193.ミヤビ様を拉致監禁?
重い足で五階に上がる。先行するサキちゃんの後を付いて歩いてだ。
「では、委せたぞ。くれぐれも──」
「ミヤビ様のご機嫌を損ねないように? 喜多村に(誘拐・拉致監禁の)嫌疑が掛からぬように?」
「分かって居るではないか。頼むぞ」
「は~い」
簡単に言ってくれちゃって……。気が重いけどやるしかないな。
努めて軽く返事し、ミヤビ様の居室前でサキちゃんと別れる。
「お邪魔──ただいま戻りました……」
あれ? リビングに居ない。寝室かな?
「キョウです。失礼します……」
寝室に顔を出すとミヤビ様がベッドに横たわり、そのお腹をレニ様が擦っている。
「おお、キョウか? 何だ、その格好は?」
おっと、エプロンを着けたままだった。急いで脱ぐ。
「ミヤビ様、今宵の食事はキョウ殿が準備されたそうですぞ」
「そうなのか? 大儀であったな。するするとのど腰良く食べられた」
「それは好うございました。それで、その、お母上やヒセン様?がミヤビ様を捜索されております」
「ふむ……、確かにそろそろ騒ぎだす頃であろうな? それが?」
「はい。ミヤビ様の行方不明が喜多村のせいではないかと。拉致監禁の疑いが掛かっているようで困って居ります」
「そんな大袈裟な」
そうなんだけど、このまま雲隠れを続けるとシャレにならなそうなんですよ。
「ミヤビ様は連絡を断っておられるので致し方ないのでは、ありませんか?」
「う、うむ。それでは連絡して収拾する故、安堵するが良い。レイニ?」
「承知いたしました。ヒセン殿に報せます。戸隠」
「ハッ!」
ヒッ!? びっくりした。
衝立の後ろから人影が現れレニ様の前に跪くと、懐から携帯端末を出すと操作する。操作が終わると捧げ持ってレニ様に渡す。
戸隠って、いつぞやの忍者っぽい人か。
受け取ったレニ様はつながるのを待ち話し始める。
「──レイニじゃ。ヒセン殿は居られるか?」
う~む、人に預けている携帯端末の意義とは?
「──そうじゃ、ハノリ殿下は此方にいらっしゃる。…………う、うむ。しかし体調を崩され今すぐというには行かぬ……」
う~ん、紛糾してる?
「──分かった。お出になるか聴いてみる故、しばらく待たれよ。──殿下、ヒセン殿が直接話したいと申して居ります」
「分かった。──ヒセンか? ああ、無事だ。…………今は動けぬ。そうではない。…………分かった。そうだ、喜多村本家の屋敷に居る」
話し終わったミヤビ様は端末をレニ様に返す。
「ヒセンは、どうしても迎えに来ると言う。動けぬと申すに。直接目にせぬと安堵できぬと申してな」
あ~、厄介ごとの雰囲気がぷんぷんする。
「あの~、ツワリだって言っちゃえ──仰れば良かったのでは?」
「そうではあるが、平静ならざる時に言ってもな」
まあ、確かに。隣ではまた、どなたかと話しているレニ様がいる。
「──うむ……。そうじゃ。安心なさるよう、お伝えするのじゃ。…………いや、代わらずとも良い。待て……」
端末から耳を離したレニ様が顔色を青くしてこちらを見る。
話し相手を陛下と代わると言われ、断わるが聞き届けられなかったらしい。
「──はっ! レイニでございます。はい……、はい……。少し体調が優れぬだけで…………。──殿下、陛下が直接話すと」
レニ様が弱りきって端末を捧げ持ち、ミヤビ様に差し出してくる。
「はあ~~」っと一息つくとミヤビ様が端末を受け取る。
「──母上、ご機嫌…………」
話し始めて言葉が止まる。端末を耳から離すとミヤビ様はげんなりしている。
端末からは、がなったキンキン音が漏れ聴こえる。
「母上、誘拐でも拉致でもございません。旧友と誼を深めていただけ。……はい、…………はい。決してそのようなことは、ございません。…………はい、ではそのように」
ミヤビ様は項垂れ端末をレニ様に返す。
「キョウよ、妾は直ちに帰らねばならぬようだ。事情を聴くのに喜多村マサキも同行するように、と。済まぬが知らせてはくれぬか?」
折角、ツワリが収まっていたようなのに顔色を悪くされている。
「承知いたしました。では」
サキちゃん、ごめん。なんか違う方向の厄介ごとになったみたい。
急いでゆっくり退室する。すぐ隣だと言うのに足が重くサキちゃんの部屋までが遠い。
「サキちゃ~ん」
「どう、で、あった?……」
ボクの雰囲気で察したのか、サキちゃんがみるみる沈痛な面持ちをまとう。
ミヤビ様が言われたように、帰還されるミヤビ様に同行し、事情を弁明しないといけない旨を伝える。
「うぐっ……。胸が痛い……。キョウよ、儂はもうダメじゃ。代わりにそなたが同行するように」
胸を押さえサキちゃんが切望する。
「あ~~、ズルい」
「陛下には良しなに頼む……グフッ」
サキちゃんは、ソファーに倒れこんで末期の息を吐く。
そんな芝居がかった所作までして。果断にして激烈はどこ行った? 仕方ない。
「分かったよ。覚えて置いてね」
「着飾って行くのじゃぞ」
ソファーに寝そべりサキちゃんが手を振る。 腹立ちまぎれに持っていたエプロンを投げつけて部屋を退く。
着飾ってって、着る物が無いってーの! 持っているのは精々、訪問着(支払いはマキナ)。
「ミヤビ様、サキ──お館様は急病のため、名代として私が同行します」
ミヤビ様の下に戻って告げる。
「そ、そうか……。いや、まさかマサキは逃げおったか? まあ、よい。キョウ、そなたが付いて来れば労苦は少ない、はず……。至急、支度せよ」
「承りました。では」
「ヒセンが護衛を引き連れてくる。二時間ほどであろう」
ミヤビ様の言葉を背に受け、マキナの下に急いで戻り、あらましを伝える。
「お館様……。すまないが頼む、キョウ」
マキナも苦渋の表情で送りだしてくる。
「うん。サザレさんの所に行ってくる」
さて次は身繕いだ。せめて姿形は失礼に当たらなくしなくちゃ。
一階に降り廊下を渡って作業棟に至る。
調理場を覗いて見るけど後片付けの中に岩居さんの姿は無い。
う~ん、誰かに聴きたいけど忙しくしてるしな~。
思案に暮れ行きつ戻りつしているとリネン室で人の気配がする……。
中を覗くとボクの物に執着する人が、洗濯物をチェックしている。ええっと……何て名前だっけ?
思い出せないけど思い切って声をかける。
「あの~、サザレさんの居場所、知りません?」
「これはこれは、キョウ様。岩居に何の御用でございましょう?」
「ええっと……、ミヤビ様と出掛けなければならなくなって、その衣装を見繕って貰おうかな~と思って」
「そ、そうで、ございますか……。不肖、わたくしがご用意いたします。少々お待ちを」
「えっ、あっ!……」
そう言うと奥へと行ってしまう。仕事を放り出して良いのかな~?
う~ん、ボクはサザレさんが良いんだけど。この人、なんか苦手なんだよね。
奥でごそごそしては和服用の平たい衣装箱を作業机に置いては奥へ戻り、別の箱を持って来たりを繰り返している。
「こちらへ付いて来てください」
荷物を集め終わった偏執の人がボクを誘う。リネン室の隣、細い通路から通用口を抜ける。
外はもう真っ暗。通用口の外は屋根付きの渡り廊下があり、柱の所々に明かりが灯り足許を照らしている。廊下は搬入用の車道と交わって、その向こうは横に広がった建物の中央につながっている。
疎らに明かりが灯っているけれど、窓から漏れる薄明かりと作業棟からの明かりで館の姿を浮かび上がらせている。って、その建物は宿舎だよね?
作業棟にもメイドたちの居室があったけど、とても数は足りていないと思ってた。そこは作業棟常駐の人か当直用なのかも知れない。
疑いなく、そこって女の園だよね? ボクが入って大丈夫?
館の中はずらっと個室の扉が並んでいる。入り口に設えられた小窓から、女の守衛さんが怪訝な目を向けているので、愛想笑いで応える。
偏執の人は気にも止めず、館に入ってすぐ近くの部屋の扉を開け明かりを点ける。
「お入りください」
「お、お邪魔しま~す」
ベッド、クローゼットと小さな机にイスと、部屋の中は最低限の生活空間だ。
抱えた荷物をベッドに降ろした偏執の人が声をかけてくる。
「それでは、脱いでください」
「あ~……はい」
そうだよね。脱がないと着付けられないよね。
でもね……偏執の人が凝視してるんだよ。
そんなに見られたら、脱げるものも脱げないっての。
邪な欲望を抑え込んだ視線で見られると、ちょっと怖い。




