06.はじめての夜* *
【ご注意】
本話の後半、◇マーク以降に、【性描写】があります。苦手な方は、ご注意ください。
何か……虫の知らせ、みたいな何か。渇きを感じたり尿意を感じたりして、ふっと目が覚めたという瞬間だった。
遠くでノックの音が聴こえる……。
「──ふぁい? 何ですか……」
「キョウ君、少しいいかな?」
「マキナさん? ダイジョブです──」
まだ、ぼやける感覚で携帯端末の時刻を確認する。二十一時でそんなには遅くもない時間だ。
「──何ですか?」
声の方に目を向けると扉を少し開けて覗いているマキナさんがいた。
リモコンで照明を増光して、身体を起こすとベッドの縁に座ってマキナさんを見る。
おずおずと体を滑り込ませてマキナさんが部屋に入ってくる。寝巻きとかじゃなくローブ姿だ。
「──明日の買い物の話、ですか?」
「ああ、そう。そうだね……」
昼間の彼女とは違って歯切れが悪い。仕草がどことなくキョドっている。
なんとなく、その時が来たのだろうと察した。お見合いの返事をするや、家に招かれたのだ。
いつでも同居できる家が準備されていて、きっとこの日を待ち望んでいたに違いない。
かと言って、家族への紹介と顔合わせ、書類だけでも済ませられる結婚とは言え、その手順も決まらぬうちに早すぎでしょう。
「ボクもちょっと訊きたかったんです。部屋のことを」
「部屋? なんだろう?」
ソファーじゃなく、ためらいながらこちらへ歩を進めてくる。
「ここのカーテンはどうするんでしょう? お風呂のうちに締まってはいたんですが」
伏せ目がちにベッドまで辿り着くと、そっと隣にった。
「ああ、ドアのとなりにコントロールパネルがあってエアコンも操作できるよ」
なるほど……と、エアコンやカーテンは集中して操作できるんだ。
「それでクローゼットなんですが……」
「クローゼット? ああ、あれね。あそこの鏡を押さえると開くんだよ」
鏡壁の端を指さしてマキナさんが言う。まあ、それは発見した。
「それは分かったんですが、あそこまで鏡になってるのはナゼなんでしょう?」
「えっ? さあ、姿見代わりに鏡張りにしたんじゃなかったかなあ?」
遠い昔を思い出すような、虚空を見つめて呟くように言った。
あれ? 含みもなく本当に知らなそうだ。
「姿見代わりで便利ですけど、やり過ぎな気がします。それに……」
「それに?……」
「あの鏡、マジックミラーですよね?」
少し溜めてマジックミラーのことを訊いた。
「ほ、ほぉう……そ、そうだった、かな?」
いきなり、挙動が怪しくなった。今、思い出した感じだ。ただ単に忘れていただけ?
「マジックミラーにした利点、ってないですよね? 何でマジックミラーになんかにしたんでしょう?」
「さ、さあ。それは設計士とかに訊かないと分からないな……」
「そうなんですね……」
設計とか、施主の意向を反映するんだから注文主だろうマキナさんが知らないはずないよね。
◇
「それだけ? 知りたいことは」
「そうですね……。今のところはそれだけでしょうか」
「また分からなかったら訊いてくれ。それで、明日は服を買いに行こうと思うけど希望とかある?」
二人の隙間を埋めるように身体を寄せてくる。
「いえ、特には。本家? を訪問するのに障りが無いものを選んでいただけたら。それと時間があれば家に帰る時間が欲しいです」
マキナさんの体温を感じて身体を逃がす。彼女の視線はボクを捉えて離さない。
「そうだね……。買い物の帰りに家に寄ろうか」
「ありがとうございます。まだ、足りないものがあるって取りに行きたいので」
「うん……」
ボクを逃がさないようにマキナさんの腕が腰に伸びる。さらに、こちらを窺うように力を持つ視線。
「……まだ、使えるのに持って来ないと勿体ない、です、よね」
「君の好きにすればいい」
逃げられないボクにマキナさんの顔が近づく。
「はい。また、運転、お願い……」
ボクの唇が塞がれる。
「どこでも連れて行く。だから心配しないで君は委ねていればいい」
息づかいを感じる──いや、いっそう強くなった吐息に酔ってしまいそうな近さでベッドに倒れ込んだ。
「は……はい……」
肘をついて、半身を起こした彼女は、ボクのスエットに手をかけた。徐に脱がされていく。
どのみち、もう止まれないだろう……それなら。ボクは、マキナさんのローブのヒモを解く。
身体を傾け、半身になりながら肌を曝していくと、四肢がからまり合っていた。
「運転……よろしく……お願い……します……」
その返事は、湿って潤んだ音しか聴こえなかった。
尿意で目が覚めた。マキナさんの腕を退けると、肌が擦れてバラの香りが起こった。まだソープの効果が残っている。
携帯端末を探すとベッドから落ちていた。
絡まる脚をそっと外して身をよじりベッドから降りる。それを掴んで時間を確認すると七時前だった。
ゆっくり眠ってしまった。
生まれたままの姿で窓際に行き、カーテンの向こうを覗くと薄い朝雲が見えるだけで晴天になりそうだ。
ベッド回りに散らかった肌着やスエットをつかんで部屋に備わったトイレに駆けこむ。
用をすませベッドに戻るとマキナさんを起こす。
「マキナさん、朝ですよ」
「ん……ん……」
声をかけても生返事で起きる気配がない。起きてもらわないと、片付けも換気もできない。
起きてくるまでにシャワーを浴びようか?
お手伝いの赤井さんは、もう来て朝食の準備を始めているだろうし、もうできている可能性もある。急がないと。
行動が決まれば早い。替えの肌着や普段着を掴むと一階に下りた。
お風呂まで行くと、ダイニングの赤井さんの気配が分かった。急いで脱ぐと浴室に入りシャワーを浴びた。
着替えを済ませるとダイニングの気配を探る。シャワーの音で赤井さんも気付いただろう。
二階に戻って部屋に入ると匂いに驚く。早いところ、部屋を片付けないと。
再びマキナさんを揺するが反応は芳しくない。照明リモコンで部屋を明るくして、強めに呼び体を揺すると薄目を開けてくれた。
「早く起きてシャワーを浴びてください。赤井さんはもう来ていますよ」
「ううう……分かった」
この反応なら起きてくれるかな?
身体を起こしてベッド縁に腰かけるマキナさんを確認して、コントロールボックスに移動すると表示を見てカーテンの操作を読み解いてみる。
そうしているうち、マキナさんは、寝ぼけ眼でのろのろ、こちらに歩いてくる。
「マキナさん、何か着てください」
慌てて注意するけど気に留めず、ドアのこちらに歩み寄ってくるのでベッドの肌着やローブを集めに向かう。
マキナさんはもうに廊下に出て行こうとしていた。取りあえず、その背中にローブをかける。
面倒くさそうに袖を通してくれる。
「マキナさん、替えの下着はどこです?」
「部屋のクローゼット」
それは分かるんだけど……。もう、当てにできそうにないので、隣にあるマキナさんの部屋にお邪魔する。
「ほぉ~」
簡素と言うか飾りっけないガランとしている部屋だ。
ドア近くの鏡の扉を開けて中に入り、棚から見付けた下着を適当にいくつか取ると風呂場に急ぐ。
風呂場で追い着くとちょうど浴室に入りかけているマキナさんへ下着の替えを置いておくと告げた。
次は自室のベッドの片付けか~。
肩を落として部屋に向かおうとしているところで、赤井さんが入口に佇み微笑んで見ていた。