195.聖殿へ向かって……
「思ったより御壮健のようで安堵いたしました」
車内の仄昏い明かりの中、ヒセン様がミヤビ様に言う。
人の配置は進行方向に向くミヤビ様とヒセン様。進行方向に背を向けるレニ様とボク。
「そうでもありませぬぞ、ヒセン殿。昏い中では顔色が分からぬではありませぬか? 今宵だけでも静かに休まれれば回復されたものを」
「何をおっしゃる。木っ端貴族の屋敷などに長居されることこそ体調を崩すと言うもの。ねえ、ハノリ殿下」
ボクも同席してるってのに険のある言い分だね。
「…………」
ミヤビ様は無言。違うと言ってもらえれば少しは風当たりが緩くならないかな。
「喜多村では充分、歓待されました。木っ端などと蔑むのはお門違いですぞ。ねえ、義兄上」
「…………」
レニ様、こっちに振らないでください。喜多村を擁護したいけど答えられません、そんなこと。
分かりにくいけどヒセン様は、表情が険しくなったように感じる。
「何ですか、レイニ殿? 兄上とは?」
「キョウ殿に心服して義兄と呼んでいるまでのこと」
なんで心服されたのかボクも不思議です。
「むむむっ……。キョウとやら、レイニ殿をどう籠絡したのかは知らぬが、我は容易くゆくとは思わぬようにな?」
「籠絡などと、滅相もありません。なぜかレニ様に懐かれまして──」
答えているとレニ様がしなだれかかって来て左腕に絡みつく。
「な……」
「な?」
ヒセン様の言葉にオウム返ししてしまう。それと離れてください、レニ様。左肩に乗ったカツラが重いです。
「な、なんとハレンチな! それにレニなどと呼んで! 身を弁えよ!」
ハレンチって。どこか倫理に悖るとこ、あった?
「仰る意味が分かりません。レイニ様がレニと呼べと申されたので、そうしているのです」
「レイニ殿、離れませ! 我ら、ハノリ殿下に仕えるもの。男の子と不必要に触れ合うものではありませぬ。ふしだらですぞ」
「ええっ? 仲好しなら、これくらいは普通では?」
え~、今度はふしだらですか? ふしだらとまでは言い過ぎです。
レニ様とは、一方的に仲好くされてるだけですが。
「そうですぞ。蓐の上では、そなたとも肌を合わせたのでは、ありませぬか」
「それは……、必要に迫られ及んだだけのこと。ハノリ殿下にお子を授けんがため」
「なるほど、ヒセン殿とは肌が合わぬのは自明であったのだな」
「は?……それは、一体、どう言う……」
「義兄上とは合一を果たせましたぞ」
「なっ?!」
また、「な」の一言を発したのを境にヒセン様が固まってしまった。
「レニ様、ヒセン様がフリーズしちゃってますけど」
「しばらくすれば正気に戻るであろう」
良いんですかね~。まあ、険のある物言いばかり聞かされるよりは良いんだけど、正気に戻った時が怖い気がする~。
今、考えても仕方ないけど、未来のボクに期待しとこう。
車内は重苦しく話も弾まず、わずかに道の継目を越えるロードノイズだけの時間が過ぎる。
「ミヤビ様の母上・陛下の元と言うと聖殿になるのでしょうか?」
「うむ、そうであろうな」
「では、到着次第、謁見となるのでしょうか?」
「この深夜である。母上は夜更かしはせぬ。朝が早いからな。謁見とは行かず朝までは繰延べであろう」
それってフラグってヤツでは? 呼び付けておいて朝まで延期とかしない気がします……。
「ミヤビ様は、可能な限り体調不良っぽくしてくださいね」
「むぅ? なぜだ」
「勿論、憐憫を誘いお咎めを緩めてもらうのです」
「そなた、策士だな」
「流石です、義兄上」
「あと、そうですね~、雲行きが芳しくない時は、ここぞって所で──」
お腹を擦って見せる。
「──体調不良の原因を曝露するか、でしょうね~」
「う、うむ」
ミヤビ様に合わせてレニ様も頷く。
「レニ様もミヤビ様に合わせてミヤビ様を労ると効果抜群ですよ」
……たぶん、だけど。
「うむ、分かった」
「お二人で、やる際の目配せやサインなどを打ち合わせて置いてくださいね?」
「何を謀っておいでなのです?」
おっと! 復活したヒセン様が、発言する。
「わっ! ビックリした。これ以上、ミヤビ様の体調が悪くならないためですよ。お母上のみならず、皆さんの得になること無いでしょう?」
「それは、そうじゃが……」
ヒセン様の表情が曇る。
「本来ならば、ミヤビ──ハノリ殿下は、もうひと月は心安らかに過ごされるべきだったのです。それを無理やり車などで移動されて大事になれば誰が責任を取るのでしょうか?」
「そうは、ならぬであろう。今は殿下も平気のようではないか」
「ハノリ殿下、いえ、ミヤビ様、ヒセン様にぶっちゃけましょう」
「…………キョウ、そなたに委せる」
重々しくミヤビ様が許してくれる。
「ヒセン様──」
「な、何じゃ?」
「──殿下はご懐妊あそばしました」
ヒセン様に向き直り目力を込めて言う。
「な、何じゃと?!」
「──殿下の体調不良は、いわゆるツワリでございます」
「そんなバカな……」
「そう、お認め難いことが起こったのです! 殿下には安静が必要なのです! もし大事が、流産などと言う事態が起これば! 誰が責任を取れると言うのでしょう!?」
目線を離さず、ゆっくりとヒセン様に迫り語威を強めながら言う。
「わ、我は…………」
「幾星霜、待ちに待ったお子が流れるなどとなれば! 殿下のみならず陛下の御心痛は、いかばかりか……。殿下をお預かりした木っ端貴族たる喜多村は一族郎党!…………。嫡子・喜多村マキナの愚夫たるわたくしは、言わずもがな!……、覚悟が出来ております!」
懐刀を握り締め、帯から抜く素振りをする。
哀れ、ヒセン様は白眼を剥いて座席に倒れてしまった。
「そなた、エグいのぉ」
「ヒセン殿をやり込めるとは。さす義兄」
「これもミヤビ様、延いては、お子のためです」
「キョウ……」
「義兄上……」
お二人は感極まった様子だけど……。
まあ、とばっちりで喜多村に類が及ばなければ良い。こっちには、マキナとお腹の子が居るんだもん。
ミヤビ様のお子もそうだけどマキナの子も護らなきゃ! 絶対。
はったりだろうが何だろうが、何でもするよ。
車はするすると進んで行く。真っ直ぐ進むのが右へ左へと転回するのを感じていると少し上り坂に入り、門を潜ると車寄せに停まる。
「着きましたか?」
「うむ。奥殿か……さもありなん」
ドアが開けられると外から手を差し出される。その手を取って車から降りる。
ドアを開けてくれたドライバーが控え、介助してくれたのはフットマンらしき女が手を貸してくれていた。
「ヒセン殿、ヒセン殿。着きましたぞ」
「う~ん、う~ん……」
「レイニ、妾が起こす。先に降りるが良い」
「承知いたしました」
次いでレニ様がフットマンの手を借り車から降りる。
「ヒセン、ヒセン! 起きぬか」
「はう…………、殿下。はあ~~。嫌な夢を見ていまし、た……」
寝ぼけ眼で周囲を見回し、車外から見つめるボクを見てヒセン様は身を強張らせる。
「奥に着いた。降りよ」
「は、はい」
やっと車を降りられたヒセン様がおかしい。ボクを避けて離れている。いやまあ、彼の距離感はそうなのかも知れないけど。
「では参ろうか。ヒセン、母上は居室であろう」
「……はい。おそらく」
「はい。陛下は居室でお待ちでございます」
ヒセン様に続きフットマンの方が答える。いや、姿からすると執事とかかな。
その女の先導で屋敷に入る。次いで、レニ様に脇を支えられたミヤビ様、反対にはヒセン様、護衛の人々。遅れてボクとその護衛が付いて行く。
玄関フロアには少なからずメイドたちも集まり頭を垂れ迎えてくれている。
「護衛の皆様は、こちらでお待ちください」
玄関から廊下に入った所の部屋のドアを開け執事さんが笹さんたちに言う。
その中を覗くと、ソファーセットとサイドテーブル程度の殺風景で待機するためだけに設えられた部屋だ。
「我らは、キョウ様と分かれる訳には行きません」
笹さんが決然と言い打木さんたちも、それに倣う。
「そう言われましても」
「矢内、妾が保証する。その者たちは、悪さはせぬ。このキョウが心配なだけだ。母上の私室の前までは通してもらえぬか?」
「そこまで殿下が仰るなら……」
ミヤビ様の取り成しに執事・矢内さんが折れ、ミヤビ様たちの護衛・戸隠さんたちに目配せする。
まあ、うちの護衛を警戒しろよ、って指示でしょうね?




