第三十二話「獅子」
あまりの風圧の激しさに、ノアもリックハートも顔面を腕で隠し、腰を落とし両足に力を入れる。
それでも数センチ、足元は風に押されている。
一瞬でも気を緩めれば遠くまで飛ばされてしまうだろう。
衝撃が止むと風は徐々に落ち着いたが、土煙はまるで霧のようだ。
皇之介はどうなったのか。
二人は目を凝らして彼のいた場所を見る。
徐々に視界が開け、そこには人影がうっすらと見えた。
「まさか・・・生きてるだと!?」
リックハートは驚いて声をあげ
「皇之介!!頑丈さとアホさと能天気さではさすが右に出るものは・・・・え?」
ノアは飛び上がって喜んだ。が・・・
ウオオオオオオオオオオオオオ!!!
皇之介は空を仰ぎ、高く咆哮をあげた。
すると彼の体から炎が燃え上がり、その炎は天高く火柱を作る。
火柱はやがて蛇のようにうねり彼の体に巻き付き、皇之介の体を包み込んだ。
「・・・・。」
何が起こっているのか
二人は言葉を失い、ただ見つめていた。
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あの日、リックハートは何気なく疑問を口にした。
「お前の目はどうしてそんな色をしている?」
そして大和村では、石像に祈る老人たちもこのように呟いていた。
「紅い瞳の獅子神よ、どうか村を・・・」
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「お前の紅い目・・・まさか・・・そんな・・・」
リックハートは呟いた。
たてがみのように揺れる長い髪。
尻からは細長い尾が垂れ、その尾の先には筆のような房が生えている。
二の腕と、下半身を覆う薄茶色の剛毛。
今までついていた人の耳は、獣の耳に変わった。
瞳の中の白目は黒く染まり、漆黒の眼の中心、宝石のような紅い瞳が怪しく光る。
二足歩行の姿ではあるが、しかしその様子はまるで獣人のような・・・。
「あれ・・・誰・・・?」
ノアは軽く怯えながら言った。
「まさか・・・まさかそういうことか、やられたよ」
目の前の光景に驚きを隠しきれず、凝視したままリックハートは言い、小さく笑った。
「あんな優男の正体が、神話に出てくる獅子神ブラッディレオだなんて。全く、事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ」
過去に大和村を救い、村人が依存し崇拝する獅子神ブラッディレオ。
これが長い年月封じていた、皇之介の真の姿であった。
獅子神はひとつ息をついた。
口を開くと大きな牙がチラと見える。
ノアは激しく混乱した。
「どういうこと!?どういうことなの!?ちょっと!説明してよ!!なんで皇之介が・・・あれなんなの!?」
リックハートはニヤリと笑い
「あいつは俺たちが思うより演技が上手だったというだけだ。気が遠くなるほど生きれば、人間のフリもうまくなるということか」
「えええ!?それなんの説明になってない!わけわかんないよ!!」
説明にならない説明を聞いても無論何もわからず、ノアは余計混乱する。
ハルカは括目し呟く。
「・・・・あなたが・・・ブラッディレオ・・・?」
全身を震わせ・・・そして絶叫する。
「神は、私よ!私だけが絶対的な存在なのよ!!あなたも私をいじめるのね!!」
ハルカは自身を巻き付く血管を引きちぎり、
鞭のように器用に振り回し、獅子神を襲った。
しかし獅子神の脚力は、皇之介の頃を遥かに凌駕する。
素早く攻撃を避けながら走り、高く飛び上がった。
空中でハルカの体を捕まえ、勢いよく二人は池の中へ落ちていく。
ごぼごぼ・・・という音がこもって聞こえ・・・
皇之介、いや、ブラッディレオはハルカの顔を見た。
(何故、この子はこんなに歪んでしまったのか)
その時、ハルカの指先がブラッディレオの眉間に触れた。
※第一話の前書きに「登場人物は、実在する人物・キャラクターがモデルとなっています」と書きましたが、もちろん悪役は架空の人物です。




