19.赤井親子と*
「さあ、入って入って」
「あっ! キョウ様、待って!」
ケイト先輩を連れて家に入ろうとして赤井さんに止められる。
なんだろうと思いつつ玄関に入るとキュウキュウとどこからか甲高いアラームが鳴る。と同時に携帯端末が震えた。
辺りを見回しても音源が分からない。すぐに音は止まったので誤報か? と思っていると赤井さんが先輩を外に引摺り出している。
「御仕事中、すみません。侵入報は間違いです。……はい、はい、一時パスを発行していただけますか? ……はい。ケイト、端末だして!」
玄関ポーチで赤井さんがどこかに電話している。かなり切迫した感じだ。ケイト先輩は呆然としている。
門柱の陰から明滅している赤い光が辺りを照らしていた。異変がこの家に生じたのを報せている。
「すみません。赤井さん、ボク……」
「すみません、あとにしていただけますか?……。はい、あとはキョウ様に。失礼します」
電話相手──たぶんマキナの指示を仰いでいるのだろう。先輩と端末の操作をして、電話を切った。
「あの──」
「キョウ様、端末でケイトを承認していただけますか?」
「あ、はい」
鬼気迫る赤井さんの指示で、ボクの端末に受信した先輩からの承認要求──家に入る許可を与える。
「あとは、自室のコントロールパネルで警報を止めてください」
「はい!」
赤井さんの語威に押されて家に飛び込んだ。ええっと自室のコントロールパネル……って、アレかな?
階段を駆け上がって、部屋のドア脇にあるコントロールパネルを見る。
赤く点灯したランプには〝侵入〟の表示。回りは特に関係ないスイッチばかり。
と、上に警報解除のボタンがあったので押してみる。すると承認の入力を求める表示がされた。
また携帯端末から承認コードを送信すると、赤いのが消えた。
「やっと止まった……」
脱力して玄関に戻りポーチに出ると、赤井親子が畏待っていた。(←省略・短縮したら誤字脱字っぽい)
門柱の赤い光も消えたようだ。
「申し訳ありません!」
赤井さんが最敬礼で腰を折り、ケイト先輩の首根っこを掴んで頭を下げさせている。
「いえ。ボクの方こそすいません。手順をよく分からなくて……」
いや、謝るのはこちらですよ。
「そうです、ね。キョウ様には自重していただかないと。軽はずみな行動は慎んでいただきませんと、お支えする者が困ります」
「俺──私も軽い考えだっ、でした。申し訳ありません!」
「嫌だなあ~。ボク──私が、悪いので謝らないでください。それから、言葉遣いは普通でお願いします」
言ってる最中、お腹がくう~っと鳴った。
なんとか二人を取りなして、皆で家に上がる。
もう警報は鳴らないと思ったけど、玄関の敷居は恐る恐る跨いでしまった。自分では鳴る可能性がないのにね。
「すみません。また、料理をお手伝いできなくて」
「お気にならさず。それが私の仕事ですから」
部屋にカバンを置いて、すぐに普段着に着替えダイニングに下りるとテーブルには料理が並んでいた。
晩ご飯は、豚カツと牛フィレ・カツのダブルかつらしい。キャベツの千切りに山と積まれている。
あと、ワカメの味噌汁にホウレン草のおひたしが添えられている。
三膳あるので赤井さんも一緒に食べてくれるみたいだ。対面に二人が並んで席に着き、食べ始める。
「では、頂きます!」
「「頂きます」」
食べ始めるとケイト先輩が、漠々食べていく。どことなくマキナの食べっぷりに似てる。
「うお~っ、美味ぇ~っ!」
「ふふっ、仕事でお腹空きましたもんね?」
「あんたは、も少しお上品に食えないのかい?」
「そんな躾……受けてねぇ……からな!」
「この……」
食べるか喋るか、どっちかにしな! と赤井さんは怒る。
「まあまあ、いいじゃないですか? 美味しそうに食べてるのを見るのは嬉しいです」
「そ、そうです、ね? マキナさんは、いつも夜遅いのでお淋しいですね……」
「そうなんですか? まあ、平日を過ごすのは初めてなので知りませんでした」
ああ、そうでしたか……と、頷いて赤井さんは遠い目をした。もう何日もマキナのそんな姿を見てきていたんだろう。
これからも平日は独りで食べることになると忠告してくれる。
まあそうなら、赤井さんと一緒に食べれば良いよね。
「凄いよな、お嬢さんは。今、資財調達部・第1課の課長格で、将来は部長で──」
「あんた、口が軽いよ!」
先輩を窘めボクに謝った赤井さんは、他所では話すんじゃないよ、と叱ってた。
「いえ。マキナ、さんのことを知ってるなら教えてください」
何も知らないので、と赤井さんにお願いする。マキナの身の上は全然聞いていない。
釣書を見ていないし、お見合いも母が全て決めたから、その辺さっぱりだ。
「しばらくは課長代理を務め──」
それから、訥々と話してくれた。
今回の婚姻で子ができたら、出産休暇を取り頃合いに復職すると副部長昇格、行くは、母親の社長が勇退して社長就任が待っているらしい。
ちょっと待った~! あの人は御義母様だったのか……。
いや、待て。マキナは母親が社長って言ってたような、言ってなかったような?
記憶が曖昧だ。自慢じゃないがボクは頭が弱いんだよ。
関心がないと、知識まで溢れ落ちてるんじゃないかと思ってる。
「教えていただき、ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
「オカン、おかわり」
静かだった先輩が口を開くとそう言った。
「そんなもの、あるわけないだろ!」
「まあまあ。先輩、キャベツはまだ残ってますよ?」
「キャベツの千切りって油を吸わせる嵩増やしだろ?」
「野菜が嫌いなだけでは? 野菜も食べないと。マキナも野菜、嫌いっぽいんですよ」
そう言うと、先輩がピキっと固まる。対して、赤井さんは薄笑いしている。
何かマズかったかな?
「ま、まあ。私のを食べますか?」と、ボクの皿を前へ押す。
「いいのか?」と、途端に機嫌が直る先輩。
「ダメに決まってるでしょ。キョウ様には今夜も頑張って──ゴホン」
赤井さんは咳払いして話を止め、申し訳なさそうに顔を伏せた。さっきよりも増して固まった先輩が、絶望したような顔をする。
なんか気まずくて沈黙する中、お湯張り完了のチャイムが鳴った。
赤井さんは、お風呂も準備してくれていたんだね。
「さあ、早く食べてお風呂に入ってください。ケイト、あんたは早く帰んな」
「……ん。分かった」
と言いつつ、先輩はボクの皿からカツを一つ摘まんで口に入れる。
ボクも負けじと口に放りこむ。先輩と分け合ってなんとか食べきった。
「では、お風呂いただきますね」
二階に上がり替え着を用意して風呂場に入るとダイニングから赤井さんと先輩の声が聴こえる。
何か言い合ってるけど、喧嘩でもなさそうなので、服を脱いでお風呂に入った。