第十一話「居酒」
その夜のこと。
今宵も賑わう居酒屋。
昼間は静まった大和村でも、夜遅くの居酒屋は大繁盛だ。
村民は長く続く不況を酒に逃げたいのか、次から次へと縄のれんをくぐる。
「いらっしゃい!」
乃亜はここで働く給仕だ。
陽気な客。苛々した客。疲れた表情の客。
彼らは席につき注文を頼む。
「とりあえず酒!あとゆでだこね!」
給仕たちはせっせと酒とつまみを運ぶ。
その時また縄のれんが揺れた。
乃亜はその姿を見て、顔を歪ませる。
「・・・いらっしゃい」
乃亜が苦手なその客は、気取ったサマが鼻につく煩わしい男だった。
席につき
「フフ・・・酒を頼む」
乃亜の方を向いて片目をつぶり、得意げに口元をニヤつかせた。
(もう片方の目は白目になっていたが)
この男の名は、蔵之介。
毎晩店に居座り、悪酔いし暴れるタチの悪い常連客だ。
「悪酔いの蔵之介」略して「悪くら」と影で呼ばれている。
悪くらが畳に座ると
「酒がまずくならぁ」
数人の客が帰って行った。営業妨害も甚だしい。
乃亜が熱燗を席まで運び、無言で去ろうとしたとき
「乃亜、今夜も可愛いね・・・フフ」
蔵之介はいやらしい目で、乃亜を見た。無論、顔だけでなく体も。
「それは、ありがとうね」
乃亜は、素っ気なく答えた。
蔵之介は美男子だ。外見だけで言えば村では誰にも劣るまい。
しかし、明らかに性格に難のある色情狂だ。
「乃亜ちゃん・・・君の瞳に、乾杯」
蔵之介はおちょこを少し上にあげ、うっとりと囁く。
その後クイッと飲み干した。
無視して離れようとしたところ、また捕まった。
「ところで乃亜ちゃん・・・」
「何よ、ウチ忙しいんだから邪魔しないで」
迷惑そうに冷たく言い放つが、蔵之介にはまるで通じない。
「まだ皇之介と恋仲なのかい?そろそろ僕のところに来なよ」
何やら大きな誤解があるようだ。
「何が『天道皇之介』だ、名前負けもいいところじゃないか。あいつは喧嘩も弱い、脳みそも弱い、優しいだけの取柄の男だ」
アンタのほうが弱そうだけど、と乃亜は思った。
蔵之介の語りは続いた。
「あいつはあろうことながら、周りの子供達まで味方につけて。全くこずるい奴め」
悪くらはチッと舌打ちをする。
確かに皇之介は村中の子供に人気だ。
そういえば、最近蔵之介は村の子供達に
「皇之助兄ちゃんは優しいのに、蔵之介はいじわるだ!子供の癖にって、いつも馬鹿にしてさ!」
「この前なんか、大好きなばあちゃんがくれた菓子を取ってった!皇之助兄ちゃんと蔵之介は、名前は似てるのに、月とすっぽんぽんだ!」
など公衆の面前、村の広場で罵倒されたという噂を聞いた。
すっぽんぽんでは無かったと思うが。
平気で子供から駄菓子を奪えるほど、ジャイ・・・異常な奴だ。
すると、突然
「ゆぅ、あぁ、キウイ。あい、らび、うー」
蔵之介が変な言葉を言い出した。
これは気味が悪い・・・。
今度こそ乃亜はその場から逃げようとした。
「これは西洋の言葉なんだ。どんな意味か分かるかい?」
ニヤニヤと笑いながら絡んでくる。すでに酔いは回ってるようだ。
「・・・さぁ?」
乃亜は真顔のまま答えた。
蔵之介はまた大げさな身振りで、鼻高々に言った。
「西洋の言葉が分かるなんて、僕だけだよね。参ったなぁ。僕って博識だからさ。ちなみに意味は、君は可愛」
「それを言うなら、You are cute.I love youじゃないか?」
急に背後から聞こえた声に、蔵之介はひっくり返り、乃亜も盆を落とした。
「なんだ?こいつは。この村はこんな奴しかいないのか?」




