201.脱出行
「そなた、粥を作ったのか?」
陛下が聴く。
「調理場の皆さんに指示を仰いで」
「ほう⋯⋯」
意外だと言いたそうに感心される。
「キョウ、早う」
身繕いを終わらせたミヤビ様がソファーへ移動してボクを急かす。
「お待たせ致しました」
目前で膝を折り、捧げ持ったお盆をテーブルに置く。
「うむ、この香り。堪らぬ」
大きめの茶碗、小さな丼鉢によそられたお粥をミヤビ様は掻き込んで食べられる。ちょっと熱かったようでハフハフしながら食べている。
「──冷ましながら召し上がってください。お粥は逃げません」
足りなければまだ、調理場に残ってますからね~。
「やはり、悪阻、じゃのぅ」
陛下が独りごちる。背後から陛下の視線が刺さるようで居心地が悪い。
薄々、感づくを通り越して確信してらっしゃるな~。
「ミヤビ──殿下、まだ召し上がられますか?」
もうお椀が空きそうになっている。
「うむ。食べる」
「承知いたしました」
刺さる視線を素知らぬ顔で躱しながら、笹さんに目配せする。頷く笹さんたちと調理場へ戻る。
「殿下が、お粥のお代わりを所望されています。どなたかお持ちください」
お代わりをメイドさんに託して調理場、離宮から撤退しよう。訪問着やカツラを奥殿に残しちゃってるけど……仕方ない。
「良かったのですか?」
「う~ん。陛下からの視線が痛くて」
「あ~、なんか射殺されそうでしたね」
「もう真実に辿り着かれたのかも」
護衛たちも口を揃えて賛同する。少しばかり早く妊娠が発覚するくらいは織り込みずみ。
もっと深いところの秘密が露見するのが怖い。
「そうそう。逃げる頃合いじゃないかな~? なんて」
「承知いたしました。迎賓館、ですね?」
「うん。でもね⋯⋯もう車は喚んでるんだよ」
離宮から出ると車寄せに喜多村のワゴンが停まっていて、館の守衛とフットマンらしい女が怪訝な表情を車に向けている。
「さすが、キョウ様」
対応を迷っている女たちを押し退けワゴンに乗り込む。気更来さんがドライバー、パッセンジャーは羽衣さん。スライドドアから、笹さん打木さんと共に滑り込む。
守衛とフットマンが呆気に取られるのを尻目に発進する。
「行って! 取りあえず迎賓館に向かって道なりで」
「了解」
生け垣が植わった道を車は進む。
「次は⋯⋯。迎賓館に分岐する道に入らずまっすぐ。⋯⋯正門は閉まってるか、当然」
「了解」
進路を確認すると正門が閉まってる。裏口──ここに来た通用門を使うべきか?
ふむふむ、裏口は開いてる、か。でも、くるっと外周を回らないと⋯⋯。う~む、警備車両が巡回中か⋯⋯。
「気更来さん進路変更。迎賓館への分岐に入って館前で方向転換。元来た道を戻って警備車両をやり過ごす」
「了解」
体が揺すられ車の転進が分かる。
それを感じていると⋯⋯ヤッバい。セキュリティ対策取られ始めた。ユニットごと防壁張られたり、分離されたり⋯⋯おまけに防御機構がこちらに攻撃仕掛けて来て鬱陶しい。
「キョウ様、方向転換終わりました⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「キョウ様?」
「今⋯⋯ちょっと⋯⋯忙しい⋯⋯から⋯⋯」
この! この! 攻防が面倒、駒の取り合いの繰り返しで埒が明かない、な! っと!
「──あがががぁ⋯⋯」
「キョウ様?!」
こちらを相手している間に別の攻撃ユニットを仕立て、アクセスを辿ってこちらを攻撃?
コントロールの奪い合いは、時間稼ぎだったのか? おまけに回線切断? 経路を塞がれた。
「──メガネ、壊れちゃった」
バーチャルスクリーンがブラックアウト。どこか焼き切れたみたい。
「あの、大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫。でもメガネを壊されたっぽい」
「それは、構いませんが⋯⋯」
笹さんに謝ってメガネを返す。
「警備車両は通り過ぎたようです⋯⋯」
静かに気更来さんが告げる。
「そう。来た道を戻って通用門から外へ。メガネからアシストできないから強引にやらないといけないかも」
「了解。発進します」
迎賓館前の広場から外周路を走る。順路は頭に入ってる。通用門で対策されなければ出られる。
さすが、聖殿のセキュリティ・コントロール。対策取られてる。メガネにも迂回攻撃の防壁を仕立てないとダメだな~。
外周を巡る塀との緩衝地には、喜多村の家と同じように所々に塔が立っている。それに仕込まれた監視カメラが、何となくこちらを指向している気がする。
外側からは分からないのに、そう感じる。こりゃ見られてるな。逃してくれないかな~?
懸念とは裏腹に通用門の立哨はすんなり通してくれる。
ゲートバーを突破するくらいは覚悟していたのに。
晴れて脱出できた。⋯⋯でもね、着飾ってもらった着物、カツラを回収できなかった。おまけに携帯端末、また買わないといけなくなったよ、とほほ⋯⋯。
サキちゃんやマキナに何て言おう。
「あのさ~⋯⋯」
「何でしょう」
「携帯端末、無くしちゃったん、だよね~」
「は?⋯⋯。あ~、なるほど」
笹さんに呆れと納得で返された。
「帰りに寄り道して買いたいん、だよね~」
「少し遠回りですけど、キタムラのモールに寄りましょう」
「良かった」
「それに、お姿も調えませんと⋯⋯」
「そうかな~?」
「そうですよ」
今はピンク色に見えそうな赤いスウェットを着てるからな~。
蒼湖横断橋に差し掛かったころ、笹さんの端末が鳴る。
「はい、おはようございます!──」
受話した笹さんが恐縮している。間違いなく相手はサキちゃんだな。
沈痛な面持ちで笹さんが捧げ持ち、携帯端末を差し出してくる。
「もしもし~?」
『──そなたは何をしておる!』
その剣幕に思わず耳から外しスピーカー受話に切り替える。
「いや、別に、何もしてない、けど」
『──断わりもせず、聖殿を脱け出し、あまつさえ家宝の衣装を放置してきたそうではないか?!』
「へ~、家宝、だったんだ、アレ……。御護り刀は回収してるよ?」
笹さんに視線を向けると刀のある場所をジャケット上から撫でて頷く。
『──そなたは!⋯⋯。畏こくも先先々代の陛下に「西の守護は任せたぞ」と賜った喜多村男子の戦闘服ぞ! それを⋯⋯それを⋯⋯、ユキが卒倒しておるぞ!』
「⋯⋯はあ、すみません」
ユキって⋯⋯、誰? 笹さんを窺うと「御館様の良人、五條テルユキ様です」と教えてくれる。
あ~、一緒にモールへ行った若くてファンキーな曾祖父ちゃんか。拙いじゃん!
『──まったく、そなたはワシがあれほど言い含めて置いたものを⋯⋯』
言い含めてないよ。それに丸投げしたよね、ボクに。
それより、も~。考えたらサキちゃんは、曾祖母ちゃんになるんだ?
「サキちゃんの言われた通り、喜多村の嫌疑は晴らしたし、ミヤビ様を持て成した喜多村に害意は無いって証明したよ?」
『──ならば何故、すべて放り出して聖殿から逃走したのだ?』
「それは⋯⋯、奥殿に入った男子は『出ること罷りならん』とか言って軟禁されそうになったから、隙を見て⋯⋯」
『──なんじゃと?! 奥殿に? それは⋯⋯。まさか、畏れ多くも陛下と二人きりになってなど居らぬであろうな?』
「あ、いや、それは⋯⋯」
『──ましてや*閨を共にするなどと大事を仕出かしておらぬであろうな?』
(閨:ねどこ。寝室)
そんなこと言ったって、こう、自然に誘導されたので特殊だとか異常だとか思わなかったんだもん。
『──答えよ!』
「それが、その⋯⋯。肩や腰が凝るのでマッサージせよと申されて、ソファーで肩を揉んで差し上げて、気がついたら寝室に」
『──かぁ~~! それでは陛下のお手付きではないか!⋯⋯。それでは勝手は出来ぬ。聖殿へ戻り平身低頭、謝り! 改めて暇乞いするのじゃ!』
「ブフッ!⋯⋯」
思わず吹き出した。幼女──と言っても中身、曾祖母ちゃん──が癇癪を起こして、じたばたする図が思い浮かんでしまった。
『──なんじゃ? 何を笑うておる?!』
「え~、笑ってない。くしゃみ? 車の中、乾燥してる、のかな? 何もなかったんだよ、本当に。添い寝しただけで」
『そう言うのであれば何も無かったのであろう。陛下は高名は成さらずに来られたが*仁君じゃ。*懇ろに請願すれば許してくださる、きっと』
(仁君:仁徳のある君主。慈悲深い君主)
(懇ろ:親切で丁寧なさま)
ねんごろって何? ねんねんコロコロ⋯⋯ぽてぽてと、丸々太った仔猫が転がってるの?⋯⋯。くっくっ⋯⋯笑えてくる。
「かなり願望的推測だよ? 陛下が退位なさるまで奥殿に留め置かれるって宣言されたんだけど」
『奥殿では、さもあらん。じゃが、お人柄に接し理非に明るいと感じたであったろう?』
「ん~~、悪い人、では無いと思うけど。なんか、気に入られちゃったと言うか、何と言うか」
大きい胸を嫌ってないところとか〝くさい仲〟認定されたりとか、とボソっと溢す。それよりも──。
『くさい仲とな? そなた、何か隠しておる? 何の秘密を共にしたのじゃ、話してみよ』
「秘密って、そんな大したことは無いけど⋯⋯」
──問題は~、媚薬効果のあるお香を仕掛ける策士だ、って事。侍女さんが気を利かせた可能性があるかも知れないけど。




