26.鏡の前の攻防*
鏡の壁に向かうタマちゃんを放ってもおけず、そのあとを付いていく。
鏡の前に着くと鏡面を凝視したり、顔を近づけて見たりしている。
内心は焦っているけど、挙動に出さないように平静を装ってはいる。
ドアの側の赤井さんや護衛の歩鳥さん、斎木さんに目配せしても反応が薄い。
まあ、クローゼットが見つかったからと言って彼女たちには然したる問題ではないのだろうが。
と、赤井さんの表情が歪んだと思ったら、いきなりスカートを捲られた。
「ほいっと!」
「きゃん!」
「うわっ! イヤらしい下着穿いてる」
いつの間にか後ろに付いてきていた水無ちゃんが、ボクのスカートの裾を捲ってきていた。
「見て見てタマちゃん」
「やめて、水無ちゃん」
水無ちゃんがタマちゃんにも見せようとスカートを掴んで放さない。
その手に抗うが、さらに身体が抱えられてスカートを押さえられない。
「むふっ……ん、ん~?」
「ほらほら、ヒモだよ、ヒモ」
「知ってる」
タマちゃんが鏡から目を離してこちらを見てきた。ボクの方に来るか留まるか、首を傾げて逡巡してる。
興味を鏡から外せはしたが、こんなのは不本意だ。
今日も布面積の少ない下着を穿いている。穿いてみると、お尻部分の生地が捲れるのを直さなくても良くて快適だったりする。
そんな事はさておき。
「やめて、水無ちゃん。怒るよ?」
「もしかして……ご主人様に穿かされてる、とか?」
「ぐっ……黙秘します。じょ、女子が見てるから、やめて!」
「はい、黙秘は認めたって事だよね~」
水無ちゃんは女子が見てるのを確認すると、やっと止めてくれた。
無理に引っ張られてスカートのプリーツが崩れてしまった。シワも酷い。
予測で言った女子の様子だったが、ボクも確認すると文芸部はベッドの陰からこちらを覗いていた。
なんて所から見てるんだ。
羽鳥来さんは、窓際でそっぽを向いていたので見ないようにしてたっぽい。
五月ヶ原くんも目を逸らしてくれたらしい。赤井さんや護衛のふたりも同じく。
タマちゃんがボクのスカートの中より鏡を優先したので、水無ちゃんもそちらに合流して鏡を探るようだ。
「……クローゼットを見つける」
「なるほど。お宝、ザクザク」
そんな不穏な事を呟く二人を眺めながらスカートのシワを直していたら、「おおっ」と小さく呻く声。
同時に着信音がする。声の方に振り向きつつ端末を確認すると、文芸部がベッド下の引き出しを開けていた。
〔ベッドの女子をなんとかしろ!(怒)〕
端末の画面には、またマキナから猛烈な通信文が……。
「ちょっと、何やってる?!」
護衛ふたりにも通知があったのか、端末を見ながらベッドに歩みよっている。
文芸部の声に五月ヶ原くんも交じってきて顔を紅くしている。
ミナ・タマの行動を気にしていたが、裏で違う危機が起こっていたらしい。
覗きに行くと引き出し中の紅いベルトや手枷、アイマスクが曝されていた。
「レッドカード! 退場!」
それはダメだ。警告して文芸部を押し退けると、引き出しを閉めた。
また着信が来たのを見ると案の所、マキナの理解不能の文字の羅列が。ただ怒りだけは伝わってくる。
「歩鳥さん、斎木さん。彼女たちを部屋の外へ」
寄ってきていた護衛のふたりに文芸部の退場を任せる。
もう、頭がくらくらしてきた……。実際、ベッドに倒れ込んだ。
「五月ヶ原くん、止めてくださいよ?」
「ご、ごめん……つい……」
伏せた顔を五月ヶ原くんに向けて抗議する。
って言ってる間にまた着信音が鳴った……。見るまでもなくマキナだろう。
完全に仕事の邪魔してるな。しかもかなりタイムリーにこちらの状況を確認できてる。
警護の二人が報告しているのでもなさそうだし謎だ。
一応、通信文を確認するとまたヒートアップして何言ってるから分からないが、狂気は感じる。
あとの事は考えないでおこう。
赤井さん、見えていたでしょうから教えてくださいよ。
廊下まで下がらせた文芸部ふたりは赤い顔をして悶えている。
五月ヶ原くんも口元を手で隠して頬を赤らめ、ソファーに座っている。
窓辺の羽鳥来さんは、鼻の頭をかいて困り顔だ。
彼女は、まだ退場は保留だな。
さて、ミナ・タマはどうなった?……。
「先生、邪魔」
「もうそこしか無いんだよ?」
顔を鏡の方に向けると五条先生と押し比べをしていた。
五条先生は、マジでクローゼットを守ってくれてたみたい。
そこに居着いて動かないのも逆に怪しまれるよね?
「あわわわ」と慌てるも助言も助けもできない。
ミナ・タマも確信をもって五条先生に当たっている。
もうダメだ……ベッドに顔を伏せると気分が悪くなってきた。動く気力が出ない。
「疲れた。気疲れ? 気持ち悪い……」
「キョウ様?」
赤井さんが呼んでる。それが分かるけど反応できない。
ボクは寝転がされ、天蓋の天井の鏡が見えると、赤井さんの顔が視界に入る。
その手が顔に近づいて額に冷たさが伝わる。
「少し熱がありますか? キョウ様、失礼します」
ボクのジャケットに手がかけられボタンが外され脱がされる。
ピリリと端末が鳴っている。また、マキナだな。
「はい、少しお加減が……。はい、……はい。そのように」
マキナと話しているのか赤井さんが携帯端末を耳に当てている。
赤井さんがそれを仕舞うと、ボクはスカート、ブラウスを脱がされ下着姿になった。
その上に掛け布団をかけられる。
「お疲れのようですので、このままお休みください」
そう言われると、ボクは身体の力が抜けていく。
「キョウ様のお加減が良くないので、ここまでにいたします──」
赤井さんが何か言ってる。でももういいや……。
ボクは眠ってしまった。
◆
「皆さん、申し訳ありませんが、キョウ様のお加減が良くないので、ここまでにいたします」
赤井は部屋にいる者たちに言った。
「キョウちゃんに、心労をかけたかも……」
「うん、反省」
水無月ユウナと新城タマキは、自分たちの悪乗りを反省した。
「そうだね。ちょっとはしゃぎ過ぎた」
文芸部、緋花ホムラが吐露する。合わせて、紅月ミントも頷く。
「お前たち、蒼屋は結婚したてで疲れてたんだ。加減しろよ」
五条先生は窘めて言うが、自身の行動は説得力がなかった。
「先生も舞い上がってましたよ?」
羽鳥来カンゾウから五条に突っ込みが入る。
「……ま、まあ、帰ろうか?」
「赤井さん、キョウちゃん、蒼屋くんをお願いします」
代表して水無月が赤井にキョウの事を頼む。
「お任せください。では、歩鳥さん、斎木さん、皆さんをお送りしてください」
「分かりました」
赤井が、護衛士の二人に訪問者の帰りを頼むと、皆と一緒に部屋をあとにした。




