ハローワーク前夜、といえないこともない。
「俺、ピアスあける。」
鳥山がそう言った。
麻布の居酒屋だった。
「なんで?」
私が問う。
「先週さ。上司とケンカしたんだよね。」
え?話とぶ?
「俺、まちがってないとおもうんだよね。
うちの上司さ、3時くらいになると外出するんだよ。」
「お客さんとこ?外出。」
「と、おもうだろ?
ちがうんだよ。外出って書いてそのまま家かえってんだよ。
1週間に2、3回やるんだよ、毎週。
おかしいだろ?上司だからって、周りがなんもいわねぇからって、
それはおかしいだろ?
それにさ、昼飯くいにいくのに、社用車つかうんだよ。
ずるいだろ?
しかも店が混んでて注文がなかなかでてこなかった、なんて理由で
1時間も昼休み延長して帰社するってどうなんだよ。
1時間だぞ?
そんな言い訳小学生だって笑い飛ばすよ。
つうかさ、混んでる店にあえて入るなよ、勤務中に。
だろ?」
「すごい会社に就職しちゃったね。」
「俺は、言ってやったよ、その上司に。」
「・・・言った、って?なにを?」
言った、って?なにを?
「おかしいだろって。お前おかしいだろって。」
俺は、言ってやったよ、と息巻く鳥山。
呆然とする私。
「ばかじゃないの?」
「そうだよ、ばかな上司なんだよ。」
ばかなのはトリくんだと思うよ、とは言わない私。
俺は、まちがったことは言ってないんだよ、と酒飲む鳥山。
社会人としては間違ってるよね、と飲み込む私。
「俺はさ、がんばって当然のことや、我慢して当然のことや、
守って当然のことが出来ないやつが本当にいやなんだ。」
「そうなんだ。」
「そんなやつがただ上司ってだけで偉そうにしてるのを見るとほんとに吐き気がするんだよ。」
「そうだね。」
「そんなやつの下でまじめに働く必要がどこにある?」
「ないと思うよ。」
「俺はさ、今現在働くこと蟻のごとしだよ。」
「どんまいー。」
「そいつがさこれ以上態度を改めないなら俺だって自分の好きにやっていいと思うんだ。」
「そうだね。」
「だから、俺はピアスをあける、ってあいつに言ってやったよ。」
・・え、そこにつながる?
「あいつが社会人のマナーをマナーを守らないなら、俺だって守る必要はないだろ。」
そういうことではないとおもうけど。
「それで?それでどうなったの?」
「もう会社こなくていいってさ。」
ほんと不条理だと思わないか?
「思うけど。トリくんは、後悔してないの?」
「やっぱり後悔するところだとおもうか?」
目を泳がせながら鳥山が問う。
そりゃおもうよ、とは言わない私。
「明日からハローワークがんばろうね。」
だいじょうぶ、人が何で救われるかは私にはわからないけど、トリくんだけは私が救うよ。
「どんまい、トリくん。」