魅了してあげる【フェミニスト聖騎士×クール系サキュバス】《3分恋#5》
最初は、ただの興味だった。
「やぁ、ディアナ! キミの闇色に染まった髪は今日も美しいね」
「……あっそ」
毎朝必ず掃除婦たちを口説き回る聖騎士様に、サキュバスの専売特許、魅了をかけたら――。
「……ケイドさん、今夜ひま?」
「えぇ!? まさかのお誘いかい? キミのためなら、ギルドのS級会合なんて早々に抜け出すよ!」
魅了をかけるには、密室で2人きりがいい。
掃除婦の私が冒険者にスキルを発動したとバレれば、クビになるかもしれない――。
でも、それほどのリスクを冒しても、見てみたかった。
いつも私の外見だけを褒めるこの男が、どんな醜態をさらすのか。
「ええと。ほ、ほんとにいいの?」
宿の部屋で、2人きりになったものの。
この騎士、こっちを一切見ようとしない。
「ケイドさん、私をみて」
「えっ……うわっ!」
【魅了】
口内にあふれる赤いフェロモンを、彼の口元で放ったが――彼は、いつまでもキョトンとしている。
「あれ……」
「今、何かしたかい?」
この男が強すぎて、スキルを跳ね返された――?
でも、そんな様子はなかった。
魅了が効かないのは、私の肉体的魅力に興味がない相手だけ。
まさか、この女たらしが――?
「……もしかして、俺に魅了かけようとした?」
心臓が鳴る。
これ以上は無理だ――正直に「興味本位だった」ことを告白し、頭を下げた。
「でも、どうして魅了が効かなかったの……?」
「ああ、それは」
この「キャラ」は作り物。
そう告白する彼の横顔から、目が逸らせなくなった。
国やギルドのお偉い方に憎まれないためには、完璧な騎士像を見せてはいけない。どこか抜けているところを演出しなければ――そうこぼして、彼は微笑んだ。
それが、あの女好きか――。
でも、この男は実際、女に興味がないと証明された。
「実は、ケイドさんの昔の話……ちょっと聞いたことがあって」
田舎の騎士の出だけど、実力のみで、この国営ギルドのS級まで成り上がったと。
「えっ! 掃除婦さんたちの間で、そんな話広まってるの?」
彼は、頬を染めながら顔を伏せた。
この人にも、見えない苦労があるんだ――。
「あれ……でも、どうして私の誘いに乗ったの?」
「それは」
私がギルド内を黙々と掃除する姿を、彼はいつも見ていたという。
完璧で誠実な仕事ぶり――そんなことを純粋に言われると、目を見ていられなくなる。
「サキュバスは、その……『特別な食事』が必要なんだろう?」
そんな私が自分を誘うなんて、よほど困っていると思った――彼は控えめに笑った。
「は……」
この人は誠実。
でも、残酷な男だ。
あの笑顔に触れたくても、彼は私に興味がない。
「ケイドさん……やっぱり悪い男」
「えっ、なんでだい!?」
悔しい。やっぱり、嫌い――。
でも。
魅了じゃない方法で、この男の心を手に入れる方法――それにはすごく興味がある。
指先ひとつ触れないまま、彼を宿の外へ送ったあと。
「……いつか必ず、魅了してあげる」
何も知らない背中に向けて、呟いた。