29.病室宿泊問題*
「それで……お二人は……どこに……泊まるん……ですか?」
家ならまだしも、病院ではどこに泊まるんだろう、と食事しながら護衛の二人に訊いてみた。
「「…………」」
黙々と食べながら互いに見合う護衛の二人。
それに反してマキナが、苦虫を食べてる表情をしてボクを見る。まさに口が動いてるので、そう見えるのです。
ものを食べながら、お喋りするのは御行儀が悪いのですね? スミマセン。
で、二人に視線を戻すと小首を傾げている。
ちょっと! もしかして考えてない、とか?
マキナに目を移すと、おもむろに視線を落とした。
マジ、考えていなさそう。
「それで、どうするんです?」
二人に改めて訊くと、さあ? とばかり同じ方向に首を傾げる。同じ角度で右に傾けるタイミングも揃っていて可愛く見える。
黒メガネに隠れ表情が乏しいのでオモチャの人形みたい。
それから、食事時くらい黒メガネは外しても良いんじゃないかな?
「マキナ──さん。なんとかして?」
護衛の二人とは、これからいつも一緒にいるみたいだしマキナの呼び方は普通で良いかな?
でも、まだ人前で呼び捨てで呼ぶのは少し恥ずかしい。
「ん~?……う~ん?……」
ダメだこりゃ。マキナは、唸って別の意味で苦い顔をしている。何かしら方策はないんでしょうか。
親族系列の病院でしょうに。向かいの病室、泊められれば良いんじゃない?
扉が解放されていて、中には人が居ないし、表に名前が挙がっていないし。きっと空室だろう。
アヤメさんが、病室、特に高額な病室は稼働率が低いと言っているんだし。
「病人や付き添いでもないしなあ~」
マキナに確認するけれど、至極もっともな意見、頂戴いたしました。
まあ確かに患者の関係者で括るには無理があるね。でもそこはそれ、緊急避難としてなんとかするのが良いんじゃない?
ええっと喜多村家直系の権威で?
このままだと、駐車場にあるリムジン? の中で一夜を過ごさないといけないですよ。
そう思っていたら、「あれは本家から借りただけで返してしまった」らしい。
って事は、駐車場にはマキナの車かな、駐めているのは?
「まあ、そうだな」
訊いてみると、あっさりマキナが答える。
「すまないが、あの車で……」と、護衛の二人に車で休んでくれと言う。
喜多村家はブラックだな。それに駐車場にいたら護衛になんないよ?
よし!
その院長? でいいのか、宿泊に関する責任者に直談判して向かいの部屋を使わせてもらおうよ?
「むぅ~。ここの院長はなあ~……」
マキナに話を聴くと、院長さんは喜多村の傍系の人で融通の利かない厳格な人なんだとか。
まあ、病院なら好ましい人だね。
でも懇切丁寧に話を説けばなんとか……説得できないかな?
「私は、……ムリだ」
まあ、そうマキナに提案したのだけれど、敵前逃亡しちゃったよ。
それでも、未来の部長か! 喜多村を背負っていけるのか?
「もういい。ボクが言ってやるよ!」
電話を繋いで、とマキナに頼む──その前に食事を終わらせよう。
ボクは、おにぎりや菓子パンを口に詰め込む。
「もしもし……喜多村マキナの端末からかけております蒼屋キョウと申します──」
『蒼屋……ああ、かねがね聴いておりますよ。今日は体調不良で御入院されたとか。それで私に何の御用でしょう?』
「ええっと、わたくしに護衛が付きまして、ですね……」
『ほう。御身は大事な御体ですからなぁ? 護衛が付いても不思議ではありませんな。それで?』
オンミとか、オカラダとか、仰々しいんですけど。ボクってそんなに大変な存在なのかい?
それはさて置き、こちらの手違い……ってのは言い訳としてダメだな……。
「えー、夕刻の忙しない時間でしたのでて、その宿泊の手続きが上手くいきませんで、護衛ふたりの泊まる所がないのです。それでですね、もし宜しければ、ですね。私の病室の──」
『はあ、なるほど。向かいの病室を使いたいとか? でしょうか』
おおっ! なんか話の分かる人じゃないか。
「そうなんです! 幸い、向かいは入室しておりませんでしょう?」
『はあ……分かりました。特別に警護に当たるのでしたら空いている病室なんですから使ってもらうに吝かではありませんよ』
「ほ、本当ですか?」
『本当ですとも』
「ありがとうございます。主人に代わりますので、お話お願いします。失礼します」
ほいっと携帯端末をマキナに返す。院長と話つけて頂戴。
すご~~く憂鬱な表情でマキナが携帯を耳にあてる。
「お電話代わりました。向かいの病室を使っていいのでしょうか? ……はい。……はあ、はい。……はい──」
その応答に上手く行ってそうと思うも電話する間にみるみる、マキナの表情が曇っていく……。
ん? なんかトラブル?
「──いやぁ、減るもんじゃなしとか、言われましても、ですね?──」
ん? 確かに部屋は減らない、よね? 備品とかが減って困るとかかな?
「──我々、まだ顔も合わせておりませんから、中々……。擦り合わせだとか、はい……はい……──」
な、なんか雲行きが怪しいんですけど? どうなってんのよ?
マキナの挙動に固唾を呑んで見守る。
「──ん~ん。……本人に聴いてみます。……はい、本人の意見を優先しますから」
一体なんなんだよ?
「キョウ。──」
何? ボクに正対して真正面からマキナが見つめてくる。
「──一晩、貸して欲しいと、言ってる。どうする?」
「は? ええっと、借りる、の間違いでは?」
「ああ、分からないか……。部屋を借りる代わりにお前を貸してくれ、と言っている、あのエロばばあ」
「…………」
はああっ?! 何いってんの? 何いってんの? 意味、分かんない。開いた口が塞がらない。
「ふたり宿泊でン十万だから、お前の身体ひと晩だと丁度釣り合うだろう、とあの[ピーー]が言ってる」
ちょっと、そこ。音声エフェクト入れてるっぽいけど余り役に立ってない。
「断わっていいぞ? あの[ピーー]女にお前を好き勝手させるほど落ちぶれていない、ぞ?」
なんか、判断基準とかすっごくボクの気持ちとかから乖離してます。
「でもねぇ……。ふたりを寒空に放り出すわけにもいかないし……」
取りあえず、院長と面会してから、って事で。マキナに頼む。
生理的に受け付けないエロ[ピーー]だったら拒否だよ。
「キョウは、院長に会って見てから判断したいと言っています」
マキナは早速、返事する。
「はい、では、当直室で」
院長って当直医するの? 特別なの?
都合が良くて助かったけど。
「キョウ、当直室に行くぞ」
「はい」
護衛を連れて四人で病院の中を歩いていく。
皆、革靴でコツコツ音なんだけど、僕は借りてるサンダルなんでカポカポいってる。
静まり返っているので妙に響く。
そして、それは皆も同じで、靴音が次第に同調して四重奏になっていくのが面白い。
エレベーターで、一階に降り、アヤメさんが向かった通用口に向かって歩いていく。
守衛さんの詰所に行く手前で横に折れ、当直室に着く。
ドアをノックして部屋に入っていくと、診察室張りのモニターが据えられた机の前に四十くらいの女性が座っている。
部屋で迎えてくれた院長は、部屋に据えられたソファーへ促してくれる。
「どうかな? 顔を突き合わせて見て」
正面に座った院長を見ると普通の女の人だ。年相応のお胸でかなり盛り上がっている。
二十代後半から女性は徐々にお胸が大きくなってきて、その大きさで大体判断できる。
「まあ、普通の方ですね」




