陰に隠れようとした。


「ボケたこと抜かしてんじゃないわよ。あんたら、さっさとエムヌの管理者連れてきな」

「エムヌの管理者? 奴が何かやらかしたのか?」

「やらかしたなんてもんじゃないわよ。すぐに連れてこなければ、この店を出禁にするから」

「えー、ミリアちゃんのご飯が食べられないのは嫌ー!」

「なら、さっさと行って」


 ミリアと呼ばれた女性の言葉に含まれる怒気に、男女はすぐに姿を消した。

 それから数秒後、もう一人を連れて戻ってきた。


「こら、ムー! あんた、なにやらかしてんのよ!」


 連れてこられたもう一人、まだ十代の少年に見える彼は、ミリアの顔をみて笑みを浮かべたが、いきなり責められたのでムッとした顔をした。


「なんだよ。呼んでいるっていうから来たのに。言うことはそれかよ」

「あんた、ボケたこと抜かしてんじゃないわよ。いい! あんたの気まぐれで、多大な迷惑をかけられた人がいるのよ。反省しろ、この野郎!」


 ミリアの台詞にギクッと顔を強張らせたムーと呼ばれた少年は、すぐに不貞腐れた顔で言った。


「別にダンジョン内の配置を変えることは禁止されてないんだからいいだろ」

「はっ? 反省する気はないのね」

「反省って、言うほどのことをしてないだろ」

「ほ~、よく言うわ。当事者を前にねえ」

「はっ? 当事者?」


 ムーはミリアが示した先にいたアトリたちのことを見た。


「大した怪我をしてないだろ」

「それは回復薬のおかげよ。じゃなくて、変更はいいわよ。だけど重大な規約違反をしといて、謝罪はないのかと言ってんの!」

「はあ~? 規約違反なんてしてねえよ」

「それなら、なんでエスケープポイントが設置されてないの? それに十五階層のセーフティーエリアがセーフティーエリアとしての機能がないって、どういうこと?」


 腕組みをして睨みつけるミリアに「そんなことしてない」と言いながら、左のこめかみに左手を当て右の指を振るように何やらをしたムーの顔から血の気が引いていった。


「あっ……」

「わかった? あんたが何をやらかしたのか」


 そしてクイッと顎で示すと言った。


「謝りな!」

「すみませんでしたーーーーー!」


 直角に腰を折って謝罪するムー。

 目を丸くしてみていたアトリたちが何か言う前に、ミリアの冷たい声が響いた。


「そうじゃないだろ。最上級の謝罪の作法があるだろ」


 言われたムーは床に座ると膝の前に手をついて頭を下げた。


「本当に申し訳ありませんでしたーーー!」


 その様子を冷たく見ていたミリアは、ダイクとユキホを見ると指でムーの隣を示した。


「えーと、ミリア?」

「お前らも謝罪」

「えー?」

「出禁」


 バッと二人ともムーの隣に座ると同じように頭を下げた。


「「すみませんでしたーーーーー!」」


 ミリアはアトリたちのことを見て言った。


「あんたらの好きにしていいよ」

「いや……好きに? えー……その……何が……どういうことなのか、説明が欲しい」


 状況が把握できないアトリは困惑した顔で言った。

 ムーと呼ばれた少年がエムヌのダンジョンの管理者で、ダンジョン内の配置を買えたらしいことは何となくわかった。

 が、その隣に座る三十代に見える男女に謝られたことが分からない。


「それはそうか。ムー、なんであんなことをしたんだ」

「えーと……怒らない?」

「理由次第だね」


 腕を胸の前で組んで睨むミリアに、お伺いを立てるムー。

 顔色が悪いままポツポツと話した内容に、呆れの視線を向ける店内にいる者達。


「つまり、貴重な薬草の採取に来るだけで、踏破しようという者が現れないのが不満だったと」


 ミリアが簡潔に纏めた台詞に力なく頷くムー。

 ミリアはそれを見た後、隣に座るダイクとユキホに冷たい目を向けた。


「あんたたちがエムヌに潜ったんだよね。なんで踏破しなかったのさ」

「えー、それはー」

「ムーに頼まれたからだな」


 ユキホがはぐらかそうと視線を外しながら言い淀んだけど、ダイクがあっさりとばらした。


「頼まれたって、何を?」

「俺たちに攻略されるんじゃなく、他の人に初攻略の栄誉を与えたい……だったかな」


 首を捻りながらの言葉に、ミリアの柳眉が逆立った。


「はっ、馬鹿だバカだと思っていたけど、なんでそこでやめるわけ? あんたら自分らがしなければならないことを、さぼってんじゃないわよ。あんたらが攻略した二十階層までは情報があるけど、その先が無いじゃない。せめてラスボスの手前まで、確認しに行きなさいよ。それになんで十六階層から強くなっているのよ。この先にもっと貴重な薬草が生えていたとしても、その情報は無いわ、魔物が段違いに強いわじゃ、誰も潜ろうとするわけないでしょ。ムーもムーよ。確かにこの二人に攻略されたんじゃ、エムヌのダンジョンの知名度的はそこまで上がらないかもしれないわ。でもね、大事な情報が無くて、無駄な怪我をさせることを思えば、スリーエスランクのこの二人に攻略させたほうがよかったんじゃない? でも、それ以上に勝手にダンジョン内をいじるのは駄目でしょ。ましてエスケープポイントを設置してないなんて」

「違う、わざとじゃないんだ。設定ミスで……」

「尚更だめでしょう。現に……」


 この後もミリアは説教を続けた。


 アトリたちは困惑したまま、固まったように椅子に座って話を聞いていた。

 エムヌのダンジョンの事情が見えてくるにつれ、やるせなさがこみあげてくる。

 管理者のムーは誰も攻略しようとしないことに腹を立て、少し難易度をあげてやれとダンジョンをいじった。

 その時に設定ミスでエスケープポイントが設置されなかったという。

 それとダンジョン内をいじるのはいいのだけど、その場合一番近い冒険者ギルドにダンジョン内の変更をすることを告知しないといけないそうで、それを怠ったことも大問題らしい。


「で、あんちゃんたち、荷物が無いんじゃ困るだろ。安くするから買わねえか」


 気がつけばどのテーブルも食器が片づけられ、代わりにダンジョン攻略に必要な物資が並べられていた。

 マジックバックまであるが、手持ちの金では買えそうになかったので、アトリたちは断ろうとした。


「あー、いいって。困った時にはお互い様だから。これからあとに同じような奴がいたら、あんちゃんたちが同じようにしてやりゃいいって」


 隣のテーブルに座る男が言った。

 聞けば、彼らも前に同じどうしようもない状況に陥った時に、この店に導かれて同じように先輩冒険者から安く物資を譲られたそうだ。


 それならと、言葉に甘えて色々購入させてもらうことにした。


「あー、もう! ちょっと、フォル。あんただけでなく、全管理者は当分の間、この店に出禁ね」

「「「「「はあ~? なんでだよ」」」」」


 どうやら他のダンジョンの管理者が居たらしく、その人に向かってミリアが宣言したら、一気に店内の人口が増えた。

 どこから現れたのか三十人ほどの老若男女問わずの人々に、アトリたちは目を瞬かせた。


「ちょっと、邪魔よ。半分は帰れ!」

「いや、待って。出禁はひどいわ」

「そうだよ。やらかしたのはムーだろ」


 ブウブウ文句をいう集団に、ミリアの冷たい視線が突き刺さる。


「帰れ! 一生・で・き・ん・でもいいんだけど?」


 パッと半分ほどの人が消えた。


「理由は連帯責任。ムーの拙さを分かっていたのなら、あんたらには指導する義務があるはずでしょ。後進の指導。それが管理者になる時に神との契約の一つだったわよね」


 アトリたちは神という言葉が出てきて、自分たちが聞いていい話なのかと思った。

 顔を見合わせると、皆して引きつった顔をしていた。

 だが、この状態で動いて目立ちたくはないので、おとなしく座っていた。


「でも、それは酷くないか。私達はこの店の料理を食べることが楽しみなんだ」


 ミリアの目から光が消えた。


「ふう~ん、料理を食べるのが楽しみ~。いいわね~、楽しみがあって。私なんて、料理に楽しみを見出したのは、お祭りの屋台の串焼きを食べた時だったわね。

 ねえ、知ってる? 

 この二人、肉はただ焼けばいい、野菜なんか食べなくていい、果物は生が一番おいしいと言ってたのよ。そんな二人に育てられた私ってかわいそうじゃない? こいつら無計画に子どもを作りやがって、まともに育てられないなら、子供を作るなっつうの!」


 ミリアのくらい淀んだ目で言い募る様子に、ダイクとユキホは抱き合って震えている。


「弟妹はかわいいわよ。こいつらに任せたら、食事が偏り過ぎるか餓死するしかない、そんな未来しか見えないじゃない。だから必死に料理を覚えたのよ。ええ。あんたらの胃を満足させるためなんかじゃないの!」


 ギロッと光の無い目でダンジョンの管理者たちを見るミリア。

 彼らも体を震わせて身を寄せ合った。


「大体店をやることになったのも、あんたらが悪いじゃん。なんでもっと自分のダンジョンの管理をちゃんとしないわけ? スタンピード起こされて、魔物肉の処理に困るって何よ! 丁度いいからこの店で使ってくれ! 何様よ! 

 というか、なんであんたらの尻拭いを私がしてんのよ。おかしいでしょ? やっぱり気が治まらないわ。ひと月、全管理者はこの店に出禁よ!」


 それだけ言って踵を返したミリア。

 アトリたちはただただ唖然とその様子を見ていただけだった。


「あー、初めてなのに修羅場を見せちまったな」


 水が配られてそれを飲んで一息ついたアトリたちに、先ほどから良くしてくれている男が話しかけてきた。


「あんたらは気にすんなよ。ミリアの言い分が正しいからな」


 そうしてもう少し話してくれたのが、ミリアの生い立ちやこの店のこと。


 ミリアはダイクとユキホの子供で歳は十八。

 ミリアの下に四人の弟妹がいるそうだ。

 冒険者としては最上級ランクのダイクとユキホだが、親としては未熟だった。

 見兼ねた隣人が手助けしなければミリアはここまで育ったかどうか怪しいらしい。

 弟妹とはすぐ下の子とでも五歳以上離れていて、弟が生まれた時に親に子育てを任せておけないと決意したそうだ。

 家事を覚えたミリアに家のことを任せてダンジョンへと向かうダイクとユキホ。

 弟妹が増えるにつれて、子供たちは親であるダイクとユキホのことを嫌いになっていった。


 ミリアが十二歳の時に、住んでいる町に魔物が押し寄せてきた。

 町にまで入り込まれ建物などが壊されたが、幸いにも死者はでなかった。

 町の復興のために働く大人たちに食事を用意したのがミリアだった。

 ミリアの料理に感動したスタンピードを起こさせたダンジョンの管理者が、ダンジョン内に店を出さないかと言い出した。

 その場で断ったのだが、町の人たちの助力で店を出すことになったミリア。

 その店とダンジョン内とを勝手に繋げてしまったそうだ。


 ミリアと兄弟たちが怒り狂ったけど、そこにたまたま困っていた冒険者が来店したことで有耶無耶に。

 そのあと話し合った結果、ある条件に合致した時のみ、お店とダンジョンが繋がることを許可したそうだ。

 けど、ミリアの料理を気に入った管理者たちが、勝手にダンジョンと繋いだままになるようにしたとか。

 でも、そのおかげで助かる冒険者もいて、苦情を言いづらいミリア。

 だが、今回のやらかしで管理者たちに一矢報いた。


 ということらしい。


 ちなみにこの店の料理が一種類なのは、色々な料理を提供するには手が回らないかららしい。

 店員はリタイアした冒険者とミリアの弟妹だそうだ。

 そういう事情から料理の値段はとても破格なものだった。


 アトリたちは情報過多でキャパオーバーになりながらも、なんとか話を飲み込んだ。

 この店で会った冒険者たちとは「どこかで会えたらその時は飲もうぜ!」と約束をして、店を後にした。


 店を出たアトリたちは唖然とした。

 そこは緑豊かな森に変わっていたのだから。

 すぐに食べることが出来る果実や小川には魚も泳いでいた。

 岩山は残されていたけど、これならセーフティーエリアとして十分な機能を備えていることだろう。


 ミリアに説教されたムーがすぐに手直ししたようだ。

 冒険者たちに譲られた荷物を持ち、アトリたちは歩いて地上に戻ることにした。

 階層に合わせて適正なレベルで配置された魔物たち。

 それを確認しながら、地上へと戻ったのだった。


 そして、数カ月後アトリたちはあのダンジョンで良くしてくれた冒険者と再会することが出来た。

 彼らがまさか憧れの『黄金のウィング』のメンバーだと知り、約束通り飲みの席で驚愕することになるのは、別の話。


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― 新着の感想 ―
18歳なのに…ベテランのオカンじゃん。゜(゜´Д`゜)゜。 丸く収まって良かった〜
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