200.セキュリティを突破
最終のゲートと思われるところまで来た。
『お邪魔しま~す』
慎重に扉を開ける。目の前にはセンター・コントロールが広がっていた。まず、館の見取り図とセキュリティ・ロックを掌握しますか⋯⋯。
「⋯⋯分かった」
「流石キョウ様。それで、どちらへ?」
「あ、ちょっとその前に⋯⋯」
急ぎ部屋に戻ってお護りを引っ掴む。携帯するのに不便だな〜。ヒモでも付けてやろうか?
「お待たせ。笹さん、預ける。そっち」
「え? は、はい! 周囲防御」
「「「了解」」」
廊下に戻り笹さんにお護りを預けると、行き先を示す。笹さんが白鞘をおっかなびっくり受け取ると号令し、護衛たちが、ボクの四方を固める。
「無断で彷徨かないでくださいW」
まあムダでしょうけど、と侍女さんが勝ち誇る。
館の中央に移動して裏口に通ずる廊下に入る。当然、行き止まりにはドアがある。
ドアの前に行き着くと解錠、ノブを回して外に出る。
「はあ~?! ダメです! お戻りください!」
鍵が掛かっているはずの扉を開けられ、余裕だった侍女さんが慌てて叫ぶ。振り返りボクは顎を上げてドヤる。思い知ったか!
「後方防御」
「「「おう!」」」
追い撃ちを掛けてくる侍女たちに素早く笹さんたちが対応する。
芝生の敷かれた上で棒っきれを振っていた陛下が、こちらを見て呆気にとられている。
「陛下、この館から出られないって、どう言うことですか?」
「んあ、ああ⋯⋯そうだが、そなたは出て来ておるな?」
どうやったと疑問を口にする。その問いに答えず、次に求める。
「では、帰宅の許可をください」
「それは、ならぬ。男子は奥にて骨を埋めるもの。仕来たりにて破ること、罷りならぬ」
「そんな⋯⋯⋯。あ、レニ様やヒセン様は、どうなのです? 昨夜、参られたではありませんか?」
「あれは、今、離宮に籠っておる故、いずれ奥に閉じ込める運命よ」
「でも、今は出入りできるのでしょう? 私が出て行っても構わないはずです」
「そなたは余の相手をせよ。余の胸を厭わぬ貴重な男子はそなたのみ。余の在位の間は奥で暮らすのだ」
「そんな⋯⋯。昨夜は朝に帰れば良いと仰ったのに、騙しましたね? 私には主人も家族もいます。レニ様やヒセン様ほどの覚悟もありません。下々の者と同じく働かねば暮らして行けません。私の世話を待っている義従姉妹たちもいます。学校も行かねばなりません」
まあ、マキナにいずれ子供が生まれるのは、言わなくて良いよな。
「そうか。その世過ぎにいくら要る? そなたの連れ合い──マキナだったか? ここへ喚べば良い」
「⋯⋯はい? いや、それは、ちょっと……。ご返事いたしかねます」
口籠るボクに陛下が余裕の笑みを浮かべる。悔しい。
絶対権力者は、絶対権力者たるってことか。小市民のボクの願望をねじ曲げてでも叶える力があるんだ。どうやっても太刀打ちできない。
後ろを見ると護衛たちと侍女たちの争いも拮抗している。手詰まりだ。
「──喜多村に婿入りしたのは、縁故か?」
「え? いえ。婚姻マッチング、です⋯⋯」
唐突な問いに素で答えてしまう。流石、嫌なところを衝いてくる。
「ほう⋯⋯。では、そなたは買われたのだな?」
「⋯⋯はい。有り体に言えば、そうです」
言いにくいことを言わせて何考えてるの、この人は?
「そなたを買い取っても良いな~⋯⋯」
「それはダメです」
「なぜじゃ。喜多村よりも良い暮らしをさせてやれるぞ?」
ちと、学校へ遣るのは難儀じゃが、と呟く。
「マキナ──主人にはもう赤ちゃんが」
もう少しの間、秘密にして置きたかったのに、言っちゃった⋯⋯。
「何? そなた、こちらに来て間もなかったのでは、あるまいか?」
「はい。一週間くらいでしたか?」
「⋯⋯⋯⋯」
息を呑んで黙り込む。まあ一般よりは早く子供が出来たと思う。そこは、ミヤビ様ほど困らなくて良かったけど。
「──マサキが最高傑作と自慢しておったのは、まさか⋯⋯」
ブツブツと独り言を呟く。
「あの~、陛下?」
「昨晩、マゴとか言っておったな。それは、まさかハノリに赤子が、娘が孕んだと言うことか? 余に孫が出来ると?」
ギクッ⋯⋯。
「さ、さあ? 何を仰っているのか分かりません」
ボクを見つめて押し黙ったあと、陛下が歩きだす。
「体が冷えてきた。館に戻る」
侍女さんが素早く駆け寄りタオルを渡す。それを受け取り体を拭いながら護衛と侍女の諍いの間をものもとせず、陛下が館に戻って行く。
「典医を急がせよ。ハノリを診せるのだ」
「はい! 直ちに」
ゴメン、ミヤビ様。妊娠バレを加速させてしまいました~。
館に戻った陛下は、トイレ横の風呂場で汗を流すと、スーツをまとう。
そう言えば、この騒動でお風呂入ってなかった。ボクもシャワー浴びたい。食事の前に浴びれば良かった。でも、替えの下着とか服とか無いんだよな⋯⋯。
「離宮に参るぞ」
独り言のように陛下が令する。
それってボクたちも行って良い? ボクたちにも言ってるよね? まあ、奥殿に取り残されても解錠して出て行くけどね。
陛下を先頭に侍女たちが続き、ボクたちも追従する。奥殿の正面から外に出て、左へ。太陽が顔を覗かせる東に続く小路を進む。
いと尊き御方が徒歩って良いの? ボクたちには好都合だけど。
「笹さん笹さん、ミヤビ様の妊娠が陛下に露見すると思う。そしたら⋯⋯」
「──ああ、まだご存知なかったのですか?」
打木さんも加わり、顔を寄せ合って話す。
「そうそう。ボクの成り行きが怪しくなったら逃走するから、全力で」
「成り行き、ですか? それ如何に関わらず、隙を見つけて脱出されては?」
なし崩しで奥殿から出られたのですから、と付け加える。
「う~ん、そうだけど、もしかしたら円満帰宅できるかも知れないから⋯⋯」
「とても、そんな途は見えませんが」
「そうかも知れないけど、強引に逃げるのは最終手段にしたいんだよね」
サキちゃんからは、喜多村の悪いようにするな、って言われてる。仲違いや物別れになったらマキナにも申し訳ない。
「キョウ様、思われるままに」「了解しました」
笹さん打木さんが了承。
気更来さん羽衣さんは元気ないね。特に、羽衣さんが。
低木の林から蔦に覆われた館が垣間見える。あそこが東の離宮だな。
西の通用口につながる道に進まず、表に回る道へ進む。
正面入口から離宮に入り、ミヤビ様の居室へ向かう。
「殿下は、食事中でございまして⋯⋯」
「構わぬ」
ミヤビ様の居室前、離宮付き侍女の断わりを陛下は一蹴する。
「あの、それが⋯⋯」
「どうしたと言うのだ?」
朝の食事にミヤビ様がえずき、その対応で混乱しているとドア前で侍る侍女が口憚る。
「今、典医を向かわせているはずじゃ」
「はい、こちらも連絡を取っております」
食事ひとつに右往左往しているな。これは良くない。
「調理場は?」
側でおろおろする侍女さんに調理場の場所をを聴いて、護衛たちと向かう。
護衛たちは外で待ってもらい、調理場へ入って手持ち無沙汰のメイドを捕まえ指示する。
「梅干し、あと、柚子かスダチなど柑橘類の風味付けできるものを」
お米はあるだろうから、お粥だ。食べ飽きてるかも知れないけど緊急避難的にやるしかない。
小さいお鍋にお米に水、昆布の切れ端を入れて煮込む。土鍋が良かったけど仕方ない。
火加減を見ながら、梅干しから種を取り除きスプーンで潰す。見かねてメイドさんがヘラで潰してくれる。出来た梅干しペーストを手塩皿に盛る。
鍋からプツプツ、泡が湧いてきたので昆布を取り出し、弱火で煮詰める。米粒がふやけて来たら火を落として放置。
洗った柚子の皮を剥き、内綿を取り除いたものを細切りして加減しながら鍋に加え、塩で味を調える。
「うん、柚子も主張し過ぎないし、いい塩梅」
丸いお盆にお粥を盛ったお茶碗と梅干しの手塩皿、レンゲを載せてミヤビ様の居室へ急ぐ。
部屋では、渋い顔をしたミヤビ様を、白髪交じりの白衣を着た女が聴診器で診察している。
看護師は、青や黄色い採血管をまとめて保冷バッグに収めている。
それを陛下やレニ様、ヒセン様、侍女たちが見守ると言う針の筵状態だ。
部屋の入口で佇み通せんぼでは邪魔だろうと、隅へ移動して護衛たちと診察が終わるのを待つ。
ミヤビ様たちは、ボクたちを気にしている。特にボクの方、お盆の料理を気にしているみたい。
柑橘系の匂いが届いたのだろう。他の人たちも見回してボク(の持っているお盆)を見、かけた黒メガネを訝しく見る。
「──それで、どうじゃ?」
「いえ、まだなんとも。血液検査の結果次第ですが、おそらく⋯⋯。いえ、まだ判断しかねます。しばらく安静になさってください」
「──まだるっこしいのぉ。速断できぬものか」
「無茶を仰らないでください」
「ぐぬぬ⋯⋯」
「もう良いか? キョウ」
医師に可否を聴き、ミヤビ様が呼ぶ。
「はい」
「──此方へ。その香りが気になってのう」
ミヤビ様は、ボクのサングラス姿を訝しみながらも待ちわびている。




