第四話「育児」
翌日の夕方、皇之介は目を覚ました。
寝ぼけまなこで、頭をボリボリとかきながら
「昨日のは夢で実は金の延べ棒が・・・・」
真横を見た。赤子が寝ている。
無論、金の延べ棒などどこにもない。
「あー・・・」
布団から上半身を起こし、まだ半分しか開かない眼をこする。
「捨て子だよな?俺はどうすりゃいいんだ・・・・・?」
布団から出ようとすると
「アー・・・アー・・・!!!」
赤子は顔をくしゃくしゃにしてぐずるのであった。
皇之助は慌てて布団に戻り
「な、泣くな~~~・・・!よしよし~・・・」
あやすと、赤子は嬉しそうに笑った。
ふっくらと柔らかい頬は、まるで菓子のよう。
皇之助は大きくため息をつき、独り言をつぶやいた。
「俺、奉行所って苦手なんだよ・・・」
それもそのはず、彼の正体は盗賊なのだ。
「でもなぁ、お前もかわいそうだよな、親に捨てられたのか・・・」
皇之助の同情など全く他人事、赤子は上機嫌ににこにこと笑う。
その時突然
「皇之介ー!いるー?」
引き戸が勢いよく開き、訪問者と目が合った。
彼女は 皇之介とその横で寝ている赤子を交互に見て、目を点にして言った。
「へ?・・・え?・・・その子、何?どこの子?」
彼女は隣に住む飲み屋の女給仕、乃亜。
いささか強気だが 色気のある切れ長の目と血色のいい唇が印象的だ。
細い体であるが、出るところはきちんと出ている・・・。
「・・・・。アンタ、どこ見てんの」
乃亜は皇之介の視線を気味悪げに、着物の袖で体を軽く隠した。
「って、そんなことはどうでもいいわ。その赤子は・・・」
皇之介は返答に詰まる。
「えーと、これは、そのー、あれー、あれが、ほら、あれ」
無視して乃亜はズカズカと部屋に上がり、いぶかしげな顔をした。
「・・・・・。」
赤子の顔を凝視する乃亜の顔を見て、皇之介は言った。
「まさかお前が産み落としたのか?」
乃亜は皇之介の頭を軽く小突き言った。
「はぁ?そんなわけないでしょ!」
だが赤子を見る乃亜の険しい表情・・・。
気になるが、何かを隠していても簡単には口を割らないだろう。
「なぁ、お前が奉行所に届けてくれないか」
皇之介が恐る恐る乃亜の横顔を見ながら言った。
なにせこの女人は怒らせると怖い。
か細い体からは想像できない、薙刀の達人だ。
「・・・なんでウチが?それに奉行所に届けたって、この子は」
この村で拾われた捨て子が、幸せに暮らした話など聞いたことはない。
奴隷として扱われるか、体を売って育ての親に搾取されるのがオチだろう。
「わ、分かった分かった、で、どうすればいいんだ」
乃亜は皇之介をまっすぐ見据え、言った。
「アンタが育てりゃいいんだよ」
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乃亜様には逆らえん。
空が暗くなる頃、紐で赤子を背中に固定し、でんでん太鼓を持った皇之助がいた。
「なかなか様になってるじゃない。名前も必要だよねー。いつまでも赤子っていうのもさぁ。んーとそうねぇ、・・・春子ていうのはどう?よし、決まり!アンタの名前は春子だよ〜!」
この間皇之助は一言も意見していない。
乃亜はたまに一人で言い出して一人で答えを出すのだ。
春子は終始ご機嫌だった。
「ダァダァ!キャッキャ!アー!」
流れで子育てをすることになった(拒否権は無い)が・・・。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。