22.アンナ襲来?*
やむなく学園の食堂でお昼を食べることになった。
食堂は数十人が食べられる大きさで、メニューはカレーライスや各種うどんなどの単品に、トンカツ定食なんかのセットメニューまで置いている。
うちは母がお弁当を持たせてくれたので、利用することはなかった。
陽当たりの良い方は半アーチの半透明な屋根になっていて、外はテラスにテーブルが並んで開放的だ。
まだ時期ではないのか、テーブルの中央には筒だけでパラソルは挿さっていない。
「さあ、なんでも頼んで宜しいでごさいます」
携帯端末を食券ベンダーにかざしてアンナさんが言う。
「ボク、お弁当があるからいい」
「じゃあ、僕は……ポチっと」
ボクとアンナさんの間に割って入り羽鳥来さんがトンカツ定食のボタンを押した。
「あなたには、言ってませんことよ?」
「金持ちなのにケチだな」
「ぐっ……。まあ、あなたたちも食べたいなら奢って差し上げても宜しいでごさいますわよ」
彼女の矜持を抉ったのか、呼びもしないのに付いてきた女子たちにも、アンナさんは振る舞うようだ、仕方なく。
「じゃあ、遠慮なく」
「では、うちも」
緋花さんと紅月さんも定食のボタンを押していく。
言った手前、次々注文していくお邪魔虫をアンナさんは苦々しく見ていた。
ミナ・タマの二人は躊躇っていたけど、お弁当を食べるようだ。
ヒビさんも自分の注文をしたあと、発行された食券をまとめて取ると注文しに調理カウンターへ向かう。
「さあ、こちらですわ」
「いい加減、放してよ」
「そ、そうでしたわね……」
アンナさんは、テーブルに向かうのにまた掴まえた腕を放してくれた。こうなっては、もう逃げないよ。
「あなたたち、ワタクシが食べるので退くでございます」
アンナさんは陽当たりの良いテーブルの前に行くと、食べている人たちを睥睨して言う。
「ちょ、ちょっと、アンナさん。ゴメン、他所に行くから……」
食べていた女子、上級生がぽかんと呆ける中、今度はボクがアンナさんを引き摺って、空いたテーブルのある日陰の方に連れていく。
見回していると、担任の五条先生が手招きしていて、それに従いそちらに向かう。
「平民は追い払えばよいですことよ」
「不双では、平民ばかりなんだから」
マジでお貴族様なのか? この国では特権は振りかざせない、アンナさんは皆と一緒の平民扱いなのだと窘める。
「窮屈ですこと。キョウ様は、うちの国に来るべきですことよ。そうすれば、女どもは、あなたにひれ伏すのです」
女どもって、あなたも女では?
「主人たちがいるから旅行はできないと思うよ? 先生、ここ良いですか?」
「おう、座れ座れ」
先生が座っていたテーブルにボクやミナ・タマの二人、アンナさんが座り、続いて料理のトレイを持った緋花さん、紅月さんに、羽鳥来さんも席に着く。
「旅行ではございませんことよ。ワタクシの……パートナーとして」
何言い出すんだ、この人は。言っててモジモジしてるし。
これは、略奪なのか。既婚者にプロポーズしてるのか?
「主人には恩があるから、離婚はムリだよ」
「アンナ様、お料理を持って参りました」
「ご苦労様、ビビ」
いいタイミングで話を打ち切るように、ビビさんがトレイを二つ持って来て、一つをアンナさんの前に置くと自身も席に着く。
「さ、さあ、頂きましょうか?」
「「「頂きます」」」
透かさず、食事の開始で話の中断に追い打ちをかけた。
「で、お見合いの話、でしたっけ?」
食べながら、婚姻話の方に誘導してみた。
「そこはもう……いい。なんで遡る」
「うん、うん」
ミナ・タマの二人がお約束の突っ込みをくれた。
「なあ、また初体験の話か? 初聞きはダメージ、というか刺激が強いぞ?」
俺は、大人だから堪えたけどな、と五条先生が助言する。話したあの時、そうは見えなかったけどね?
羽鳥来さんも既に教室で聴いてるから大丈夫か。そして、アンナさんや他の二人に視線を巡らせる。
「私たちは、文芸部ですので参考にします」
緋花さんと紅月さんは文芸部だったのか。懐から携帯端末を取り出している。
皆を見回してたら、離れて五月ヶ原ユキトくんが食事しながらこちらを見てた。
「ん~、では……。新居の部屋には大きなベッドがありまして──」
それから結婚初日の夜のことを淡々と話した。
お風呂に入ってたら一緒に入ってきて、いつしか洗いっこしたこと。
ボクのために買ってくれた(恥ずかしい)下着を着けるように言われて、そのあとを覚悟したこと。
カタカタという音に気付いて見ると、携帯端末を烈しく叩くホムラさんがいた。
ミントさんは端末をこちらに向けて……撮影・録音してるのか?
五条先生、言った割になんかプルプルしてるけど大丈夫かな? 今なら引き返せますよ?
ミナ・タマの二人は耐性ついたか。むしろ期待している風だ。
あ、アンナさんは……大丈夫か? 悲喜が入り交じった表情をしてる。
ビビさんは、平静を装ってますが鼻血が垂れてきてますよ?
「部屋に恐る恐る入ると、主人がベッドに座って待っていました。おずおずと進むと両腕を広げて迎えてくれ、引かれてボクはその腕の中に収まって──」
ギリギリと、アンナさんから歯ぎしりする音が聴こえてくる。
見回すと、他の皆は真っ赤になってる。ミナ・タマも限界が来そうなのかプルプルしだした。
五条先生は……平然としてるけど鼻の頭が真っ赤になってますよ?
「──抱きしめられて寝転ぶと、折角着けたものがゆっくり脱がされていき……肌が現れればそこを撫でられ、そのたびボクは強ばってしまって……」
皆を見ると限界近いっぽいけど続けていい、かな? 知らないよ。
「……温かい唇が身体中を這い回ってボクを確認すると、……アレを飲まされて……」
って、もう皆限界かな。一様に血を湧き出させている。案外、羽鳥来さんが堪えてるな。
「……二人は一つになり、ました。めでたしめでたし」
「どこの昔話だ」との突っ込みもなく話し終えましたとさ、めでたし、めでたし?
「それで、自宅凸──自宅訪問でしたか? ワタクシも付いて行きたいですことよ」
「それは……」
まだ覚えてたか、アンナさん。それは返答に困る。
「そうそう。お母さんと連絡つかなそうだよね? 端末をよく見てる」
「そうそう」とタマちゃんがミナちゃんを援護する。
「うぐっ! べ、別に実家に帰らなくても用事はあるから──」
母に連絡がつかないのを察していたのか。ミナちゃん、目ざとい。
断わるにしても良い理由が思いつかない。
よしんば男子は受入れたとしても、断われと言われている女子が黙っちゃいないよな~。
付いてくると強請ってきても、マキナは許可してくれない。
「おいおい。新婚宅に侵入するのは感心せんな。そうだなぁ? 先生も監督するため同行してやろう」
「僕も見てみたいな」と羽鳥来さんが口を挟む。
「わ、私たちも、お願いします」
「お願いします」
文芸部の二人も参戦してくる。取材しようとしてるでしょ? もう新聞部に改名すれば?
「男子は許可してくれると、思う。でも、女子はムリ……たぶん」
「男子は良いなら、私も!」
離れて食事してた五月ヶ原くんが突進してきた。ちゃっかり、話聴いてたのか。
君って、どちらかと言うとボクに関心なかったよね?




