03.やっと、新居へ!*
マキナさんに連れられたエレベーターに行って、IDをかざすが反応しない。
自分のIDが来訪者だからかな?
仕切りでできた道を引き返して行っていない方に足を向けた。
マキナさんが仕事をしている入口を素通りして、その先へと、また空けられた入口になった隙間の前に着く。
事務所の方を見ると、机に向かっている女性がちらほらいる。皆さん大柄なので女性だろう。
こちらに気付いて視線を送ってきた人がいて、慌てて会釈すると道を先へ進む。
向かって歩いてくる人には会釈しつつ、次々、現れる入口を素通りして、廊下(仮)が途切れたところにエレベーターホールになったところに行き着いた。
建物の中ほどにあるので、その先の事務所の向こう側にもエレベーターなりがあるのだろう。
そこのエレベーターはチェックがないみたいなので一般訪問者が使えそう。
使えるエレベーターが確認できたから、廊下(仮)の先は同じかな? と思って進んでみた。
結果、同じような仕切りの連なりと奥にエレベーターがあり、エレベーター前のソファーはないものの、外部階段に出る扉に気がついた。
端まで分かったので中央のエレベーターに戻って「下りる」を押す。程なくして開いたエレベーターに乗り込んで一階へ。
エレベーターのドアをくぐると、エントランスの案内所のとなりに出た。
受付に座るお姉さんを横目にホールを横切りガラス張りの壁まで行くと、道路から歩道が玄関口につながって周りに花壇が設えてある。
花壇にチューリップや水仙が植わっていて回りは芝生も敷いてあり、訪問者を目で楽しませてくれそう。
エントランスホールにソファーが据えられて来客と話している社員の人がいる。
その人たちの視線を感じつつホールをうろつくと、正面から向かって左右の廊下にはポール2本の間にベルトが渡されている。
その先は許可がないと通り抜けできそうにない。
たぶん、ダイニングホールにつながっている廊下だろう。
ここは本当に玄関の役割しかなさそうだ。ホールに来てからじーっと見てくる受付のお姉さんたちの視線にいたたまれなくて、エントランスから撤退した。
社内探検を堪能してマキナさんの仕事場に戻る。
机に向かっている姿は変わらない。まだダメか……。
仕方ない。マキナさんの元へ行ってコーヒーをもらって良いか訊く。
片手に書類の彼女が、淹れてくれると言うのを断って自分で汲む。
もちろん、彼女の分も淹れてデスクに置き、休憩場所のソファーに座ってマキナさんの仕事が終わるのを待った。
「お待たせ……」
陽が傾く頃に処理から解放されたマキナさんが、ソファーで寝転んでいるボクを迎えにきた。
花婿(予定)のあられもない姿を見られた。よ、よだれの跡とか無いよね?
「いえ。大変だったでしょう」
急いで姿勢を正して取り繕う。
「いえいえ。さあ、自宅に案内しますよ」
そう言って来た時のように先導して地下駐車場に降りて車に乗り込む。
ドアを開けてもらうのは、もちろん辞退しました。
車に揺られること小一時間くらい。山手の住宅街にある塀囲いの家に着く。かなり大きいよ。
二、三所帯住めそうな二階建ての家で敷地も隣の敷地と新居との距離が取れているほど充分に大きい。
たぶん、その裏側の駐車場に車を停めている。
裏口──勝手口から家に入ると、中を案内される。
「こちらが遊戯室にリビング、……ダイニング、……」
トイレやお風呂と、案内され、次に緩い階段で二階に上がる。
並んだ部屋を素通り、一番奥の部屋に入る。
「ここがキョウさんの部屋です」
自分の部屋ですって言われてもローテーブルのソファーセットはあるし、机は書斎か執務室にあるような机だし……、なんですか? ここ。
スイートルームばりに豪華です。陽当たりの方向にはガラスの扉の他はガラス張りみたいになってますよ。
まるで彼女の会社のエントランスのよう。扉をくぐって外に出るとテラスになっている。
手摺の腰壁の上は人が通れない隙間を空けて屋根が透明なポリカーボネートで張られている。
屋根があるのはテラスじゃなくバルコニーか?
まあ、そんなことはどうでもいい。これが部屋?
見た感じベッドはクイーンを超えてエンプレス・サイズ*。しかも天蓋付きですよ、奥さん?
八千万、ポンと出す人の家です、はい。だけど、建物自体は新築ではなく何年か過ぎた感じに汚れている。
新居として用意したけど、その用をなされず放置されていた感じだ。
ちなみに奥さんと呼ばれるのは男です。将来、人前ではマキナさんのことを旦那と呼ばれると思う。
「どうです? 気に入りましたか?」
そう言って、いつの間にか側にいたマキナさんに肩を抱かれる。ビクっと体が跳ねる。
気に入ります、入りましたけど、いきなり肩を抱くのはやめて下さい、慣れてませんから。
「この部屋がマキナさんとの部屋になるとして、他の部屋は誰の部屋なんですか?」
ここまでに通り過ぎた部屋があった。同居人がいるのだろうか?
「今はいませんね。すぐ会えますよ。──」
苦々しげにそう言った。いかにも含みを持った言葉だ。これから増えるってことかな?
「──それと、ここは、あなたの部屋で私の部屋は隣です」
「はあ……」
頭に疑問符が浮かぶ。ここって婦夫の部屋じゃない? そうか……アレの時は通ってくるってことか……。
平常は、個人主義ってこと? 男を窮屈にさせない配慮? 至れり尽くせりで有難いけれど、逆に居心地悪いような。
にしても、あのベッドはでか過ぎでしょう。三人は優に眠れるよ? それに天蓋は要らないでしょう。
「それじゃ、キョウさんの荷物を実家に取りに行ってきますね」
ドアはオートロックなので無闇に外に出ると締め出され入れなくなること、もうすぐ家政婦が来るので寛いでいてくれ、と言いマキナさんは出掛けていった。
言われた通り、リビングで休もうと一階に下りる。
家具は普通。ダイニングに移るとアイランドキッチン回りは片付いているけれど、かなり使い込まれている。
インスタントコーヒーでも飲もうかと探すが見つからずコーヒーバリスタ機しか見あたらなかった。
食器棚からコップを取り出しコーヒーを淹れる。
それを飲みながら、冷蔵庫を開けたり、食器棚の棚を見たり、独りをいいことに家探しした。
だって落ち着かないし、暇なんだもん。おっと、母にマキナさんが向かったと電話しとかなきゃ。
何くれと生活感の薄い家だ。多分、眠りに帰ってくるだけなのかも知れない。
そうこうしてる内、勝手口から物音がして扉が開く音がする。
マキナさんが言ってた人かな? 隠れる必要はないと思うけどドア枠から覗き見る。
エプロンをした四十代くらいの女性がクーラーバッグを抱えて、こちらに向かってくる。
すかさずシンクの辺りまで下がって、待ち受ける。
「こ、こんにちは」
一応、先に挨拶しておこう。
「びっくりした。あなたは?」
掛けた声に驚いて、おそらく家政婦さん(仮)が問うてくる。
※注:ベッドサイズは、標準より大きいものをクイーン(女王)、エンプレス(女帝)となっています。