198.ベッドでマッサージ
「えっ? ちょっと、えっ?!」
そしてまた、侍女に抱えられベッドの脇に移動する。
「それでは、ごゆるりと……」
「は、はあ?……」
若い侍女が懐刀を捧げ持って渡してくる。目まぐるしい移り変わりに疑問もなく受け取る。
渡し終えた侍女は、扉の前で横一列に並んだ他の侍女たちの列に加わり、会釈して部屋を出て行ってしまった。
きっちり、脱いだ着物一式にカツラも回収する徹底ぶりに言葉も無い。
ベッドには陛下がうつ伏せに寝転んで待機している。ローブを脱ぎ、両肩しか分からなかった薄衣が露になっている。
「キョウ、腰を頼む」
スリップ姿の陛下が声を発する。
「は、はい。でも……」
「どうした?」
上半身を起こし、こちらを一瞥する。ボクは持った懐刀の扱いに困っていた。
「おお、懐剣か。枕元にでもサイドテーブルでも置けば良い」
「はあ……。では、失礼して……」
サイドテーブルに懐刀を置き、ベッドに上がる。いや、いいんですか、それで?
陛下のお体までにじり寄り、その前で正座して、ため息を吐く。
どうして……唯々諾々と従っているのか。
気合いを入れるのと、それに反してそっと太腿を跨ぎ、腰に両手を突く。
「思いっきり、やって良いぞ」
「は、はい」
そう言われたからって、思いっきりは出来ないよ。特に腰は。
「……ふんぬっ!」
「痛かったですか?」
「いや、痛気持ちいい。続けよ」
「はい……」
「ふおっ……くっ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない……」
そんなに反応されると怖くって揉めないよ。
撫でるように、やんわりやんわり……。
「んくっ……んぬっ……のぁ……」
「…………」
「そ、そなたは……好い……男の子……よのぅ」
「そうです……か?……」
「そう、じゃ……余の……連れ合いなぞ……触れる……どころか……見ても……くれぬ……」
「それは……お淋しい……です……ね~?……」
「そう……なのじゃ……」
「…………」
笹さんの言った噂は、ほぼ正解だったらしい。慰めに言う言葉がない。
「大分、良くなった。前もやって貰えるかのぅ」
「えっ? 前と申されますと?……」
「この!忌々しい重しじゃ」
陛下が転がると、上半身を上に向け両手で胸を持ち上げる。同情していたのに台無しです。
「──単なる脂肪の塊じゃ。そなたなら容易かろう」
「いえ、わたくしには禁忌のところ故、致しかねます」
「そうであるか? 揺れる胸に目を奪われて居らなかったか?」
「いえ、全く……」
ギクッ。バレてた? ボクの回りでは御目にかかれない大きさだったので……。いや、ちゃんと見ないようにしたはず……たぶん。
「余は憎い。醜いこの塊が捥げてしまえばと何度思ったことか……」
醜いとまでは思われていませんよ、きっと。って、それはボクだからの印象か……。
「穏やかではありませんね。陛下の魅力は胸とは何ら関わりないと思います」
「そうか? そう思うか? ならば、その懐剣で削いでくれぬか? この肉塊を」
「…………」
言葉が出ない。思い詰めても、どうしてそんな猟奇的になるのかな~? なんか醒めて来た……。
「ほれ、ほれ? ……そなた冷静じゃのぉ?」
体を起こし見せつけるように胸を揺らしていたが、ボクが冷めているのを感じて陛下も戸惑う。
「──そなた、薬が効き難い体質か? 媚薬に耐性があったりするか?」
「……何の話です?…………。まさか、このお香が?」
不意に発した訝しさマックスの言葉で頭がすっきりする。焚かれていたのはリラックスするため、じゃなかったんだ。
「拙い……」
マズいって何ですか!
「謀りましたね、陛下? マッサージに託つけて胸を揉ませようとするなど、君主にあるまじき所業。じきに孫を持とうかと言う方が為さることですか?」
「……済まぬ。ちょっとした児戯じゃ。独り寝が淋しかったのじゃ。そなたならば添い寝くらいは出来ると思うて、な?…………。マゴとは何のことじゃ?」
「…………えっ?」
「えっ?」
し、しまった~~!! ど、ど、どうしよう……。
「──ま」
「ま?」
「馬子にも衣装とは、陛下のそのスリップ姿を言うのです! では、そう言うことで……」
「これ、どこへ行く? キョウよ」
すたこらとドアに駆け寄りノブを回す、が扉が開かない。ど~なってんの、これ?
「──何を焦っておる。ここは添い寝をせぬと出られぬ部屋ぞ?」
「どんな部屋ですか、それ?」
「連れ合いが逃げ出すもので致し方なく、な」
「出してください」
「諦めよ。余も流石に休まねばならぬ頃合いよ。何もせぬ故、そなたも休むが好い」
隣を叩いて陛下が誘う。
「今さら信じられません」
この状況で言われても虚言にしか思えません。
「然もありなん。じゃが余は眠る。眠るぞ?」
「…………」
マジで布団を被り、陛下は寝る体勢になりはしている。
何か方策はないものか…………。
あっ! 携帯で連絡して……って、着物ごと侍女さんが持って行っちゃってるよ。どうして懐刀が良くて携帯端末は没収なんだよ。
小一時間、打開策を考える、までもなく十分も経たずに諦め、ベッドに上がり隅っこで眠る。
いろいろ在りすぎて疲れ、瞼が重くなっちゃったんだから仕方ない……。
◆
「キョウ、眠ったか?」
にじり寄ってキョウの鼻っ柱を摘まむ。反応はない。
こんな端に眠らずとも、何もせぬと言うに。
「まだまだ、子供よのぅ」
両腋に手を入れ、その体を引摺りベッドの中ほどに移す。
体を冷やさぬよう横に並んで布団を被る。
「マゴ…………」
──孫? まさかな……。
◇
息苦しいな? どこだ、ここ。暗くて何も見えない。
「ぷはあ~」
何だ、このウォータークッション?から顔を引き抜く。その上、左脚が挟まって……。
「よっと!」
「うふん!……」
──抜けた。何だ、このクッション、喋った。
…………こいつ、じゃなくって陛下?
な、なんでこんなことに? いや、確か離れて眠ったはず。油断も隙もない。
「そんなことより……」
オシッコしたい、切実に!
そお~っと布団から脱け出して……。
ドアに寄ってノブを回す。やっぱり、ドアは開かない。
あと、残る扉はクローゼット。外には出られない。
困った。漏れる。良い年して粗相なんて洒落にならない。
くう~~~っ、げ、限界が~~!
「トイレか?」
「ぎゃ~~!」
股間を押さえて、くねくねダンスしていたら声を掛けられた。
「脅かさないでください。危うく漏れ──何でもないです」
「余も催した」
「では、早くドアを開けてください」
「部屋を出る必要はない」
「部屋を出ないでどうするんですか?」
「これじゃ!」
そう言ってベッドの下から、細長い容器を取り出して見せる。
「尿瓶じゃないですか!」
「そうじゃ。そなたに先を譲ろう。有り難く思え」
小刻みに足踏み、いや地団駄を踏む……、もう限界。
「──はあ~、仕方ないのぉ」
そう言い、陛下はドアに近寄り外へ話しかける。
「──不浄じゃ。錠を開けよ」
カチャリと錠が外れる音がして、ゆっくりドアが開く。
ボクは、開けようとしていた侍女を強引に押し退けて外に出る。
「──そなた、トイレがどこか知っておるのか?」
そ、そうだった!
「どこですか?」
「廊下に出て正面じゃ」
小走りで隣のリビング?のドアを開けて廊下に出る。
取りあえず正面のドアを開け飛び込む。
「え~~?」
小部屋の奥にぽつんと便座があった。
いや、個室にはなってるけど空間の無駄遣いでしょ?
広すぎて居心地悪いわ!
便座に駆け寄り、スウェットの紐を解いて座りひと息つく……。助かった。
大人の尊厳は保たれた、辛うじて。
「済んだか?」
「ひえっ?!」
人心地ついたタイミングで声を掛けられ正面を見る。
トイレのドアの前に陛下がいた。
「どうして使用中のトイレに入ってくるんですか? 出ていってください」
「鍵は掛かっていなかったのでな」
「それは……、それどころじゃなかったので忘れたんです~」
「まあ、ここは鍵が掛からぬのだがな」
「はあ? 個人の尊厳は?」
「余にそんなものは無い。不慮の事故が起こると回りが困るであろう」
言ってる意味が分かりません。それじゃ寝室はどうなんですか~? って、アレは営みを強制するためか。
「それに……」
「──それに?」
「一人でトイレは困るであろう?」
──はい? また意味が分かりません。




