189.レニ様、御冠パート2
「えっと、それは、その……そう、おこづかいとかお金が欲しいかな~、なんて──」
「義兄上が金勘定などに気を遣ってはなりません」
「いや、そんなこと言われましても」
だって、お金ないんだもん。
「賤しき仕儀に手を染めてはなりません」
レニ様、世間の労働者の皆さんを敵に回しましたよ。
気高くいても、お腹は膨れませんから。
「ですが、お金がないと何も出来ないですし……」
「そのようなこと、下々の者にさせておけば良いのです」
貴い方はそうかも知れないですけど、ボクも何かしないとマキナに頼りっぱなしで申し訳ない。
「ちょっと、これ見て下さいよ……」
「何ですか?」
聞くと見るとは大違い。急いで携帯端末の銀行アプリを開いて残高ページを見せる。
「──数字がいっぱい並んでいますね……それが?」
「もう、お金が無くて破産しそうでしょう」
「破産とは何です?」
破産が分からないなんて。
「ほら、ここの数が0になって……ですね……えっ?」
数値を指して説明しようとしたら……見たことない桁がずら~っと並んでる。
一、十、百、千、万…………、えええ~っ! 残高が一千万超えてるんだけど?
遡ると百万単位の入金がされていて気味が悪い。
「0には程遠いようですが?」
「これは何かの間違いです。前は数万あった程度だったのに」
きっとマキナが入金してくれたんだね。じゃなかったら詐欺事件とかの集金口座に利用されてるとしか思えない。
「それで、問題は無かったのですね?」
「まあ、そうですけど……。じゃなくて、お金は使うと無くなるのです。働いて稼がないといけないんですよ」
「稼ぐのは分かりますが義兄上がなさる必要はありません」
「そんな無茶苦茶な」
自分で稼がないと誰かが恵んでくれるわけでもなし。偶々、残高が多額だったけど。
「それで……また新しく御召し物を購ったとか……」
いきなり話、飛びましたね……。
「はあ……、それがまた特殊な雇用形態なので已むなく」
「そ、それで、それはどのような?」
急に鼻息が荒くなったよ? レニ様。
「言い難いのですが、給仕の真似事のようなもので──」
「ああ~! 嘆かわしい。メイドごときことを義兄上が為さると言うのか!」
止めて? ごときってメイドさんまで敵に回さないで。
「特殊技能がないボクだと給仕くらいしか出来ないですから」
「それで……何ですか、この防御力の低い装備は!」
そう言い買ったボトムスの一つを懐から取り出してくる。何やっちゃってくれてるんですか!
「人の荷物を勝手に漁ったんですか? 貴人にあるまじき仕儀ですよ?」
「義兄上の召し物を点検するのは当たり前です」
「当たり前じゃないです。なんの権利があって荷物を荒らすんですか」
「このような物を穿いて人前に出るなど嘆かわしい」
広げて見るのは止めて?
「いや、別に他人に見せるわけじゃないですから」
「なるほど。余には見せてくれるのですね」
「そんなことは言ってません」
「今宵は衣装換えで義兄上に相応しいかミヤビ様と共に吟味いたしましょう」
「レニ様、ちゃんと聞いてます?」
「では、ミヤビ様に帰還の挨拶に参りましょう」
また話、飛びましたよ。もう良いですけど。
「それは構いませんが、ミヤビ様の御加減に障らぬよう致しましょうね?」
「無論です」
「本当に、お願いしますよ」
「わたくしが言を違えたことなど、ありませぬ」
本当かな~? 人の話、聞いてくれないし。
「本当に本当ですよ?」
レニ様の両手に手を添え耳許で囁く。
口をパクパクして頬を朱に染めると何度も頷いてくれる。
「それでは、参りましょうか?」
頬を染めたレニ様の左手を上手で携えミヤビ様の元へ向かう。
手を持ち替える際、握られていた布切れを回収。マキナたちに黙礼してレニ様を導く。
恨みがましく幼児ーズが口を尖らせ睨んでくる。
「──あ、ひとつ、お願いしたき儀が」
「何でも仰ってください」
「今は構いません。この一件の後で」
「……なるほど。相分かりました」
訳知り顔で承諾してくれる。なんか、また勘違いしてそうだけど今はいい。
エレベーターで五階へ上がりミヤビ様の元へ。
「ただいま戻りました。義兄上を連れて参りましたぞ」
「ミヤビ様、遅れて申し訳ありません」
寝室に進み横になるミヤビ様に言う。
「キョウ、気にするな。レイニにも急かずとも良いと言っておったのだがな……」
ミヤビ様は臥せったまま答える。心なしか窶れた雰囲気を纏っている。
物言いも気弱な感じで申し訳なさで苛まれる。
「御加減は良くならないままでしょうか?」
「うむ、少しましになった……。慣れたと言うべきか。悪阻がこれほど酷いものとは思わなんだ」
「……は? 今、なんと仰いましたか?」
ちょっと耳を疑う。
「少し慣れたので心配は無用」
「いえ、そうではなく今つわりと仰いましたか?」
「ん? そうだ。わらわは重い質のようだ……。キタムラの者の言うには──」
つわり……? それって悪阻? 妊娠した時になるアレ? いや、そんなに早くになる?
ミヤビ様の言葉が耳に入らなくなった。
「義兄上? どうされた?」
「あ、いえ。そんなに早く妊娠して悪阻が起こるとは思わなかったもので、気持ちの整理がつかず」
「わたくしも驚きです。こうもあっさりと孕まれるとは。数年にわたる労苦は何だったのかと拍子抜けです」
そこは全く以て同意です。
「レイニやヒセンに心配を掛けたな」
「勿体ない御言葉です」
「あの……ヒセンと言うのは?」
聞いたことない名前が出てきたぞ。
「ああ、わらわの第二正室だ。金堂ヒセンと言う。あやつにも報せてやらぬとな」
「ミヤビ様、それは聖殿に戻ってからにされては? ヒセン殿を驚かせてやりましょう」
「ふむ、それも良いか……」
思ったよりミヤビ様がお元気そう。
挨拶に遅れたこともご立腹もされてはおらず一安心。
……じゃなくて。出来ちゃった? 赤ちゃん。
人生には三つの坂があると言う。
「上り坂」「下り坂」そしてもうひとつの「まさか」が来ちゃったよ。
「義兄上、どうされた? 顔色が優れませんぞ?」
「まさに。雪のように褪めておるぞ?」
「あ、いえ。少し気分が……」
「そなたは祝ってくれぬのか?」
失敗。ミヤビ様に疑念を与えてしまった。
「滅相もございません。ミヤビ様、ご懐妊、おめでとうございます」
「うむ。そなたも大儀であった」




