21.母の異変?*
昨夜は、烈しかった。
マキナの匂いも味もきつく濃くて、もしかしたらアレか? と思った。
ソレに釣られてマキナの求めに抗い難く応えてしまった。
おじいさん先生、生垣先生の言っていた、それが「分かる」ってことなんだろうか?
これが生きてるってことなんだろうか?
覆い被さる温かな重さを感じて目が覚めた。
マキナの下から脱け出すと普通を着けて小用に。下着姿でうろついても抵抗が無くなったな。
何も着けないでいるのも、それはそれでいい気がしてきた。マキナと二人きり限定で。
階下に下りてダイニングのタブレットとか勉強道具、ランドリーの服を回収すると部屋に戻る。
「ええっと、今日は……」
今日の時間割を確認してテキストを用意する。放課後は、どうしよう。
ケイト先輩の練習を眺めているか? それも暇だよね。
かと言って、お手伝いすると陸上部が警告される。マキナの会社に行って、掃除の時間まで待つ……のも暇だし邪魔になる。
「どうしょっかな~」
タブレットをいじって復習の続きをしながら考える。家に居ても赤井さんが来るまで退屈だろうし……。
そこで実家に帰って荷物をまとめて来よう、と閃いた!
早速、母に電話、と思ったけど朝早い時間だ。忙しくて応答できないだろう。
短文通信で済ませておこう。
[夕方、荷物を取りに行きたいけど良い?]
と送って復習に集中した。
一通り復習したころにドアの開閉音がした。赤井さんが来たようだ。
タブレットなどを片付けてダイニングに下りると、朝食の下ごしらえを始めている赤井さんがいた。
「おはようございます、赤井さん。手伝います」
「おはようございます、キョウさん」
今日こそは、お弁当を作るんだと、朝食の準備に加わる。
「朝ご飯ですよ」
マキナを起こして、朝食にする。
今日は、鶏ささ身のバターソテーに即席コーンスープ、生野菜のサラダだ。
ちぎったレタス、斜め切りのセロリ、千切りのキャベツなどを盛り、ミニトマトと半分に切った苺を添える。ドレッシングはお好みで。
皮を剥いだ胸肉を一口サイズに切り、フライパンにバターを一切れ温め解かし、胸肉を入れるとアルミホイルの落としブタをして弱火で蒸焼きにする。
焦げない頃合いに鶏肉をひっくり返し、溶けたバターと鶏の脂をかけて、また落としブタをする。
裏表に焼き目が付いたら、赤ワインを少し注ぎフランベ、火を止め煮詰まったタレを肉に流しかけて、皿に取る。
残った汁に皮を敷いて火を着け、汁をかけながらカリっと揚げるように焼く。
皿に取った胸肉に皮を添えて汁を飾りかけする。
スープカップにインスタントのコーンスープを入れてお湯を注いで完成。
マキナと朝食を食べている内に、赤井さんはお弁当の調理に入って、卵焼きやソーセージを焼いている……。
今日も手伝えそうにない。
朝食を食べるとお弁当をもらい、マキナに送ってもらって登校する。昨日と同じだよ。
「行ってらっしゃい」のキスに応えて送り出すのもお約束に。
昇降口でミナちゃんとタマちゃんと合流して教室に向かった。車でも確認たけど携帯端末に母から返信がない。
「あの車の人が、旦那さん?」
「うん、うん」とミナちゃんの質問にタマちゃんも頷き、その問いに賛意を示す。
見られたか。同時刻に登校すれば目に留まるよね。
「そ、そうだよ。……見てた?」
「見てた。お熱いことで」
タマちゃんもミナちゃんに同意して頷く。
そこまで見られたか……。立ち直れないかも。
「誰にも喋っちゃダメだよ?」
「喋らないけど、ムダだと思う……」
「ムダ」とタマちゃんまで言う。
二人に言われると地味に堪える。
「今日は部活がないし、暇、だよね?」
ニマついてミナちゃんが訊いてくる。機嫌がいいとイヤな予想しかできない。
「いや、部活なくても暇じゃないよ?」
「ナンでよ、部活ないんだからヒマに決まってるでしょう」
「奥は忙しいの!」
と言うのはウソだけど。そうでも言わないとミナちゃんの言いなりになりそうだ。
「奥って……家に籠ってるだけでしょう? どこかに行くとでも?」
「そうだよ。実家に物を取りに行きたいの」
誤魔化すように携帯を確認するが、母の返信はまだない。
「ええっ? まだ荷物の移動が済んでないの。役に立たない旦那だな」
「主人を悪く言うのは赦せない」
教室までへの足を止めミナちゃんににらみつけた。
「ご、ごめん。そうじゃなくて、その……新居が見たくてね」
「ごめん」と二人は白状した。まあ、そんなことだと思ってたけどね。
「キョウちゃんの『愛の巣』が見たいの」
ミナちゃんの言葉にタマちゃんも鼻息を鳴らして同意する。
「ダメ」
「そんなあ~。タマちゃんも言ってよ」
「……見せて」
タマちゃんが腰を折って上目遣いで訴えてくる。そんな可愛く頼んできても……。
「ダ、ダメなものはダメ」
って、ミナちゃんも同じポーズで訴えてきたけど、君は可愛くない。
二人を迂回して教室へ向かう。
「ねえ、ねえ~」
二人に纏わりつかれながら教室に着き、自席に座る。
今日は搾精がないので、授業まで時間に余裕があり過ぎる。
彼らが自席に向かわず回りに纏わり付くのが鬱陶しくなり。
「母さんの都合が悪くて行けなかったら考える」と請け合ってしまった……。意志薄弱だ。
途端に二人は機嫌が良くなり、自席に座って授業の準備を始めた。
「連絡つかないな……」
返事が来ないのは母の都合が悪いのかもしれない。お昼まで待ってダメだったら、実家はまた今度にしよう。
一時限が終わり、二時限も終わっても母から連絡は来ない。いよいよ、母の都合よりも別のトラブルではないかと思えてきた。
昨日のこともあり、女子たちはボクの新婚生活について根掘り葉掘り訊いてくるんだけど、答えられないの一点張りでスルーした。
そして、困ったのがどこで聞きつけたのかアンナさんが新居訪問に自分も連れて行けと強請ってきた。
「キョウ事は千里を行く、でごさいますわ」ってそんな言葉はない。
「ボクも用事があるから、ご要望には沿えません」
「で、では。ご訪問なされるならお誘いなさってください」
「分かりました」
まあ、社交辞令だけど納得して引き下がってくれるなら助かる。スキップする勢いで自分の教室へ返っていった。
一応、家に入れても良いかマキナに訊いておこうか。
[家に来たいって同級生がいるんだけど、良いですか?]
打ち終わって送信するや、クラスメイトの羽鳥来さんがボクの前に立った。
「僕も蒼屋くんの家に行ってみたい」
「えっ? 皆、断わってるんだけど」
いきなり馴れ馴れしく話してきたのは羽鳥来カンゾウさん。僕が一人称の女子だ。
仲好くしてきた訳でもないのに、なんで?
「でも、もしかしたら行くかもしれないんだよね?」
「ん~、じゃあ。呼べる時は声かけるよ。それでいい?」
対応はアンナさんと一緒でいいよね。
「分かった。お願い」
もし皆で行くことになると大変じゃないか? なんとか、有耶無耶になってくれるよう願いながらマキナの返信を待った。
[信頼できる者なら任せる。基本的に女はダメだぞ]
授業中に着信したメッセージを三限が終わって確認すると、そう書かれてあった。
[信頼できない女子が熱望してるんです。どうすれば良いですか?]
[断われ]
まあ、そうですよね~。お昼になっても母から返信が来ない。
一体あっちは、どうなってるんだろう?
電話で訊こうと母にかけてみた。
「さあ、結婚生活について聴いてあげます。食堂へ行きますことよ」
電話をかけてる最中に、またアンナさんが突撃して来た。
「電話してるし、お弁当があるから」
「そう言わず、おごって差し上げます」
人の都合も考えず腕を取って連れて行こうとするアンナさん。
「ちょっ、ちょっと……」
抗い難いと、電話を切ってお弁当を抱えるとアンナさんに引き摺られていく。付き従うのは、ビビ・マックランさん。
ビビさんはアンナさんと同じ国から留学してきたアンナさんの従者みたいな人。本当に従者かもしれないけど。
ミナ・タマコンビが、やれやれとお弁当を持って付いてくる。その後ろには羽鳥来さんも姿が見える。
隣のクラスからは、何事かと緋花ホムラさんや紅月ミントさんが出てきて付いてきた。
昨日のことを訊いてくる女子は断わっていたけど、隣のクラスには関係ないか。




