第十二話「悪酔」
蔵之介の背後には、人相書の『赤い妖怪』が立っていた。
周囲の誰にも気付かれず。さすが妖怪(?)の為せる技なのか。
周りの客はあまりに驚いて動けずにいる。
不思議な事に誰も逃げ出さず、奉行所へ駆け込んで行く者すらいない。
妖怪への恐怖、それ故か・・・いや
酒の回った男どもからすれば単にもの珍しかっただけかもしれない。
「なんだ、お前ここで働いてるのか」
赤い妖怪は乃亜に話しかけた。
しかし乃亜は、妖怪の問いに答える事が出来ない。
ここで言葉を交わせば、人相書の妖怪と繋がりがあるということを認めるようなもの。
乃亜は他人のフリをした。
「・・・いらっしゃいませぇ~」
「何故そっぽを向く」
乃亜は一切目を合わせず、我関せずを貫くつもりでいた。
蔵之介は、怯えながら言った。
「お、お前、人相書の」
妖怪はきょとんとして
「人相書ってなんだ?」
と言い、更に続けた。
「ところでさっきのお前の英語、なかなか良かったぞ。さすがド田舎の村人って感じだ。」
赤い妖怪はさも楽しそうにクククッと笑った。
「いや、もしかしたら俺が勘違いしてるのかもしれない。南国にはキウイと言う果物があるが、まさか『あなたはキウイです』とか言いたかったわけじゃないよな?」
乃亜だけが笑いを堪え、斜め下に俯いて肩を震わす。
他の客や従業員は、首を傾げていた。
「お、お前の言うことがでたらめだ!正しいって証拠ないだろ!」
蔵之介は唾を飛ばしながら叫んだ。
「まぁ確かに証拠はないな。・・・それはそうと」
赤い妖怪は乃亜の方を振り向き聞いた。
「ここでは飯が食えるのか?」
「・・・酒とつまみが主だけど、定食も出せますぅ~」
そっぽを向いたまま口をとがらせ答える。
赤い妖怪は近くの席に腰かけ
「じゃあなんか適当に出してくれないか。この店のおすすめでいい」
「はぁ~~い、わかりましたぁ~~」
その時赤い妖怪は帽子を外した。
それを見た周囲の客はぎょっとして目を丸くする。
今まで帽子で隠れていた髪は、この村の人間とは全く異なった。
村人の髪は皆黒い。
しかし、赤い妖怪の髪はサラサラとした美しい金色だった。
女給仕たちは驚いて口を手で覆う。
蔵之介は目を見開き口をパクパクと動かし、おずおずと後ずさった。
「か、か、か、髪の色が!!」
赤い妖怪は更に煽る。
「ん?お前見たことないのか?お前の好きな西洋人ならではの金髪だぞ。見れて嬉しいだろ。まさか西洋人の髪色が金髪だと知らなかった?本当に妖怪だと思っちゃった?」
赤い妖怪は、ニチャアと笑みを浮かべながら詰め寄る。
そう、この村では『赤い妖怪』と判断されたが、金髪と碧眼は西洋人の遺伝子のもの。
そして謎の衣装は西洋では特別珍しくもない、西洋ならではの文化だった。
彼は人種こそ違えど妖怪などではなく、普通の(?)人間である。
蔵之介は酒で火照った顔を余計赤くし、うううううううううう、と唸り震え始め
「畜生!僕を馬鹿にするなぁ!!!」
怒鳴り声をあげて、赤い妖怪に殴りかかった。
店内に響く悲鳴や怒声、椅子の倒れる音。
「こ、こいつ人相書の妖怪に喧嘩売りやがった!」
「妖術に巻き込まれるぞ!」
客が慌てて立ち上がり、叫びながら逃げだした。
食器や酒瓶がいくつか床に落ちて割れる。
「この妖怪め!消えろ!消えろ!僕を馬鹿にしやがって!」
蔵之介のキレの悪い弱々しい拳は、簡単に避けられて一発も当たらない。
せめて、酔拳の使い手だったならある程度の攻防が出来たのかもしれないが。
そのうち蔵之介はゼェゼェと息を切らし、床に倒れて動かなくなった。
「あちゃあ・・・」
乃亜が呟いた。
「結局なんだったんだこいつは」
赤い妖怪は倒れて動かなくなったた蔵之介を見下ろし言った。




