第三十四話「門出」
獅子神ブラッディレオは、ハルカの亡骸を抱き上げ
池の底から地上に戻った。
ハルカの右手からコロリと何かが落ちる。
それは、あの日祭りで買った水色のかんざしだ。
「・・・・・春子・・・」
ブラッディレオはそのかんざしを拾う。
リックハートとノアがゆっくりと近づいてきた。
「皇之介・・・・?」
ノアは恐る恐る声をかけ
「ハルカは・・・死んでしまったんだな」
リックハートは帽子を今までで一番目深に被った。
城門が開き、ソニアが近づいてくる。
ブラッディレオの面前で立ち止まり、ひざまずき深く頭を垂れた。
「まず、一国の主として、お礼を言います。我が国を救ってくださり心より感謝します」
ブラッディレオは、目の前で丁寧に頭を下げかしこまる女王を見て言った。
「女王って、大変なんだな」
女王という立場は感情に身を任せることなど普通は出来ない。しかし・・・
「この面子なんだ、もっと自分に正直でもいいんじゃねぇか?」
ブラッディレオはしゃがみ、同じ高さの目線で女王に言った。
ソニアは顔を上げ、青い瞳から涙をこぼした。
「ハルカ・・・まるで寝てるみたい」
あれだけ苦しみながら死んだのに、不思議とハルカの死に顔は安らかだった。
その時突然、獅子神の持つかんざしが光りだす。
「!?」
その光りはまるで映写機のように一点に集中し、宙に映像が浮かんだ。
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「ん、これでいいか?ちゃんと映ってんのか・・・?」
映像には狐の面をつけた怪しい男が映っていた。
その男は話し始める。
「天道皇之介。見えてるか?
これを見てるということは、今相当大変な目にあってんだな。
星はまもなく滅びる。
今も空が変な色だったり、草木が枯れ始めたりしているんじゃねぇか?」
皆、空を見上げ、辺りを見回す。
映像の男は続ける。
「解決策は、簡単なことだぜ。過去に帰り未来を変えるんだ」
そこにいる一同は、黙って見入っていた。
「誤解しないでほしいのは、出来事の分岐点で選択を変え、平行世界を作るのではない。
今そこにある現実が消える。
仲間が死ぬわけではないんだ。
お前の仲間は、新しくお前が作った未来で生きる。
もちろんお前以外のやつは、記憶を失くしてしまうけどな。
残念だけど、星が滅びるのを避けるにはそれしか方法はない。
だから星が滅びの未来へ一歩踏み出したときに、この映像が流れるようにかんざしに細工をしておいたんだ。
そして、皇之介、お前の手に渡るように・・・」
なんかコイツかっこつけてる、とノアは呟いた。
「そして過去に戻る時・・・ この映像を見たら出来るだけ早くがいいんじゃねぇか?
かんざしを高く空に掲げるんだ。そうしたら長い長い階段が現れる。
その階段を登り切れば、変えなければいけない分岐点まで戻れるから」
皆、皇之介の持っているかんざしを見た。
ノアは聞いた。
「な、なに・・・?そのかんざしってそんなすごい物なの?」
ブラッディレオは答えた。
「いや、村の祭りで買ったもんだぜ。特に他の物と変わりはないと思うけど・・・」
続けてソニアが聞く。
「複製・・・、いえ、春子が欲しいと言ったのね?」
「さすがだな・・・女王さんの言う通りだ」
映像には、まだ狐面の男が映っている。
「てかこの人、誰・・・?皇之介の知ってる人なの?」
その時リックハートが言った。
「シッ。続きがあるみたいだぞ」
映像に映る男性が、まるでこの場が見えているかのように答えた。
「びっくりしただろー?俺のことを何者かと、本当の話かと疑っているかもしれない。
実際に行動するかどうか、判断は皇之介に任せるよ。
俺の名は・・・・そうだな、『ワンダラー』とでも呼んでくれ」
狐面の男はキリッとポーズを決め、親指を立てた。
「俺は、星が滅ぶ有様を全て見た。まだ未来を変えられるうちに、お前に託すよ。
星とか言うと大げさだけどさ、お前だって仲間たちが星と共に死ぬのは嫌だろ?
じゃあな、がんばれ」
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かんざしの光りが消え、映像も消えた。
しばらく一同は黙ったまま・・・
少したって沈黙を破ったのはノアだった。
「ねぇ、本当に今の人のこと知らないの?あの人はアンタのこと知ってたみたいだけど」
獅子神はうーん、と唸りながら
「さぁ・・・会ったことないと思う。でも悪い奴じゃなさそうだし・・・俺は、今の話を信じるよ。
ハルカを連れて過去へ戻って、運命を変える。
何でもやってみなきゃわかんねーだろ。ハルカが死なない未来があるかもしれないぜ!」
リックハートは聞いた。
「ハルカの亡骸も・・・連れて行くのか?」
獅子神は眼光鋭く言った。
「お前たちに渡すわけないだろ。弔うことができるとは思えない」
「そんなことはない!!」
リックハートは珍しく語気を荒くした。
後方にある城内から
「ついにハルカが死んだぞーーっ!!」という大歓声が聞こえた。
リックハートは声の方向を激しく睨んだ。
女王は凛として言う。
「神よ。全てをお任せします。行ってください。ハルカのこと、よろしくお願いします」
「わかった、任せとけ!でもさ、お前たちはこれから今の記憶消えちまうみたいだし・・・一度別れの言葉を告げてやってくれ」
ハルカの体をそっと地面に下ろした。
ノアは、ハルカの手を本人の胸に重ね、その手を握り泣いた。
いくつもの涙が、ハルカの手の甲に落ちる。
女王は深く祈りを捧げた。
リックハートは、未だ背を向けうつむいている。
神妙な面持ちの人間たちの中
「あぁ!それと!」
いきなり重い空気を壊したのはブラッディレオ本人だった。
姿は獣の神でも、中身は皇之介であることに変わりはない。
「これ忘れちゃいけねぇや。おいで、お前たち」
隠れていた動物たちは、レオの元に駆け寄った。
「こいつら、頭いいんだぜー。まだあの時のお礼してなかったな」
ふところから干し肉や、鮮度の上等な野菜や果物などを出した。
「みんなで分けて食べな。取り合いすんなよ?それと・・・」
動物たちの耳にこっそりと言う。
「俺が城の台所から盗ったってのはナイショな」
リックハートは軽く両手を広げ、やれやれとため息をついた。
「全く、それだけの食料をどこに隠していたんだ。神だろうと人間だろうと、お前といると調子が狂うよ」
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ブラッディレオが、かんざしを高く掲げる。
すると、目の前に虹色の半透明な階段が現れた。
「本当に階段が現れた・・・」
皆、茫然とした。
この階段を登れば、過去へ帰れるという話だが・・・。
獅子神はハルカの体を抱き上げ
「・・・世話になったな。ノア、リックハート、そして女王さん。
違う未来でまた遭おうな!またこの顔ぶれで集まれるように、俺頑張るからさ!」
階段の前で振り返り言った。
女王は胸の前で手を組み、ノアは泣き崩れた。
リックハートはやっとブラッディレオの方を向き、帽子を外し自身の胸に当て、初めて
・・・皇之介に頭を下げた。
ハルカと共に、ブラッディレオは長い長い階段を昇り始める。
動物たちはブラッディレオの遠ざかる姿を見つめていた。
その背後には、地面に突き刺さったままの彼の愛刀、獅子闘辛。
その刃には、血のような赤い空が映り、キラリと煌めいた。
階段を上る二人の姿は、やがて小さくなり、見えなくなる。
誰も気づかなかった。
ハルカの影が二つあることを。




