25.自室にモブシーンは要りません*
「おお! 凄いな」
「うぐっ! 撮影したい」
「まさに」
「立派過ぎるな。何人と寝るんだ?」
やはり、部屋にドン! と鎮座するベッドに皆、目が行くか。ボクとしてはテラスの豪華さとかお薦めなんだけど。
物欲しそうに見詰めてくる文芸部のふたりは黙殺する。
水無ちゃんは、ベッドにダイブしたあと、掛け布団を捲ると顔を埋めスーハースーハー、こちらにも聴こえるほど深呼吸している。
タマちゃんは、ベッドの回りを回って見分してる。
中の匂いまでは気が回らなかったな。念の為、赤井さんに寄って布団の消臭具合を訊いてみた。
「大丈夫ですよ」
一番に手入れしましたと言ってくれて、消耗品のシーツは新しくしているんだとか。
さすが赤井さん、出来る。
文芸部の二人もベッドに目を奪われていたが、そこよりは机や本棚に移っていく。
警護士のふたりはドア横の定位置で興味を示していなさそうには見える。
五条先生はゆっくり部屋の中を見て回っている。
せめて、警護士や赤井さんのようにドア辺りの全体を見渡せる位置で監督していてくださいよ。
羽鳥来さんも同様、さっと見回したあとは窓の方に歩いていく。
五月ヶ原くんはベッドを一瞥して文芸部のいる机の方へ移っていく。
皆の動向も気になるが、それよりヘッドボードの辺りを弄ってるタマちゃん。何やってるの?
と、その前に……。
「いい加減、水無ちゃん止めて!」
って言った側から「おおっ!」っとタマちゃんの感嘆が聴こえた。
その声に振り向くとヘッドボードに被さって棚みたいなのが競り上がってくる。
タマちゃん、君は本当に!
ボクも知らないそれを見にいくと、ピリリと携帯端末が鳴った。
「何なんだ、こんな時に──」
端末の画面を見ると、
〔お前は部屋で何やってる!(怒〕と、マキナからの激文が!……。
足を止め、画面から顔を上げて見回す。マキナに見えてる? 見られてる?
ドアの方を見ると赤井さんや歩鳥さん、斎木さんも微動だにしていない。
五条先生は、鏡の壁を興味深そうに覗き込んでいる。顔を近づけて鏡を凝視している。
とても映った自分の姿を見ている風じゃない。気づいた?
そんな事より、水無ちゃんだ。
「水無ちゃん、レッドカード! ベッドから降りて」
「レッド──何それ?」
「えっと、サッカーなんかで一発退場させる警告だよ」
「退場って、キョウちゃんにそんな権利があるの?」
何を言ってるんだ君は? ボクは審判よりも強権を持っているのだよ?
黙って端末の画面を水無ちゃんに見せて、親指で首をかき斬る仕種をした。
水無ちゃんは、顔を蒼くして「こ、怖えっ!」っと身体を起こした。
「早く、ベッドから降りる」
って言ってる内にまた着信がピリリと鳴った。
「何なに? お仕置き……プププッ」
画面を覗き込む水無ちゃんの反応に、なんだと思って画面を見ると……。
〔寝室、お前の部屋に入れるとは聞いてない。──
はい、言ってません。
──今夜はお仕置きだからな!(怒)〕
オーノー! 怖いよ。まだ、お仕置きされた事ないけど、だからこそ怖いよ。
「さ、さあ、もう大人しくしてよ?」
「へい、へい」
やっと、水無ちゃんがベッドから降りて縁に座る。さて……。
「で、タマちゃんは何してるのよ?」
「隠し機能」
タマちゃんは、立ち上げたヘッドボードにある小物容れの引き出しを引き出しては中を確認している……。
ボクも知らないんだから何もないよ。
「もう気が済んだでしょ? テラスとかどう? 眺めが良いよ」
と、そこへまた着信が……。何なに? 端末に新しく表示された短文を確認する。
〔その細い男子をベッドから遠ざけろ! 早く!〕
引き出しを確認し終えたタマちゃんが、次はベッド回りの下、床板を支える梁を点検している姿があった。
そんなに焦る事かと見ていると、引き出しが競り出してきて……また、着信音が鳴る。なんなの、一体?
画面を見ながら、その引き出しを見ると紅いベルトとか、いかにも如何わしい物が見えて……これはマズいと思った!
「おおおっ!」とタマちゃんの大きな感嘆で皆がこちらに興味を示した。
マキナ、なんて物を隠してるんだよ!
「タマちゃん、そこはダメ!」
引き出しを押し込むとタマちゃんを羽交い締めしてベッドから引き離した。
「……今夜は寝かさない?」
寝かさない、って?
タマちゃんの独白に何だろうと視線を追うとボクの携帯端末に表示された通信文を読んでいた。
〔キョウ! 首──身体を洗って待っていろ! 一晩中お仕置きだ!! 今夜は寝かさ──〕
読んでいたら涙がにじんで画面が見えない。
最悪だ~! どうして……こんな事に。
「なんかあったのか?」
「なんでしょう……か?」
皆の興味が集まって来てしまった。取りあえずタマちゃんにもレッドカードだ。
「キョウちゃん、オール(ナイト)でお仕置き、決定」
そして、耳目を向ける皆にタマちゃんが曝露してしまう。やめて~。
「そ、そうです、か?」
「良かった、な?」
見回すと同情なのか達観なのか、複雑な表情をして目線を伏せている。
心無しか、赤井さんや護衛のふたりも顔を伏せて肩を小刻みに揺らしていた。
よく見ると携帯端末を握っている。マキナから指令が行ったのかもしれない。
皆、助けてくれて良いんですよ。
五月ヶ原くんだけは、苦い表情だけど。
「テラスを見てよ。凄いよ?」
話題を変えようとしてみたが反応は芳しくない。机や本棚の三人は何やら落胆してる。
たぶんアレな本を探してたんだろうけど、私物はほとんど持って来てないからね?
タマちゃんが、もう分かったと拘束を解くように懇願してくるので放した。ところが、だ。
「クローゼットがない?」
想定通りにタマちゃんが気づいてしまう。気づいちゃったか……。
ベッドに座っていた水無ちゃんが、それだ! っと叫んでガバッと立ち上がった。
それはそれとして、テラスでも見ないかと再度、誘導するけど失敗した。
「別の部屋に置いてるから、ここにはないよ」
「あり得ない」
「そうだよな? キョウちゃん、今すぐ普段着か部屋着に着替えてよ」
「グッ……それは……」
チラッとクローゼットの鏡の壁を見たら五条先生がそこで仁王立ちしてこちらを見てる。まさに扉になった鏡の前だ。
鏡のナゾに気づいた、けど守ってくれている? まさか、ね?
トテトテとタマちゃんが五条先生の方、鏡に向かって行く。なんて鋭いんだ。
てか、鏡張りってどこのダンススクールだよ? って感じだもん。
タマちゃんを開放したのは間違いだった。その歩みの後ろを付いていく。
安易に引き戻すのは愚策だ。「そこには有りませんよ(振り)」に等しい。
皆を見回すけど、各々好き勝手していて気づいていないが、助けてくれそうにもない。
そこのマキナ側のひと、なんとかして!




