第三十三話「閉眼」
その時、ハルカの指先がブラッディレオの眉間に触れた。
(!?)
走馬灯のように映像が頭を流れる。
冷たい目で見下す村人
嫌味を吐きすてる知人
信じていたのに行方をくらませた父親
感情的に声を荒げ暴力をふるう母親
納屋に長く閉じ込められた絶望
嘲笑を浮かべ接してくる巫女仲間
偉そうに説教を垂れるたくさんの・・・
「私は、生きることが幸せだなんて、一度も思ったことなかった」
池の底で横たわるハルカが、そう言った。
水中で声が発せられるわけもなく、もちろん聞こえるわけもない。
だが不思議なことだが、ハルカは言葉を発し、ブラッディレオには聞こえたのだ。
女王たちと話をしてた時に脳内に聞こえた声と同じようなものかもしれない。
ハルカの体に覆いかぶさるような体勢のブラッディレオ。
二人の目が合う。
(今のはハルカの記憶・・・そうか)
ブラッディレオは気づいた。
(そういうことだったのか・・・)
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彼らは言っていた。
「術の一つもロクに使えないあんたが・・・」
「ただの巫女であった時は、特殊な才能あれど巫女としての術は大して扱えなかった」
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(ハルカ・・・お前は)
ハルカは優しく微笑んだ。
(術が使えなかったわけではない)
その微笑みは、次々と人を殺めた時の恐ろしいものではなく
生を諦めた者の悲しい微笑みであった。
(周囲から『出来損ない』と有無も言わさず決めつけられて、その実力を披露する場をハルカは奪われていたんだ)
二人の髪の毛が、水の中ゆらゆらと揺れる。
「わかってる。私が間違えてるんだよね。人を恨んだって、憎んだって、そして殺したって。何も得るものなんてない。私、このまま生きてちゃダメなんだね」
ハルカはそっと目を閉じ
「でもね、一度でいいから、みんなと仲良くお買い物に行ったり、お茶しながら城下町のお話したり・・・遊びたかった。誰かに・・・がんばったね、ってほめてもらいたかったなぁ・・・」
ブラッディレオは黙って聞き続けた。
「・・・殺していいよ。あなたなら、出来るでしょ?今、お話聞いてもらえて、私すっごく幸せ」
ブラッディレオは数秒固く目をつぶり、決心し目を開け
(わかったよ・・・でも俺は)
ハルカの首を掴み、顎の下の頸動脈に爪を突き刺した。
(お前を殺したくないよ)
苦しそうではあるがハルカの抵抗は無く、ブラッディレオはハルカの首に刺した爪を抜いた。
(楽に殺せなくて・・・ごめんな)
二人の口から、呼吸が泡となって漏れた。
獅子神の口からは白い泡。
殺戮神を取り込んだ神薙の口からは赤黒い泡。
血はもやもやと広がり、池の水は赤黒く変色した。
突如、
「助けてくれえええ!!」
ハルカの体から黒い霧・・・邪神ブラッディマリーが叫びながら飛び出した。
「恐ろしや恐ろしや、この女に意識は食われるし、獅子には襲われるし、踏んだり蹴ったりだ!
汚れた獣にわらわは殺されとうない!よくぞこんな目に合わせたな!
いつしかお前を同じように、無の底へと引きずり落としてやる!覚えておれ!!」
そう言って黒い霧は池の水に溶けるように消えていった。
・・・・・
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「父ちゃん?起きた?」
皇之介は辺りを見渡した。
そこは大和村の自分の家。
いつもの和室、布団の上だ。
「うなされてたよ?だいじょうぶ?」
「・・・・。」
春子は皇之介の顔に触れる。
神の姿ではなく、人間である皇之介の顔に。
「はるこもね、へんなゆめみたの。
ぱーんてなって、くろいどろのいちぶになっちゃうゆめ。
でもぜんぶゆめだから、しんぱいいらないよね!」
皇之介は春子を見つめる。
「ずっとここでへいわにくらそうね。父ちゃん」
春子は笑顔で言った。
皇之介は春子のやわらかい頬を撫でた。
(それが出来たら、何も知る事がなかったら、幸せだったのか。
いや、・・・違う。違うよな・・・)
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「・・・見えた?」
「あぁ」
「良かった・・・」
「今の幻覚はお前が作ったのか?」
「うん・・・私は・・・これくらいしか・・・お礼ができないから・・・」
「なぁ、ハルカ」
「ん~・・・?」
「・・・・頑張ったな。すごく、頑張った。つらかったろうに」
ハルカはうふふ、と笑い
私が峰子だって 覚えててくれて ありがとね
ハルカはゆっくり目を閉じた。
そして、二度とその瞼を開けることは無かった。




