44.モール内の這い寄る危機*
思うまま、かき集めた肌着をレジにかけ精算する。
マキナから預かった端末機は正常に決済してくれている。
周りには、まさにグールが獲物を求めて彷徨うごとく女性がじわりじわりとこちらに集まってきているのが見て取れる。
そんな人たちを迂回して肌着コーナーを離れ、服飾エリアを移動する。
先導は、気更来さんと羽衣さん。
後方はマキナが付けてくれた護衛の歩鳥さん、斎木さんに護られている。
普段着の陳列場所まで行くと試着コーナーをみつけて、飛び込む。着ていたすべてを脱いで穿き替える。
「キョウ様、脱いだ肌着を寄越してください」
「汚れものなんか、どうするんです?」
カーテン越しに気更来さんが求めてくる。そんなものをどうすると言うんだろう?
「餌──釣り餌にして暴女を遠ざけます」
「えっ! そんなのイヤですよ。誰かの手に渡るんじゃないですか?」
「ま~、それはそうですけど……。今はそんな些末な事を気にしてはいけません。さあ、早く」
些末って、結構メンタルを削られるんですけど?
「納得できないけど……どうぞ」
一先ず男性警護に携わった専門家に委ねるしかないか?
まったく納得できないけど、仕方なくまとめた汚れものをポリ袋に詰めて、カーテンの隙間から気更来さんに渡す。
「おい、ポチ」
「誰がポチじゃ……。それで何?」
気更来さんは周囲を警戒していた羽衣さんを呼びよせ、顔を突き合わせて話している。
「いいか? できるだけヤツらを遠くへ誘導しろ」
「なんで私が?」
「袋を開けて、嗅いでみろ」
「……ふぉ~! 濃厚な女男子の薫りがぁはあああ~! ふぉ~……ふぉ~……」
きゅっと締めた袋を緩めて開け、羽衣さんは鼻先を突っ込み嗅いでいる。
ちょっと~何やってんのよ~?
みるみる、羽衣さんの表情が恍惚としたものになってる。
ボクの匂いはヤヴァい薬物ですか~!
「逃げきったら、それはお前の物だ」
「本当か?」
「本当だ。キョウ様が認めてくれた」
いや、あんたが認めさせたよね。ボクは、知らない。用途を知ってたら渡さない。
そんな事されると知ってたなら焼却してやったよ。
「勢子犬ウイ、Go!」
「バウ!!」
羽衣さんがボトムスを頭にかぶり、キャミソールを襟巻きのようにして駆け出していく。
うぐぅ~、誰か許可したボクを殺して……。
かくもハレンチな? 囮作戦は決行された。
肌着を装着したボクは、歩鳥さんのジャケットを着直し肩を落として試着コーナーを出た。
しかし、まだ服確保作戦は続行中だ。
次は、普段着や部屋着の確保に回る。取りあえず、一着そろえて着込もう。
「ん~、これで良いか?」
うす緑のワンピースを取ってレジを済ませる。
「ありがとう、ございました」
試着コーナーに取って返し、ワンピースを着ると用済みになったジャケットを歩鳥さんに返した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
歩鳥さんの礼を受けて、本格的に服を買い物カゴに集めていく。
遠くで喧騒が聴こえてくる。羽衣さんの陽動が上手くいってるのか、別の意味で上手くいってるのか、こちらには人が寄ってきていない。
「こんなものか?」
五着セットほど確保してレジを通す。次は、訪問に恥ずかしくないものを買わないと。
「気更来さん、訪問に似つかわしい服はどこにあります?」
「こちらです」
気更来さんに案内され専門店エリアに移動していく。
「あ! ちょっと」
「なんでしょう?」
「ここ、和服じゃないですか?」
「そうですが?」
「いきなり行ってもダメでしょう? ドレスでもダメでしょうけど」
「ご心配なく──」
気更来さんの説明では、ボクの情報が伝わって近似の服が用意できると確認されていたらしい。
至れり尽くせりだけど。なんか情報、だだ漏れな気がする。
でも、今回は助かった。
「いらっしゃいませ……」
「すみません。蒼屋キョウと申します。訪問着を見繕って欲しいんですけど」
「蒼屋様、お話、伺っております。少々おまちください」
気更来さんが案内した店に入って、名前を告げると店員さんは三着、見繕い持って来て見せてくれた。
「ここで、着付けていただけますか?」
ボクは即決して、三着とも購入を決め、一着の着付けを頼んだ。
選んだのは、青から水色にグラデーションした生地にアヤメが二輪、咲いているデザインだ。
「はい、もちろん」
店員さんに案内され、奥に入ってワンピースを無造作に脱ぐ。
また、腫れ物に触れるよう着付けてくれる。
「これで如何でしょう?」
「うん。バッチリです」
応接の場所に移り姿見に映った自分の姿に満足した。着付けてくれた店員さんたちに礼を言って店をあとにする。
余った着物は護衛に預けてくれた。
「ドレスも行けそうかな?」
「少々おまちください……」
気更来さんは、そう言って黒メガネに触れて何かしてる。そのメガネって特殊機能があったの?
あって不思議じゃないんだけど、夜となし昼となし装着してるからね。
本当に『ウィメン・イン・ブラック』だ。
「──もう少しなら大丈夫です。羽衣が引き付けています」
まだ、いや、ずっと羽衣さんは逃げ回ってたんだな。あとで労ってあげよう。




