27.病室はヒーロー栄華の夢のあと*
目が覚めるとベッドの上にいた。
目の前には無影灯の眩しい光。訳が分からない。
「あら、目が覚めちゃった?」
覗き込む白衣にマスク姿の女性。眩しい逆光で眩惑され、よく見えない。
「ここ……は?」
影になってよく分からないが、目元は見慣れた感じの人だ。
起き上がろうとして腕が拘束されているのに気づいた。頭を上げて見ると足も拘束されている。
身体には検査衣をまとっているものの、前がはだけられてボクの全てが曝されている。
さっきまで夢で見ていた『ウィメン・イン・ブラック』の1シーンみたいだ。
悪い予感しかしない。
「誰? ボクに何してるの?」
「単なる検査だよ」
「ゴメンね」と言って白衣の女は、ボクの体調を調べていたと言う。
マジ、映画だ! と驚いて完全に頭が覚醒した。
「どうして拘束?」
「勿論、暴れないように……」
「検査ですよね? イヤな事されなければ暴れませんよ」
もうイヤな事されてるしね。今すぐ逃げ出したい。
グローブを嵌めた彼女の手がボクの股間に伸びてきて……。
「やめて! 赤井さん! マキナ!」
思い切り叫んで、赤井さんやマキナを呼び、拘束を外そうと四肢を動かし暴れた。
例え、それが無理だとしても……。
「もう、仕方ない」
そう言い女は手を止めて、カートの上にある注射銃を取るとボクの腕に当てて射った。
ボクはすぐに意識がなくなり……マキナ~!
「マキナ……」
気づくと病室にいた。
かなり豪華な個室だ。傍らにマキナの姿が見えた。ベッドの横に座っている。
はあ~、よかった。その気遣う表情を見てボクは安堵した。
また、悪い夢を見ていたようだ。
「どうして? マキナは、なぜ居るの?」
「お前が倒れたから──って聴いて病院に搬送させたんだ」
なんだか苦々しげに目を伏せマキナが言う。
「そうですか。赤井さんは……。母は?」
「ああ……赤井は、仕事を終わらせて帰した。つい先ほどまで付き添っていたんだが……。君の母さんは──」
報せたが、忙しいそうで……と、申し訳なさそうに顔を背けてしまう。
母は、やっぱり変、らしい。マキナの歯切れの悪さから良く分かる。
もうその現実に向き合う覚悟をしないといけないのかも知れない。
「……やっぱり、そうですか」
半ば感じていた不調和が現実になった瞬間だ。
「知っているのか」とマキナが聴くのでボクの予想を話す。
ほぼ、その通りだろう、とマキナが肯定してしまう。
家に行って見たと言うマキナの話を聞く。
早めに退社したあと、車を走らせ見に行ってくれたらしい。それによれば、実家は空き家になり「売家」になっていたと。
あまりに早いその転身に呆気に取られる。婚姻して三日だよ?
マキナは、身辺調査に隠された秘密がかなり有った、と自責する。
母は、いわゆる「ホスト狂い」ではないかと。
新しい遺伝子を求めて男に貢いで散財しているのではないか、と結論したと言う。
姉にも母の様子を聴いたが、母には「連絡つけづらい」くらいにしか捉えていなくて、見聞きした証拠を報せるのを躊躇っているよう。
「蒼屋から喜多村に名を変えるか?」
唐突にマキナが聴いてくる。少し考えたあと、ボクはまだ蒼屋でいる、と断る。
将来は分からないけど、婦夫別姓が許されているので別に婚家の名を名乗らなくても良い、今はまだ。
囲われ婚だと、否応なく変えさせられるらしいけれど……。マキナは、そこまで求めて来ない。
「せめて、学園を卒業するまでは蒼屋でいます」
「……分かった」
しんみりする中、ドアが開いてあの! エロ医師が入ってくる。
「あっ! エロ改造魔人!」
その姿は、変わらぬ白衣にマスク姿で聴診器を首から下げている。
あれは、夢じゃなかったんだ!
「何よ、それ?」
女医師は抗議して、「それは、なんだ?」とマキナは理解不能の表情をする。
『ウィメン・イン・ブラック』に出てきた悪役だとボクが告げると、「へえぇ~?」っと興味をなくしている。
昔、そんな映画があったな、と回顧する程度だ。シリーズは、4作まで作られたのに。
勧善懲悪のストーリーで、ドタバタの喜劇要素があって、すごく面白い。
「酷い。マキ姉、言ってやって」
「フム、強ち間違ってない、かな?」
顎に手を当て虚空を見ながら納得している。
「ひっど~い」
「で、誰なんです? この、悪辣医師」
「長妹のアヤメだ。お前の二人目の主だな」
ほぉ~うと、長いため息をついてマキナが紹介してくれる。
「チェンジで!」
即座にダメ出ししてボクはチェンジを要求する。
「チェッ? チェンジはできませ~ん」と、アヤメさんは応酬する。
「じゃあ返品」と、ボクもやり返す。
「だ・か・ら、できないって。クーリングオフじゃないんだから。するとしたら、こちら側」
「うぐっ……確かに……」
なま物だからな……ボクは。クーリングオフ対象外だった。なんか凹む。
やれやれとマキナが長~く嘆息した。
彼女の指摘は、ボクの考えとは別の事だったんだけど、まあ良い。
「コレはそんなにエロなんとかみたい事はない。変な性癖ではあるが……」
「変……って。マキ姉まで……。私は変じゃない」
「それはさて置き──」
マキナの話題転換に「置かないで」とアヤメさんは抗議するもスルーされる。
結果を教えろとのマキナの言葉でアヤメさんは医師の顔になった。
「軽い疲労、だね。ここ数日間の出来事で負担がかかってた」
真っ当にアヤメさんが、検査結果を知らせてくれた。どんな検査をしたのやら……。
まあ、確かに毎日いろいろな出来事がボクに起こって楽しくもあったが、精神が疲れていたのも事実だ。
アヤメさんは、それよりすごい事が起こってると言い募るが、言っても今はボクに負担だろうとマキナが止めた。
「それはまた今度に。さあ、家に帰るか?」
「そんな~。一泊、してってよ? VIP室の稼働率が~」
「そんな事は知らん──」
アヤメさんは、病室の稼働率が~とか、経営が~とか言ってくる。
ちなみに、ここの病院も喜多村系列会社のGH|(総合病院)らしい。ずばり、キタムラGH。
「私も泊まる。問題ないな?」
そんなこんなで、結局泊まることになってしまった。勿論、マキナと同室で。
ベッドもクイーンサイズで、問題ないし?
ん? 大きい病室にはベッドは一つで、このベッドで同衾してもいいのか。
「よ、夜は静かに。お願い、よ?」
分かってる、と下腹をさするマキナ。
「排卵が来そうだと」と吐露した。それって……ここ数日のお陰で卵が育ったって事?
「ちょっとエコーしてみる?」
そう言うアヤメさんの言葉に、「いや、自分で分かる」とマキナは断わった。
また「検査機器の稼働率が~」と、言い募っているアヤメさん。
まあ、喜多村家の内需に貢献するのもありか、とは思うけどね?




