199.〝くさい仲〟
陛下がドアの側にいる内に後始末を⋯⋯って、紙が見当たらない。ペーパーホルダーが有って然るべき便座の回りには何もない。
目を凝らすと壁に四角く溝が彫られている。まるで引き出しのような⋯⋯もしかしてビルトインの仕掛けがされているとか?
座ったまま体を傾け手を伸ばすが、辛うじて爪が引っ掛かる程度。
ずり落ちないようスウェットを押さえながら試みるが、こりゃ無理っぽい。
「一人では無理であろう」
「ひやっ! びっくりした~」
近付いた陛下が壁から引き出しを引っ張りだす。その中から蓋の無い木製の文箱みたいなのを取り出し、ボクの前に差し出す。
箱の中には薄い紙が積み重なっている。
「これは⋯⋯、トイレットペーパー?」
「まあ、そうじゃ。落とし紙という」
「へえ~⋯⋯」
一枚取って見る。草花の透かしが入っていて良い香りがする。
「早く済ましてしまえ」
「は、はい」
素早く拭き取るとスウェットを穿き直して立つ。
「そこの壁が手洗いじゃ。余も決壊寸前じゃ、早うせい」
「え? はい」
反対の壁を弄り回し、四角いパネルを跳ね上げると中に手洗いが出現、そこで手を洗う。
その上のパネルを陛下が跳ね上げるとハンドタオルが積まれており、差し出されたタオルで手を拭く。
その隣を引っ張るとスライドして、プラスチックのゴミ箱が現れ、それにタオルを収める。
「交代じゃ」と言って文箱を渡された。
「ええ~?」
「じゃから、一人では出来ぬと言ったであろう?」
有無を言わさず、さっさとスリップを捲りショーツを下ろすと用足しを始める。
慌てて、彼方を見て待機⋯⋯。いや、ちょっと待って?
「待機している侍女さんに頼めば良かったのでは? 呼んで来ましょうか?」
「そなたは、余と連れションは嫌か?」
「⋯⋯⋯⋯」
陛下のお口から連れションって⋯⋯。嫌です、とは言えないのがつらい。沈黙で返す。
「そなたとは、臭い仲となったワケだが」
「騙しましたね?」
「何を騙したと言うのじゃ?」
「侍女さんが普通お世話するのでしょう」
「紙を」
「あ、はい」
彼方を見ながら落とし紙の箱を差し出す。
「──侍女さんと交代すれば良かったのでは?」
「そなたは、侍女に見られる方が良かったのか?」
「いえ、そう言うことではなく」
「終わった。寝直しじゃ」
「もう⋯⋯」
手洗いも終わり、はぐらかされる。
共に寝室に戻り寝直しだけど、陛下の隣で抱き枕にされる。抵抗がなくなってるって拙くない?
此度、ドアに鍵は掛けられなかった。
朝、祝詞で目覚める。
「朝から大変なのですね」
正座して拝聴する、ベッドの上だけど。
「余の務めじゃからのぅ。国と臣民の安寧を祈るしか余には出来ぬ故⋯⋯。惚れるではないぞ?」
拝み終わった陛下が答える。
「崇敬しかけて足を踏み外し、底なし穴に落ちました」
何だこの、残念女帝。
ドアがノックされ、外から朝の挨拶を受ける。
「朝食の準備が出来ましてございます」
「分かった。余は、日課の素振りをするが、そなたは食事するか?」
「では、食事を」
「キョウ殿に食事を。余には、作務衣を持て」
ドア向こうの侍女へ言う。
「畏まりました」
陛下は、侍女たちに作務衣に着せ替えてもらい、陛下は寝室を出る。
見るとはなしに見ていると、がっちりブラで固めていた。やはり、胸が大きいと大変だな~と思っていると、何やら得意げにボクを流し見る。
いや、見たかったんじゃないですよ。そんなに大きい女が回りにいなかっただけなんです。
単に興味があっただけなんです、本当に。
枕元のお護り刀を携え、隣の部屋・リビングに移り給仕された朝食を頂く。
ご飯、味噌汁と焼き魚に香の物と、和食の献立だ。
朝は和食が嬉しいな~、でも作ってくれている人は大変だよな~などと思いながら頂いていると外が騒がしくなってきた。
笹さんたちが駆け付けたようだけど、部屋には入れて貰えないでいる。
「笹さんたち、おはよう」
ドアを開けて顔を出すと侍女たちと笹さんたちが対峙していた。
笹さんたちは安堵の表情を見せ、侍女たちは諦念を表しドアの前を空ける。
「キョウ様、ご無事で⋯⋯」
「あ、おはようございます⋯⋯」
「は~、寛いでいますね、キョウ様⋯⋯」
護衛たちは、切迫した者や平静な者、三者三様の言葉を返す。
確かに、人様の家でスウェットを着ていたら拍子抜けするよな~、ちょっと反省。
でも、この格好はボクが選んだワケじゃないから。
「みんな、ご飯、食べた?」
「いえ。取るものも取りあえず参りました」
「私は食べてからでも良いって言ったんですけどね~」
「何を言ってる。主の顔を見るまでは、食事も喉を通らぬであろう」
「食べてくれば良かったのに」
「キョウ様⋯⋯。あなたの危機感はどうなっていますか?」
「ごめん、危機感なくて⋯⋯」
陛下が案外、淑女だったんだよ。
「だから、何もないって言ったろう」
「やれやれ⋯⋯」
何か護衛たちに不協和音が鳴っている。
「ボクは今、ご飯食べてるから。食べておいでよ。その後、帰ろうよ」
あ、ミヤビ様たちにも挨拶しないといけないか。
「はあ~、キョウ様⋯⋯」
「だから、頭お花──泰然とされてると言ったろう」
「安心したら、腹減りました」
「では、食事後、お迎えに上がります」
「いや⋯⋯。そうだな~、ボクがそっちに行くよ」
「いえ、お迎えに上がるまで動かないでください」
「でも、四人で来るのは大変でしょう?」
「いいえ。キョウ様が動かれると厄介ごとが舞い込む可能性が高いです」
他の護衛たちが「ああ~」と納得している。失礼な、トラブルなんて⋯⋯ちょっとはあったかも知れないけどさ~。スミマセンねぇ〜。
「そんな、人をトラブルメイカーみたいに」
「そうですね~。トラブルを作ってはいませんが、吸い寄せていると思います」
「それは納得する」
「ひどい。それって周りが悪くてボクは全然悪くないじゃん」
「お話が決着しそうなところ、残念ですがキョウ様は奥殿から出ることを禁止されております」
まとまりそうだったのに、侍女さんの宣告にボクたちが凍る。
「──それに、無断で奥殿に立ち入ることは出来ません。今回は、致し方なくお通し致しましたが、今後は許可を受けてから赴いてください」
まあ、許可は下りませんけどね~、と年かさの侍女さんが不穏な呟きを溢す。
「え~~? 笹さんたちは、ここに泊まってるんじゃないの?」
「⋯⋯いいえ。迎賓館、です」
「それって近いの?」
「いえ⋯⋯」
「お分かりになりましたら、即刻退去してください」
「じゃあ、ボク──私は、どうやって外に出るの?」
「畏くも陛下が許可されれば、あるいは。基本、奥殿に入られた殿方は、ご逝去なされるまで出ることは罷りなりません」
「そんな~⋯⋯。知らないよ。知ってたら入らなかったのに~。騙された」
詐欺だ、詐欺だよ。送り付け詐欺だ。パーティー詐欺だ。
「わたくしどもは、与り知らぬこと。粛々と業務を熟すのみでございます」
「抗議する! 陛下はどこ?」
「中庭で木刀を振っていらっしゃいます」
「中庭ってどこ? 案内して!」
「先ほども申した通り、お外へ出ることは罷り──」
「もういい! 勝手に探す」
「キョウ様!」
笹さんが懐の黒メガネを投げて寄越す。
「笹さん、ナイス!」
「あの、それは?」
侍女さんが訊くが無視して装着。
「館内外の見取り図は⋯⋯」
アクセス⋯⋯出来ない。小癪な!
この(セキュリティの)正面ドア、堅いな⋯⋯別のドアは⋯⋯あった!
パズルになってるのか⋯⋯ここをこうして、そこをこうして⋯⋯⋯、解錠。
ドアの向こうは、通路が三つ。一つが正解、あとはフェイクだよね、たぶん。
ん~~、総当たりが確実だけど⋯⋯そうだ。身代わりを創って、やらせれば良いな。
身代わり三人を創り出し突撃させると二人は落とし穴、一人は炎に焼かれる。意地悪いな~。
ふ~む、炎の所は正解でもやり方が違うのか?
慎重に通路に入る。周りを観察しながら行くと隠し扉を発見。
その扉を通り抜け、進んで行くと分岐に打ち当たる。また身代わりを二人創って向かわせる。
一人は行き止まり、一人は分岐点に行き着き試行停止。そこに留まる。
分岐に行き着くといずれか片方へ試行するよう指示、行き止まりの一人を呼び戻して別れ道に急行する。
分岐点で合流した一人を残った通路へ向かわせる。また分岐点に至ると行き止まりの一人を呼び戻し、また二人に向かわせる。──迷路か!
そんなことを繰り返して、ようやく扉の前に着いた。




