196.やんごとなき所、奥殿にて
絨毯の敷かれた廊下を奥へと歩く。入構して来た時と同じく、ミヤビ様集団にボクたちの集団が続く並びで進めている。
ヒセン様の着物は赤を基調にした風景画のよう。空の青から裾へのグラデーションが美しい。珊瑚らしき桃色の簪で金細工の小魚がぶら下がっている。
焦げ茶の大きな扉の前で止まり、執事然とした女がノックして中にお伺いを立てる。
「入れ」
入室を許す凛とした声が聴こえる。
「……」
執事の女は、言葉を発さず手のひらで入室を促す。
さて、どうなることやら……。
ミヤビ様とレニ様、ヒセン様は部屋に入って行く。
ミヤビ様たちの護衛はドアの左右に分かれ待機するようだ。陛下の私室なら当然か。
てことは、ボクの護衛も入室できないよな。
「笹さんたちは、待機しててね」
「それではキョウ様が……」
「笹さん、ここで無理は利きません」
気更来さんが笹さんを宥めてくれる。その気更来も沈痛の面持ちなんだけど。
聖殿の奥の建物に護衛を連れて入れたのも奇跡に近い気がするし、ここは一番安全だと思うんだけどな~。
それでも刃物はダメだよな~、と思いつつ帯の上から懐剣を撫でる。ダメなら館に入る時点で取り上げられるだろうし……。
表情を変えない執事さんの心中は窺い知れない。取り上げると言われれば渡せば良いか……。
大丈夫だよ、と告げてミヤビ様たちに続いて部屋に入る。
それと入れ代わるように内側で控えていた侍女たちが部屋の外に出ていく。
「まったく、そなたは──」
「母上は、過保護ですぞ」
ミヤビ様たちは叱責されるでなく、閑談を交わしている。ボクは、腰を曲げミヤビ様たちの後ろに付く。
「で、その者が喜多村の? 申し開きにマサキに参れと申したはずだが」
「具合が優れぬ由、喜多村マキナの良人・キョウを名代として同道させました」
「ほう? マサキは相変わらずか。マキナと言うと、そなたの同窓生であったな。男の子を差し出したのかと思うたぞ」
「はあ……。マキナは親友であります」
ミヤビ様がため息を吐いている。ボクって贈り物なの? 人質? 人身御供?
「これ、キョウとやら、此方へ」
しかし、キョウ、キョウ……、いつぞや聞いた気がする、と呟きつつ陛下が呼ぶ。
助けを求めミヤビ様を上目遣いで窺うと、振り返って行け行けと目で勧めてる、たぶん、きっと。
「……ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。マサキの名代を命ぜられ罷りこしましたキョウにございます」
ミヤビ様に横並びの一歩後ろで名乗りを挙げる。
「──此度のご心痛を招きましたのは、偏に喜多村の不徳の至り。伏してお詫び申し上げます」
「ほう、能くぞ申した。見上げた男の子よのう。もそっと近う」
そっとミヤビ様を下から窺うと頷いている。いいのかな~?
二歩進んでミヤビ様の横列から前に出る。
「もそっと此方へ」
焦れて、再度お声がかかる。
また、斜め後ろを窺ってみるとミヤビ様は相変わらず。もう二歩進んでみる。
視線の先にソファーに座っている陛下の足許が見える。ファーのスリッパから素足が伸び、ローブの裾が見える。
「面を上げ、良く見せてみよ」
「畏れながら、匹夫の顔など御目汚しかと存じます」
「良い良い。容色の違いで区別するなどと思われて居るとは、不明を恥じねばならぬ」
「は、はあ……。決して御心を疑っての卑下では……」
意を決して、腰を伸ばし姿勢を正す。
柔和なお顔、ミヤビ様が年経ればそうなろうかと言う容貌の方だ。まあ母子だから当たり前か。それよりもお胸が……、その大きさに目を奪われそうになる。
「マサキめ、白虎を背負わせて寄越すか……」
陛下がぽつりと溢す。
「何でございましょう?」
「何でもない……。よう参った。キョウとやら、どこぞで会うたかのう?」
「いえ、初めて御目にかかりました」
「母上、テレビで御覧になられたのでは?」
「テレビ……。しばらく前に騒いでおった、あれか」
陛下まで知られちゃってるのか。サガラめ~。いや、サキちゃんの所為か~。
「不徳の至りでございます」
「それで、娘が世話になった。放蕩を尽くしておるが此度は連絡も付かず、いささか気を揉んでおったのだ」
「それは、妾が秘匿しておりましたので」
ミヤビ様が弁明してくれる。
「それにしても、だ。居所は知らせよ。護衛を責めても無事としか答えず、埒が明かぬのではな」
「申しわけありません」
「して、体調が優れぬとか。明朝、典医に見せるが良い」
「そう致します。下がっても良いでしょうか?」
「うむ。夜も更けた。休むが良い」
「では、私たちも下がらせていただきます」
ミヤビ様が退室を告げ、レニ様たちも続く。
お咎めらしい叱責もなく、万事収まり解散できる。特にミヤビ様のご懐妊にまで吐露せずに済んだ。
ヒセン様がおとなしいのは気味悪いけど。
「では、わたくしも……」
ミヤビ様たちが下がるのに併せて、ボクも下がろうと腰を折り、一歩二歩と後退したところ待ったがかかる。
「キョウよ、今しばらく話をせぬか?」
「はい?……。わたくしが、ですか?」
陛下が柏手を打ち、何か指示する動作が視界の端に映る。
「母上、もう夜も更けてまいりましたので……」
伏せた顔で後ろを窺うと、ミヤビ様たちは扉の辺りで留まっている。
「そうなのだが、寝入り端の無聊は慰みが無くてのう」
「キョウの帰途に時間もかかりますので──」
「奥殿にて休めば良い。今宵は泊まり、朝、悠々と帰ればよい」
(宿泊の)準備をさせておる、と追い討ちをかけられる。
「さあ、キョウ、此方へ」
手招きして陛下がボクを急かす。
助けて、ミヤビ様……。後ろを窺うとレニ様と揃って申し訳なさそうに退室されていく……、見捨てられた?
もうちょっと粘ってよ。
覚悟を決め姿勢を正すと、足を踏み出し陛下の前へ進む。陛下はソファーの隣を示される。
そこに座れと仰るのですか、ボクに。
「警護の者たちや家に断りを入れたいのですが?」
「そうか。存分にせよ」
もう絶対帰さない自信を感じる。ボクは絶対帰れない確信を得る、だけど、せめて悪あがきしないと……。
懐の携帯端末を取り出し、短文通信でサキちゃんに連絡する。
〔キョウです。夜、遅いので泊まって明日帰れって勧められてるんだけど、帰る方が良いよね!〕
〔何を言っておる。泊まると言えば離宮であろう。滅多に泊まることなど出来ぬ。泊まれば良かろう〕
〔違うよ。奥とかオクトノって言われてる所かな? 迷惑だから帰らないとダメだよね!〕
〔何じゃと! 帰らずとも良い。しばらく泊まってこよ!〕
〔え~? 明日も予定があるしマキナも困るよ!〕
〔奥と言えば陛下の御召しであろう。泊まる一択しかなかろう〕
ダメだこりゃ。話にならない。通話でマキナに連絡しよう。
『どうした?』
マキナは、まだ起きてくれてた。
「良かった。夜も遅いから泊まれって言われてるんだけど、帰った方が良いよね?」
泊まれって言う人の前だと気が退けて陛下に背中を向け、こそこそ話す。お尻を向けて話すのは、それはそれで失礼だけど。
『あ~……、そうだな。泊まってくれば良いんじゃないか?』
うーん、この、サキちゃんとの温度差よ……。
「ほら、明日の予定もあるし……、ボクが居ないと、その、夜も寂しいよね?」
『いや、気にするな。切羽つまった予定じゃない。子供じゃないんだから一晩くらい大丈夫だ』
「いや、でも、お腹も心配だし、一緒に居る方が良いよね?」
『まあ、確かに。初めてだしな。でも、サザレたちが居るし心配ないぞ』
「うぐっ。ボクが居ないとタンポポちゃんたちも寂しいんじゃないかな~?」
『キョウ、お前おかしいぞ? そっちで何か問題があるのか?』
「いや、それは、無い、けど……」
『それじゃ、遅いし、お休み』
「……お休み」
分かってよ、マキナ。




