28.病食を取りこぼすと面倒
「お腹、減りましたね?」
肯定とばかりにお腹もクゥ~っと鳴った。
部屋にいたのが17~18時ころだったから、って携帯端末で時間を見ようと思ったけど、持っていないのに気づく。
目が覚めたら検査衣だけの姿で、下着も着けていない。検査の時に脱がされてどこかに紛れていると思う。
廃棄とかになってなきゃいいけど。アヤメさんに所在を訊くべきか?
その他、携帯しているべき物が何もない。
「そうだな。いつもはもう夕食のころだな」
マキナはそうだろうけど、ボクは19時には食べてるからね? もっと時間は過ぎてる感覚だよ。
ずっと赤井さんが付き添ってくれていたらしいので、家には夕食もないだろう。
「どうしましょう? マキナは食べましたか? 夕食」
「食べてない。デリバリー、頼むか?」
そう言ってマキナはアヤメさんを見る。すまなそうにアヤメさんの表情が曇る。
デリバリーは勿体ない、とは思うが仕方ないかぁ。
「病室、病院から出られないだろうし、な?」
念押しで語威を強めてアヤメさんに言う。
「もう少し早いと調理場に言って二食くらい確保できた」と困り顔のアヤメさん。
「もう、病食は片付けてる、と思う」
さすがに時間が──18時の給仕から二時間も経つと廃棄してしまっている、と言う。
って事は20時くらいか、現時刻。
言外にデリバリーはダメ、と言ってるんだろう。
持ち込んだ食物|(消費期限の短い意味の)なま物で入院患者が食中毒など起こした日には、院内調理場が業務停止。
調理場が食中毒との因果関係がないと判断できるまで食事の提供は外注に頼らざるを得なくなる。
病院の風評被害も被って経営危機かも知れない。
外へ出る、デリバリーを頼むで、マキナとアヤメさんが紛糾する。
入院手続きは成立していないものの、病院の出入りは管理されているので、軽々しく外出の許可はできない。
「お前の権限で許可しろよ?」
「いや、誰だろうと許可されないよ? 黙って外出しても私の管理責任問題になる」
涙目で「無許可で外出はやめて」とアヤメさんは訴えている。
ボクも検査衣で守衛の前を通り過ぎる勇気は、ない。
外で事故でも起こした日には……確かにアヤメさんの立場が危ういかもね。
「コンビニでお弁当──」
「却下」
ボクが言った側からマキナに否定された。
「全く……食べる準備くらい気を回しておけよ?」
「その……つい。つい忘れたんだよ」
善からぬ事に熱中してたんだろう? とマキナが責める。
まあまあ、そう言わず……と、アヤメさんは院内コンビニを見に行くよう提案してくる。
だが「この時間だと、ろくに残ってないけど」とぶっちゃける。ダメじゃん。
に、しても。
「ボク、下着も着けてない」
聞くや否やマキナが鋭い眼光をアヤメさんに飛ばす。視線に捉えられた彼女は、そっぽを向いてヒューヒューとかすれた口笛を吹きだす。
その怪しさハンパない。マキナは、口を歪めて睨み続けると、アヤメさんは罰が悪そうにポケットに手を突っ込む。
すかさずマキナが掴んで、その手を引き摺り出すと、ボクのボトムスが握られていた。
というか、ヒモパン(ショーツ)だから一目瞭然。今日、ボクが穿いていたものじゃないか。
マキナがボクに用意してくれた外行きの──見られていいヤツ。なぜ、そんな物がポケットに入ってるんだ?
て言うか持ってたのならすぐ返せ。平然としてるから持ってるとは思わなかったぞ?
脱がせたら穿かせる、これ常識。
マキナが、取り上げたヒモをボクに放り投げると、ポケットに手を突っ込んで中から、また引き摺りだした。
薄地の布の塊を広げるとボクが着けてたキャミソールだった。
どんだけポケットに入ってるんだ? あんたのポッケは「トライもん」のストレージか?
アヤメさんもマキナ並みに下着フェチかも? 姉妹だしね。
それもボクに放ると意を決したのか「コンビニに下着もあるだろう」とマキナが言って病室を出ていく。
ちょっと待って、と僕もベッドから降りるとマキナのあとを追う。
ちなみに、ボクの携帯端末は病床の枕元の棚に置いてありました。
端末がないと、身分証明や買い物もできないからね。ちゃんと赤井さんが、持って来て置いてくれていました。
病室から出ると、ドアの両脇にウィメン・イン・ブラック主役似の二人の男性警護士が立っていた。
「あの……お二人はずっと付いていてくれたんですか?」
「「もちろんです」」
歩鳥さん、斎木さんは唱和して答えてくる。
もしかしなくても食べてないんじゃないかと思ったけれど、食事について率直に質問する。
にべもなく「食べてません」とふたりは吐き捨てる。
すみません。そして、護ってくれてありがとうございます。
マキナによると、二人が四六時中、ボクを警護する態勢になったんだそう。
なるほど? マキナに理由を訊いても危機が迫っている、としか答えてくれない。
警護の二人も伴いエレベーターで一階に降りるとコンビニへ。
アヤメさんは、エレベーターを降りると帰ると言って夜間通用口へ向かって行った。
マキナは自分のジャケットをボクにかけてくれる。病室には羽織りものが常備されてるんだそうだが知らなかったし着て来なかった。
コンビニに入ると、レジには人が居なくて、二人の店員さんが商品の整理や片付けをして閉店準備をしている。
早くしないとコンビニの閉店、二一時が迫っている。食品棚を見渡すと閉店間際で、やはり弁当類の在庫は寂しい。
ほぼ、そちらは諦めて着衣などを優先してカゴに入れていく。
「ちょっと、失礼しますね?」
傍を通ると片付けの店員さんが動きを止めるのでやり辛い。
ボク、物凄く邪魔してる? 下着、靴下などなどと、食べ物になるものをカゴに入れていく。
レジに向かうとカゴにストッキングをマキナが入れる。
まあ……検査衣で生足は寒い、かもな?
「うわっ! 高っ!」
チラッと値段のタグを見ると五千円近くしてる。入院患者に姫様商売でボッタクリか?
まあ、自分もティッシュひと箱五百円のをカゴに入れちゃってるけど、テヘッ。
だってだって、〝絹の艶と肌触りで姫気分~♪〟って謳ってるんだもん。
警護の二人の食べ物もまとめて、端末で精算しようとしたらマキナが自分の端末をかざしてしまう。
ありがたく、支払ってもらう。まあ、ボクが精算しても出所は同じなんだけど……。
人影の途絶えた静かな院内を四人、ペタペタと足音をたてて病室へ戻る。
看護師詰め所前は、お疲れ様ですと会釈して通り抜ける。
部屋に入ると備え付けのローテーブルに四人で座って食べる事にする。
警護の二人は遠慮したけど、一緒でないと食べる機会がないんじゃないかと説得する。
「「「頂きます」」」
お弁当やお握り、食事代わりの食べ物を並べてシェアしながら食べる。
歩鳥さんも斎木さんも涙を流さんばかりに食べていた。よほどお腹が減ってたんだね?
多人数で食べるとやっぱり愉しい。
※注)トライもん:こちらのドラえ○んによく似たキャラクター。主人公ルミナちゃんの邪な欲望を叶える為、ストレージ・パンツから、いかがわしいグッズを提供する。特に男子いじりの回は爆発的に売上・視聴率を獲得している。
教育委員会(特に男性委員)から、連載・放送中止を要求されるが、人気の後押しでその実現は未達。
※注)姫様商売:こちらの「殿様商売」に同じ。




