30.クソ[ピーー]院長様と*
「そうだろう。で、承諾いただけるかな?」
思ってたエロおばさんでもなかった。まあ、この際受けてもいいか……。
所詮、ボクは売られた身だし、マキナが苦手そうな院長の弱みを握れる機会は、そうそう無いだろう。
マキナに取って有益になる駒が手に入ると思えば、それくらいの事どうってことない。
そう一晩、我慢すれば良いだけだ。そのくらい、全く減るものじゃない、さ。
でもその駒の使いどころは、あるかな?
「確認します。さすがに今夜は無理でしょう。後日、任意の日時に院長先生のお相手すれば宜しいのですね?」
言った。言っちゃった……。
マキナを見たら余程、苦い顔をしているけれど止めようとはしていない。そう気がするので言ってしまった。
「ああ。いや、少し違う。相手は私では無い」
「はあぁ~。そうです、か? その方はどちらに。もう夜も遅いので泊まる泊まれないを判断いたしませんと……こちらも、そちらも」
「その通りだ。相手は私の……娘だ。今は、家にいる、だろう、たぶん」
なんだ、院長じゃないんだ。よくも悪くも、少し安心。ちなみに院長先生のお名前は香具羅先生。名札にそうありました。
マキナはどうかな? まあ、少し困惑ぎみ、かな? 止めようとは、していない……か。
「そちらの方は喚べるのでしょうか?」
「ふむ、呼べば来る、はずだ」
「では、喚んでいただけますか? そろそろ、いつも眠る時間で瞼の上と下がくっつきそうです」
マキナを見て確認する。特に問題なさそう。
「分かった。すぐに喚ぼう」
院長は、デスクの上に置いてある携帯端末を取って連絡し始める。
「もしもし? メイか?──」
電話をかけて電話口でいくらか応酬があったものの、反応は良いようだ。
男の子とか、可愛いとか、ちょっと聴くに堪えな──くはない単語も飛び出してる。
好みとか、ぬいぐるみとか、あまつさえ小さいってのは看過できない。何だかな。
「──ああ、構わん。タクシーで来い。はぁ~、こちらに向かうそうだ」
通話が終わったあと、向き直った院長は、相手がこちらに来ると告げる。
宿直室のソファーでまんじりともせず……などしないで、ベンダーで淹れたコーヒーを飲んだり、端末のミニゲームをしたり眠気を抑えていた。
できれば、学習タブレットで復習とかやりたいけど、アレは眠くなるからな~。
パフンパフンと静まりかえる病棟に靴が床を鳴らす音が遠くから響いてくる。
その音がだんだんと近づいてきて、この部屋の前で止まった。
そして、そろそろと開くドア。
覗き込むように現れたのはジャック・ジュリア似の少女だった!
部屋内を見回してボクを凝視いたあと、宿直室に入ってくる。
少女は、胸を反らすと左手で自分を抱き、広げた右掌で顔を覆って、指の隙間からこちらを覗く特徴的なポーズを取ると開口一番。
「待たせたな? さあ、始めようか」
一体なにヲ始めると言うのか? いや、分かってる。超有名なマンガのキャラの真似なのだ。
始めるとは、まあこの顔合わせ……の事かな?
彼女は、ボクもよく知ってる「蒼洋の鎮魂歌」の主人公ジャック・ジュリア♀の数ある決めポーズの中の一つ。
ボクは、どうしても確認したくて口を開く。
「お前は、それでいいのか?」
ジャクジュリ──ファンが呼ぶ主人公の愛称──が、敵アジトに単身突入しようとする名シーンで彼女に投げ掛けられたセリフを試しに言ってみた。
「ッ!……当たり前だ!──」
彼女は、抜き放った刀を下段に構える素振りをして、振り向いた姿勢をさっと取る。
「──女に生まれたからには成すべき事がある。それがコレだああああぁ~!」
今にも戦場へ駆けて行きそうな威勢を見せ、彼女はマンガのシーンを再現してみせた。
ボクの問いかけに、彼女は見事に、いや想定以上に応えた。
こりゃ真性だ。でも、なりきるのもいいけど病室は静かに、ね?
セリフを振ったボクもどうかと思うけど……。でも、ちょっと胸熱になってしまった♪
「お前なぁ~……」
院長様は頭を抱えている。マキナはポカンと大口を開けて固まっている。
いや、妙なコスチュームを着た少女が入ってきてワケ分からん言葉を吐いた時点で呆気に取られていたか?
中2な時点で若い人みたいだけど、年齢的なハードルはクリアできるのだろうか?
「えっと、院長先生。彼女のお名前は──」
ちょっとときめいた自分を抑えて院長に彼女の名前を聴く。
「この子──」
「ジャック・ジュリアだ! オレのことはジュリと呼んでくれ」
院長は、頭を反らせて手で顔を覆っている。奇しくもジャクジュリのポーズに似てる。
真名は、人に明かせない設定でもあるのか、この人。成りきりにもほどがある。
「ま、まあ……ジュリ(仮)さん、座って話しましょう? 院長、彼女はお若いようですが、成人されてるのでしょうか?」
もう、彼女はジュリ(仮名)でいいや……。
ソファーは一脚三人座れる大きさだったけど、護衛は後ろで控えていて、院長とボクたち、どちらでも彼女が座れる余裕がある。
そんなボクたちのソファーに彼女は座ってきた。そこは普通、母の院長のソファーに座らないかい?
仕方ないので詰めて彼女を受け入れる。
話は戻って、女性の成人は(学生除く)十八才だ。彼女が何歳かを確認しておかないといけない。
「この子は……ちゅ……んで……」
「……今、なんと? もう一度お願いします」
院長の声がか細くて聴き取れない。再度、お願いする。
「……中学三年、十五才だ」
一拍、置いて院長は言い直す。
「えっと……よく聞こえなかったのですが、もう一度お願いします」
おっかしいな~。きっと聴き間違いだな。
婚姻にあり得ない学年と年齢をさらっと院長様は言った。
訝しんで、もう一度うながすように院長に視線で頼む。
「誠臨学園附属中学三年、十五才、だ」
「ダメじゃないですか?!」
ボクの聴覚神経が正常で良かった。
「婚姻年齢は関係ないだろ。好き合ってればそう言う関係になっても仕方ない」
ええっと、ジュリ(仮)さん、キャラ崩壊してませんか? でも、きゅんとなるボクがいる。
「ええっと、それって自由恋愛で関係を結べ、と?」
「オーィエス!」
男とは無縁で遠ざけるキャラだけど、自信満々で言われるとクラっとくる、ね?
「…………」
よろめくボクを察知したマキナが横腹を突く。
「何?」
「……お前、もらしたろ」
ぐっ……見透かされてる?
聞こえないよう囁いたマキナの言葉がボクに突き刺さる。
「そそ、そんなワケありません……」
「ちょっと嗅がせてみろ……」
ここは急いで話題に戻さないと……。にしても、ダメだこの親子。
「お断りします。ソファーで寝てくれますか? 歩鳥さん、斎木さん」
「はい──」
「ええっ?」
護衛ふたりが肯定、マキナも満足そうだ。被せるようにジュリ(仮)さんが不満の声を上げる。
※注)ジャック・ジュリア:某マンガのキャラクター。秘密組織の実験体でその実験により死亡した事になっている。その実、彼女はその授かった特殊能力で悪の秘密組織に対抗したり、官憲で裁き切れない悪党を陰から抹殺するダーク・ヒーロー♀である。
誰にも媚びない孤高の人で、読者にはその一挙手一投足を真似るフリークスがいるほどの人気。
愛称ジャクジュリなら犯されてもいいと言う男子も多い(w)が、残念ながらジュリは、薔薇(♀×♀)で「女に男はいらない」タイプ。




