23.訪問凸、不可避*
どうしよう。もう丸投げするか。結果は分かってるけど。
「主人に訊いてみます」
[自宅訪問者は、水無月ユウナ、真城タマキ、羽鳥来カンゾウ、担任の五条ツバサ先生。違うクラスの五月ヶ原ユキト、緋花ホムラ、紅月ミント、そしてアンナ・クライネ、ビビ・マックラン]
マキナに裁可を仰ごうと名前を羅列して、すぐさま送ってみた。
同時に確認したが当然のように母の返信はなく、この時間ならと電話をかける。
『……もしもし? どうしたの?』
ややあって、受話され母がでた。
「母さん、連絡見てくれた? 荷物を取りにいきたいんだけど」
『えっ、そ、そうね……ちょっと今週は……。週末くらいはダメ?』
「週末は、ちょっと……。来週ならいけそう?」
『そ、そうね……来週、なら……』
「分かった。また行く前に連絡する」
週末は義実家に訪問しなきゃいけないからダメだ。行けば一泊するだろうし、家に帰る時間がない。
母の歯切れの悪さから来週も期待できそうにない感じだ。
一体、母に何が起こってるんだろ?
もやもやしながら電話を切ると、マキナから返信が来ていた。
[いいだろう。しかし留学生はダメだ。下校に合わせて迎えを寄越す]
案外はやく返ってきたな。思いもよらず女子にも許可がでた。
しかし、アンナさんたちはダメなのか。
「返事、来た?」
「うん……」
携帯端末の画面を皆に向けて見せた。
「おお、許可でたんだ、よな?」
「なんですのよ。留学生はダメとか差別ですことよ!」
皆一様に喜んでいる。特に新聞部もどきの文芸部二人は喜色にあふれている。反してアンナさんは憤慨している。
確かに外交的にマズいかもだけど、一介の会社員の判断だもの。
些細な粗相で、不興を買うと本当に外交問題になるかも知れないし妥当かも。
「アンナさん、ごめんなさい。また、何か聞けることがあれば聞くから」
一応、アンナさんに謝っておく。次は聞ける要求がくることを祈る。
悔しがるアンナさんを見て、五月ヶ原くんは、ざまあって顔で薄ら嗤いしている。
熱望していた彼女が行けないのは、かなり滑稽かもしれない。
「迎えが来るって、来客用の駐車場だよな?」
五条先生が確認してくる。
「そうですね。たぶん、そうでしょう」
まあ、そうだろうと思うので肯定しておく。
「皆、放課後、来客用の駐車場に集合!」と、五条先生が声を上げる。
「「「おう!」」」と皆が唱和した。
「楽しみ」と、タマちゃんも呟く。
午後の授業を終えて、同行する皆からビンビンと熱意が伝わってくる。
五条先生は、ホームルームに手荷物を持って来ていて職員室に返らぬ覚悟の臨戦態勢だ。
放課後は、教員の委員会とかあるんじゃないですか?
「ハァ~」
ホームルームが終わるとため息ついて、のろのろと荷物をまとめて席を立つ。
「さあ、行こうか!」
「行こう」
ミナちゃんから声がかかる。元気だね。タマちゃんも気合いが入ってる。
ゆっくり歩くボクに焦れて、二人に押され教室を出て駐車場に向かう。
後ろに五条先生、羽鳥来さん。隣のクラスに見に行くまでもなく、緋花さん、紅月さんに五月ヶ原くんが付いてくる。
アンナさんは、ビビさんを従えハンカチを食い千切らんばかりに噛んで悔しげに付いてきていた。
「あれかな?」
「そうみたいだね」
来賓用の駐車場に黒くてでっかい車が二台並んで停まっている。リムジンってヤツか?
そのリムジンの前に黒サングラスをした全身黒ずくめの二人が立っている。
まるで、ウィメン・イン・ブラックの登場人物みたいだ。あの人たちが男性警護士だろう。
並みの男性であるボクの為にマキナが頼んでくれたよう。なんか申し訳ない。
「蒼屋キョウ様、ですね? 護衛を仰せ遣った歩鳥ミドウです」
「同じく、斎木チドリ。以後、お見知りおきください」
「はじめまして、蒼屋キョウです。宜しくお願いします。ボク──私のことはキョウ、と呼んでください」
二人はピクっと震えたあと、互いに顔を見合せ微笑み合うように口元が緩んでいた。
「では、キョウ様と」とボクに向き直って答えた。
いや、キョウだけでいいんだけどね。赤井さんも、まだキョウさんだし、仕方ない。
「男性の方はこちらに。女性の方はあちらに」
歩鳥さんは、一台ずつ車を指して人の振り分けを指定する。なるほど、二台の車、女・男で分けるのね。
「ちょっと待った。私は教師だ。男子を護る義務がある。男子に同乗させてもらおう」
なんか、らしくない先生がいる。興味本位で付いて来てますよね?
それに一見──いや一聞? 尤もらしく聴こえますが、本音が出ていませんか?
「男子の車に同乗」ですよね。ボク、二人も三人も乗せられません。
少しの間にらみ合った五条先生と警護士たち、やがて警護士が折れた。
「はあ、分かりました。こちらへどうぞ」
ボクの乗る車には、ミナ・タマの二人、五月ヶ原くんと五条先生に男性警護士の二人。
もう一台に、緋花さん、紅月さんの文芸部二人、羽鳥来さんになった。
歩鳥さんがドアを閉めると、するすると車が動きだした。そのまま校門を出て朝来た道を戻っていく。
「付いてくる車がありますね……」
しばらく走っていると運転手さんがインターホンで伝えてくる。
「外交ナンバー……アンナ・クライネさんでしょうね?」
歩鳥さんが、後ろを確認して言う。
「諦め悪いね……」
「執着」
「まあ、しょうがないかな」
小さい後ろ窓から見ると、リムジンとはいかなくても充分お高そうな黒い車が付いてきていた。
確かにナンバーがちょっと見ない英数字のナンバーが付いている。
それから小一時間かけてボクたちは新居に着いた。歩鳥さんがリモコン? を操作すると表の駐車場のゲートが開く。
そこへ進入してリムジンが停まる。
こういう為に家の表にでっかい駐車場が設けられてたんだと思い知らされた。
アンナさんたちの車も家の前に横付けして停まる。
「聞いていたより大きな家だな」
「うん」
開けられたドアから我先にミナちゃんとタマちゃんが飛び出した。
「ありがとうございました」
運んでくれた運転手さんに謝意を伝えて、車を降りる。
ドアの外には歩鳥さんと斎木さんが左右に立って警戒している。
「大企業の課長クラスが建てられる家、屋敷でもないね?」
「お金持ち。副業で儲けてる」
「悪徳商人みたいに悪どい事してるように言わないでよ。大企業かもしれないけど、旦那は真っ当な人だよ?」
実は、姉妹婚なんだと告白して姉妹でお金を出しあったのでは、と推論を披露した。
「聞いてないよ。キョウちゃん、日替わりで弄ばれてるワケか」
「どビッチ」
「いや、流石にそこまでは……」
きっとそんな未来はないよ? マキナの妹ふたりとは顔も合わせてないし。
家には話に出た主人と二人だけだし、外壁がくすんで寝に帰ってくるだけの家なんだと弁明した。
「キョウ様、我々を認可していただけますか?」
そんな下世話な話をしているところに救世主が現れ救ってくれる。
「は、はい」
警護士の二人が家に入る許可を求めてきた。それがあったね。面倒いね。
それと呼び方「キョウさん」までまからないかな?
進入許可の手順、まだ覚えているかな? 皆を残して警護士の二人とボクだけで玄関ポーチに進む。
二人の差し出す端末に端末を突き合わせて許可を与える。
「では、開けてくれますか? 中に赤井がいると思います」
この時間から赤井さんにも来てもらったのか……。
まあ、お客さんの接待とかまだできないもんな、ボク。
んん? 赤井って呼び捨てするって事は知り合い? 系列が同じ? まあ考えるのは後にしよう。
玄関のチェックは論理解錠キーで開いていて緑の表示が灯っている。物理キーで解錠するまでもなくノブを引くと扉は開いた。
そこへ護衛の斎木チドリさんが滑り込んでいく。歩鳥ミドウさんが、中の斎木さんと頷き合うと向き直ってボクに視線を送る。
中を覗くと、柔やかな赤井さんが上がり框に立ってお迎えできる態勢だと報せている。
赤井さんには頭が下がる。軽く会釈しておく。
「では、お友達の認可していきましょうか?」
「はい」
一人ひとりポーチに呼んで、進入用のアプリをインストールして一時パスを付与していく。
なんで、皆でやらないかって言うとセキュリティの為なんだとか。
まあ分からん。歩鳥さんの言うがまま流されるように流した。
ミナちゃん・タマちゃん、担任の五条先生、羽鳥来さんと次々認可していく。
ミナちゃん、タマちゃん、許可した途端、中に突撃するなよ。
次に隣クラスの緋花ホムラさん、紅月ミントさん、五月ヶ原ユキトくん。
許可している間、黒塗りの車の陰で忌々しげにこちらを睨むアンナさん。
その視線にまで晒されてボクの精神はくたくたよ。
ゴメン、アンナさん。心の中でボクは合掌した。




