191.特別メニューを作るゾ!
部屋から走り出ると護衛の待機部屋から笹さんが顔を出す。
「キョウ様、何事ですか?」
そう聴いてくる笹さん、その後ろに打木さんも覗いてくる。
「ちょっと。マキナが大変で」
二人を振り返りながら答える。
「「えっ?!」」
二人は顔を見合せると部屋から躍り出てついてくる。マキナ様は部屋に居られたのでは? と話し合っている。
「マキナがツワリで食事が無いんだよ」
「マキナ様がツワリ? 食事が無いとは?」
「ツワリ……それは、おめでとうございます?」
「ありがとー。だから早くしないとマキナが!」
「要領を得ません。ちょっと落ち着きましょう」
エレベーター前に着き、降りるボタンを連打するボクを窘める。
「だから、このままではマキナの食べるものが無いんだよ」
「それはツワリで食事が覚束ないと?」
ボクは「そうそう」と返す。
「ああー、この頃の食欲不振は、やはりツワリでしたか……」と打木さんが納得している。
対して「そんな事ですか」と笹さんが胸を撫で下ろす。
到着したエレベーターに三人で乗り込む。
「そんなってお腹の子に悪いでしょう!」
気に止めないその物言いに、ボクはカチンと来ながら言い返す。
「すみません。しかしながらメイド長ならば気づいていますよ」
笹さんの言い分は、マキナの食欲不振に当たって食事に手を尽くす岩居さんはすべて分かっているだろうと推論を話す。
う~む、そう言われれば相談すれば訳知り顔で物分かりが良すぎだったかなと思い返す。
一階に下りて作業棟に移る。別に付いてくる必要は無いとは思うのに笹さん打木さんも付いてくる。
「岩居さん、岩居さん……っと」
調理場で夕食を準備していると予想して進む。
「調理場で陣頭指揮していますかねー、岩居さんは」
うん、ボクと同じ予想を笹さんもしてるね。
作業棟のほぼ中央にある調理場に着く。中から喧騒が聞こえてくる。スイングドアの窓から中を覗くとメイドさんたちが夕食の調理をしている真っ最中だ。
「ほら、あそこに岩居さんがいますよ」
焼き物をしている人に付いている岩居さんを発見。打木さんも見つけたみたい。焼き加減などを指導しているのかな?
そっとドアを開けて隙間から岩居さんを呼ぶ。
こちらに気づいた岩居さんが、笹さん打木さんが居るのを訝しみながら、こちらに向かってくる。
「キョウ様、どうされましたか?」
「忙しい中、すみません」
調理場の外に出ると調理の進み具合を聞く。
もう既にメニューも決まって粛々と調理を進めていると言う。少し遅かったか~。
「マキナやミヤビ様はツワリで特別メニューに変更できないかな~?」
遅かったと思いながらも、お昼にマキナが食べた物や食べ具合を報告してメニューを調整できないか相談する。
「承知しております。柑橘類で味付けしてツワリを和らげるよう配慮しておりますよ」
「流石、サザレさん。ってマキナの妊娠を知ってたの?」
「えー、まあ……長年、皆様を見て参りましたので……」
歯切れ悪く岩居さんが答える。なんだ。知らなかったのはボクだけ?
まあ、いいや。サザレさんに委せておけば食事は大丈夫だな。
「調理を見せてもらっても良いですか?」
あわよくば料理の勉強をしたいよね。そう話すと岩居さんは了承してくれ、リネン室まで移りエプロンを誂えてもらう。
「それでは我々はこれで」
笹さん打木さんは、バトンタッチしたとばかりに戻っていく。
調理場に戻って調理の様子を見せてもらいながら岩居さんの説明を聞く。
「少し暖かくなって参りましたので素麺を用意しています。チャーシューや鶏のささ身を具に致しましょうか。お昼にお粥を召しあがったそうですが、素麺をお気に召さなかった場合に備えて準備しておきます」
煮ていた鶏のモモ肉・ムネ肉を鍋から上げ氷水で冷やしたボウルがボクの前に差し出される。
「一口大に手で裂いていただけますか?」
「分かりました」
次に岩居さんは、冷蔵庫からチャーシュー・煮卵を浸けたバッグを取り出し、チャーシューを薄切り、卵を半切りして深皿に並べていく。
素麺の他の具材にはトマト、錦糸玉子、キュウリの細切りなど。
ボクは薄焼きの卵を重ねて細切り、錦糸玉子を作る。
「キョウ様は、梅干しから種を除いて裏ごしして下さい」
「梅干しは、お粥に使うんですか?」
「確かにお粥にも使いますが、それはタレの隠し味にします」
「なるほど?」
「アルコールを飛ばした清酒に、みりん、薄口しょう油を加え昆布出汁で延ばしたものを用意してありますので、スダチ果汁・梅干しペーストを加えてタレにします」
「ふむ、ふむむ……」
なんか……すごいよ、岩居さん。タレを味見させてもらうと深みのある酸味で食が進むに違いない。クエン酸もたっぷりだね。
ガラスのボウルに素麺を盛り、 浅い皿に具を盛り付ける。タレの入ったポット、取り皿と薬味におろしショウガをトレイに載せカートに。
ツワリじゃない人たちにはシャリアピン豚テキが用意されていた。
付け合わせは人参のグラッセ、ホウレン草のソテー、フライドポテトと一般的。
どこに居たんだという多勢のメイドさんたちが現れ、出来上がった料理が次々とカートに載せられ運ばれて行く。
その後ろに付いて三階の部屋に戻る。タンポポちゃんたちは子供部屋に戻らずに留まっている。
「タンポポちゃん、マナちゃん、アリサちゃんもここで食べるの?」
配膳を横目に見ながら幼女ーズに訊ねる。
「もちろん、食べるわよ」
「食べる~」
「うん」
「何よ、一緒じゃダメとでも言うの?」
「ううん。マキナの食べるものが違うからね」
「あ、そう」
素っ気なくタンポポちゃんが答える。
「だから、そっちのお世話は出来ないからね?」
「んん……」
「「…………」」
三人は顔を見合せ、目で相談している。
反論して来ないようなのでメイドさんたちに交じって配膳を手伝う。
「エプロンを着けて、手伝いしていたのか?」
エプロン姿のボクの見て、マキナが呆れている。
「そうだよ。マキナの食べやすい料理を手配する積もりだったんだけど、もうメニューが決まり調理していたので少し手伝ってた」
「ほう、温かい素麺……か」
「冷やしてないから温いね」
母体を冷やさない配慮かな?
出汁を容れた器に素麺を取り具材をよそってマキナに渡す。
「ほう……。これは、さっぱりしていてスルっといけるな」
良かった。のど越し良くて食べられるようだ。
「これは、甘くて良いわね」
対抗するようにタンポポちゃんが料理を褒める。
食べ難そうなマナちゃん、アリサちゃんは、ステーキをメイドさんに切り分けて貰って食べている。
ステーキを見て食べたい欲望とえずく衝動の狭間でマキナは、ツルツルと素麺を食べている。
それでも酸っぱめの汁が良かったのか何度もお代わりしてくれ、マキナがたくさん食べるのを久々に見た気がする。
お粥のリリーフは不要だった。お昼に続けてお粥連続はダメだよね。
食事も終わりかけ、みんなが食後のお茶を飲んでいると控えめに笹さんと打木さんがリビングに現れる。
自分の食事が遅れて今、料理を食べ進めていたボクは手を止める。
「どうしました?」
「その、またキョウ様のことが……テレビに」
「まさか……」
「サガラ・バラエティー、です」




