31.院長先生の妙なる長嬢*
お嬢さんの年齢を聴いて、にべもなく断る。いくらなんでも年が若過ぎてダメでしょ?
「そうは、行かないよ」
院長は、病室のソファーでは泊められないと言ってくる。
それは横暴では? と思ったが病床の数と入院者の数が合わないのが拙いらしい。
宿屋やホテルが宿泊者を把握して、有事に備えるみたいなものかな?
「いい加減にしてください。十数万だか数十万だか知りませんが、特例、緊急避難で泊めてくれてもいいでしょう」
払うのはうちの旦那だけどな!
「だから、把握していない患者や近親者でもないのに病院に泊めおくのは、条例と厚労省の指導違反なんだよ?」
「ぐぬぬぬ……」
「諦めて、娘を引き取ってくれ……」
「いや、引き取りなんかしませんよ──」
ただ、一夜の誤ちが起こるってだけでしょう。って、引き取る……なんか引っ掛かるな。
「──なんですか? ボクに押し付けて、なし崩しに婚姻を認めざるを得ないように……」
このタヌキ院長……婚姻って言葉が出た時に、薄ら笑いしたよ? 一瞬だったけど。
いや、本当にボクとくっ付けるつもりなんだ。
なんで? 意味が分かりません。
必死に誤魔化そうとしたけど、その発想でひきつり笑いがこぼれてしまう。手で押さえようと思ったけどダメだ。
「院長先生、それが狙いですか~?」
表情筋に任せて、いっそ笑ってやった。
「……なんの事かな?」
「お嬢さん、何かしら問題を抱えてる、とか?」
「ギクッ、そんなものは存在しない」
怪しいなあ……その反応。
「おじょ──ジュリア(仮)、学校は楽しい?」
「ハッ。あんな所、ゴミ溜めだ。チリ芥しか居ない。人の住む所じゃあ無い!」
「では、学校には……」
院長の顔が引くつく。なにやら、懇願するような顔つきだ。
だが、彼女の願う顔を、肝心のジュリ(仮)がボクを見ていて気づけないよ。
「行くもんか。人を珍獣みたいな目で見やがって……」
「では、いつも家に居る、と?」
「当たり前だ!」
「あ、バカ」って漏らして院長がまた、頭を抱えてしまった。そうですか、登校拒否に引きこもり、ですか?
「はあああ~。ジュリ(仮)さん、学校には行く。卒業して高校に入る。そしたら、ボクを好きにしていいです」
「ほ、本当か? 本当に?」
「本当か?」と院長も顔を上げてこちらを見る。
本当だよ。横のマキナはいい顔してないけどね……。
まあ、娘を更正させたかったって事かな? 院長は。
「ただし! 高校を卒業しないとダメですからね?」
これは念押ししとかないと。まあ、三年間もあればボクの事なんか忘れるだろう。
……忘れる、よね? 忘れてくれたら、横暴な宿泊費、払わなくてよくならない?
え? ならない? 左様ですか。
院長と娘さんに将来成人したのちに○○、という約束を取り付けて宿泊の権利をもぎ取りました。
面倒くさい親子だよ。
「ジュリ(仮)さんの本当の名前を教えて?」
「だから、オレはジャック・ジュリ──」
「その設定は、いいですから」
「──設定言うな!」
「院長?」
「メイ──」
院長に振るとボソリと彼女の名前を言う。
「わ~わ~!」と本名・メイさんが声を上げるが、もう遅い。ちゃんと聴こえたから。
「香具羅メイさん、ね? よろしく」
「……ああ、よろしく」
名前を知られて落胆するも、気を取り直したように、いちいちポーズ取らなくていいから。
メイって悪くない名前なのにジュリの設定はおいても教えてくれて良いよね。
ようやく護衛の一泊は許可された。彼女とは将来○○が決まってしまったけれど。
それからの新居への入居もゴリ押しされた。
うちは部屋がたくさんあるから拒む理由がない。
院長、どれだけ部屋から追い出したかったんだろう。
とほほ……。さて、病室へ戻って寝ましょうか?
宿直室をお暇して病室へ戻る。
ボクとマキナ、反対にジュリさん改め香具羅メイさん。後ろに護衛の歩鳥さん、斎木さん。
メイさん、背が高い。マキナに追い付きそうだ。ボクが際立って低く見える、くそ!
どうして院長は、男で娘が釣れると思ったんだろう。
「メイさんは、男は要らない(設定)ですよね?」
「…………」
「ジュリ(仮)は、男は要らないですよね?」
本名を言ったのに、知らん顔したのでナリキリ名で訊いてみた。
「それは、……そうだが、……お前がどうしてもと言うなら考えてやらなくも、無い」
「…………」なるほど? 何、勿体ぶってるんだよ。
ポッ(///∇///)って頬を紅くして……もうジャクジュリじゃ無くなってます。なんだかな。
いっちょ前に、男に興味が出て来ましたか? 共学、うちの誠臨学園に入ったなら男がいるよ。
女✕女は薔薇、男✕男は百合って隠語で言われてる。
ジュリ様は、薔薇(女✕女)で男は要らない、って設定なんだけど設定ブレイカーだよな、彼女。
まあ、しかた無い。って、なんでジュリ(仮)さん、病室まで付いてくるのさ?
「もう帰って良いですよ? ジュリ」
「護衛が二人では心配だ。オレが護ってやる」
直後に歩くの護衛を前に良くそんな事を言えますね?
「ええっと、院長には許可いただきましたか?」
「あれに許可など、要らない。わた──オレは、オレの思うように生きる」
「……もう、設定はいいですから」
「お、お前が心配なんだ」
「付いてきてどうするんですか?」
「だから、お前の傍で護衛する」
「明日、学校は?」
「わた──オレは学校など行かない」
「学校を卒業できない人は、ボクを好きにできませんよ。学校は必ず行くこと。マキナさん──」
ボクは、マキナにお願いして、病室に泊める許可を院長に取ってもらうようお願いした。
苦い表情で電話するマキナ。電話が終わったらマキナが首を縦に振る。
なんだよ、娘はいいのかよ。あの院長は信用ならん。
「メイさん、今夜は仕方ありませんので、泊まっても良いです、学校は必ず行ってください」
「お、おう」
あ~あ、変なのに懐かれたな……。
病室前に戻って、護衛ふたりは向かいの病室へ。
ボクたちとメイは、病室へ入る。着替えて、もう寝よう。
「ボク、着替えますね?」
ベッドを隠すカーテンを締めて検査衣を脱ぐ、が。
「ちょっと。メイさん、入って来ないで?」
「だから、護れないだろ。近くに居ないと……」
マキナもカーテン内に居るんだから自分も入れろ、って横暴通り越して、……もう意味わかんない。
もう誰も来ないよ、深夜の病院なんか。マキナも言ってやって!
「ここは婦夫の空間だ。お前は出ろ」
良く言った。聞いたメイが泣きそうになってる。なんでだよ。
「な、何さ?」
「約束、したじゃないか。もう婦夫だろ?」
「違うよ。三年待ってね? てか、ゴネるんならもう帰って?」
「そんなぁ~約束……」
「言う事、聞けない人とは約束も守れないよ」
「ぐっ……。分かった、外で待つ」
待つのかよ。もう帰ってよ? これからも執着が続くのかしら?




