194.スーパー・サザレ覚醒
「そんなに見つめられると、脱ぎ難いんですけど」
「んふっ──それもそうですね」
そう言うと偏執の人は、扉まで下がって背を向ける。
「……ふうっ」
それを見届けるとスカート部を捲ってワンピースを脱ぎ、体の前で抱える。
「脱げました」
「はい……。まだ肌着が残っていますよ」
振り返った彼女が、ボクを上から下へ眺めると非情に言う。
って今、手に持った携帯端末を後ろ手に隠しましたね?
「──キャミソールとショーツもお願いします」
「ボクは、ショーツは穿く派なんですけど」
「そうですか……。(和装に)素晴らしいショーツもご用意いたしておりますので………、どうぞ」
箱から取り出されたのは黒いショーツ──って、手に取って見るとヒモかと見紛うTバックだった。
着物の上から分からないようTバックは有効だろうが、これは過剰な代物じゃない?
「──肌着も着替えるのはマナー、と思われます」
「うぐっ」
確かに……正論だ。
別に脱ぐのは構わない。お風呂などで必要性があり皆が脱ぐのであればの話。
よく知らない女と個室で二人っきりと言うのは、かなり勇気がいる。尚更その相手がボクに執着している人ならば。
身を隠すように体を横に向け、ワンピースをベッドに置くとキャミソールに手をかける。
と、遠くから靴音が聞こえ扉に風圧がかかるのを感じる。
その靴音が部屋の前で止まるとドアノブがガチャガチャと音を立てる。
「キョウ様! いらっしゃいますか?! マサゴ、ここを開けなさい!」
部屋のドアを繰返し叩いて叫ぶ聞き慣れた声が廊下から聴こえる。
「げぇっ!」
偏執の人──マサゴさんがメイドにあるまじき声を上げる。
「サザレさん?」
「キョウ様! マサゴ、直ちに開けなさい!」
「は、はひぃ!」
悲鳴に似た答えでマサゴさんが、慌ててロックを外し扉を開ける。この人、いつの間にか鍵をかけていたのね。
解錠されたと分かるや、勢いよく開いた扉の向こうには肩を怒らせたサザレさんが息を弾ませ立っている。
「キョ、キョウ様が、お出掛けの着付けをと申されて──」
「それがキョウ様を個室に閉じ込める理由になりますか?」
「…………いいえ」
意気消沈してマサゴさんが答える。
「サザレさん、まあそれくらいで」
「いいえ。近ごろ増長して居りましたので確り釘を刺して置かねばなりません」
「はあ……、そうなんですか?」
「ええ……。しかし、今は時間がありません。わたくしの自室に移って続けましょうか」
「はい、お願いします」
「では、こちらへ」
ベッドのシーツをボクに被せると先導するサザレさんに付いて行く。
宿舎の西の端の部屋に着くと扉を開け明かりをつける。
「少々こちらで、お待ちください」
「はい」
サザレさんの部屋はマサゴさんの部屋より少し大きく、ソファーが追加されているくらいしか違いが分からない。
十分ほど後、衣装ケースを抱えてサザレさんが部屋に入ってくる。その後ろに箱を抱えているマサゴさんを連れていて驚いた。
「さて……、やりますか──」
二人が背を向ける中、肌着を替える。渡されたのは、真紅のTバックとチューブトップ? ビスチェ?だった。
さっきと殆ど変わってないだろ?って思えるレースでスケスケですよ? でもまあ、着物の上から目立たなそうだから良いか……。
「着替え終わりました」
「うっ!…………」
振り返ったマサゴさんが嘆息する。
「──流石、メイド長。いや、メイド超」
サザレさんは得意げでマサゴさんに頷いている。
君たち、聴こえてるから。こっそり言ってもバッチリ聴こえたからね?
それから怒涛の着付けが始まる。 余裕のあったビスチェがぴたっと締められ、襦袢、肉パッド、小袖を重ね着物を羽織る。マサゴさんに足袋を履かせてもらいながら。
サザレさん、マサゴさんの二人で帯を巻いてもらい香箱締め、帯締めをしてフィニッシュ。マサゴさんに草履を履かせてもらう。
完了と思いきや、ベッドに腰掛け、マサゴさんにカツラを着けてもらい、ザクザクとサザレさんが簪を刺している。
クローゼットから姿見を取り出してきて見せてもらうと見事な銅鐸が現れる。
あるいは、アイアンメイデン。どうせボクは寸胴だよ。ほっとけ! 肉パッドで凹凸を無くしたからだよ、当然だ。
着物はほぼ白一色だけど金糸銀糸で縫われた模様が、ぱっと見で分からないけど光の当たり具合でキラキラして綺麗だ。
刺繍は犬? 分かんないけど四つ足の獣かな? と思ったら、帯の模様が獅子? 虎?だからそれだろう。
カツラの御髪は横に張り出して重い。簪がいっぱい刺さっていてロボットみたいだよ。
「宜しいです、ね。それではお館様の所へ寄って御護りを戴きましょうか?」
「御守り? いや、別に要らないけど」
「なりません。喜多村の名代として覚悟を見せませんと」
覚悟って何? 意味不明とか思ってたら御護りって刃物らしい。護身用と自刃用だって……そんなの御免被ります……。
サザレさんに導かれ、本館サキちゃんの部屋へしずしずと歩いて行く。
「喜多村の命を預ける。頼むぞ、キョウ」
サキちゃんの居室で厳かに御護り刀を授かる。
その御護り刀を帯に差し、ミヤビ様の居室に戻る。ここまで導いてくれたサザレさんとは、お別れ。
「はあ~~、疲れた」
草履って歩きにくい。着付けより歩いてくるのに疲れたよ。
「ただいま戻りました」
ミヤビ様は白いスーツに着替え終わり、レニ様はカツラを調えている。
「おお、キョウ。見事だ」
「義兄上、惚れ直しました」
何言ってるんですか、レニ様。惚れ直さないで。いえ、惚れないでください。
身支度が調った三人でリビングに移り、その時を待つ。
もう深夜に差し掛かる時刻。眠気を抑え、その時を待つ。……待つ。…………待つ。
暇なので雑談したり、携帯を弄ったり、御護り刀を鞘から抜いたり戻したり。
だーーー! 飽きた。もう、横になろうかと言う時に携帯端末が震える。
〔来られたようじゃ。キョウよ、頼んだぞ〕
〔分かりました〕
サキちゃんの報せに返信して、ミヤビ様たちにも告げる。
「ミヤビ様、レニ様、来られたようです。参りましょうか」
「うむ」
「行きましょう」
廊下に出ると、笹さん、打木さんのほか、気更来、羽衣の両人も待機している。
マキナの雇った歩鳥さん、斎木さんの二人は転籍中で不在だったかな?
「笹さんたちも付いてくるの?」
「当然です。護衛ですので」
「夜勤になっちゃうよ?」
「お任せください」
「夜は本分です」
「分かりました。お手間かけます」
「も、勿体ない……」
「キョウ様……」
感じ入り過ぎだよ。涙をにじませそうな笹さんたちに微笑んで、しずしずと進む。一階に降りるとサザレさん始めメイドたちも集まっている。
サザレさんに手を取られ本館の中央から外に出る。
ちょうど前庭の隅から車が入って来ている。
館の前で二台の車が停まると、ドアを開けられ手を取ってもらい降りてくる人物が一人。ヒセンさんと思われる。
ミヤビ様、レニ様が前に出て出迎え、言葉を交わしている。
「キョウ、こちらへ」
話し終わると呼ばれ、そちらへ歩み寄る。
「そなたが名代の喜多村キョウか?」
「はい。不肖わたくしがマサキより名代を申しつけられましたキョウにございます。お見知り置きを」
「うむ、大義である。余は、金堂ヒセンじゃ。マサキ殿は逃げ上手よな」
うっ……バレてるよ、サキちゃん。
「──夜も更けてきた。分乗して参ろうか」
「はっ」
予定では、ミヤビ様たちとは別の車のはずが、同乗することになった。ミヤビ様、レニ様、達ての要望らしい。
ボクって針の筵状態じゃない。でも断われないので同乗します。
メイドたちに見送られ本館の前から出発する。もう一台のリムジンにはミヤビ様たちの護衛が乗り先行し、笹さんたちは喜多村のワゴンで付いてくる。




