18.電車で初遭遇!*
「おーい、帰るぞ?」
「なんだ。もう片付けちゃったの?」
「センパ~イ!」
助かった~。ケイト先輩が道具を片付け、ロッカーに来てくれた。
おばさんたちに纏わり付かれて着替えができない。
「お姉さんたち、帰らなくていいんですか?」
「いいのいいの。帰ってもご飯食べて寝るだけだし」
「そうそう。この子と居ると何か若返る感じがするのよね~。いい匂いするし」
「そうなのよ。どんなコロン、使ってるの?」
おば──お姉さんたちは、ボクの首許や胸に鼻を寄せ無遠慮に嗅いでくる。
「さ、さあ?……」
あのソープのせいかな? 母に持たされただけで良く知らないんだよね。
しかも、動いて汗が滲んだことで匂いが発散してるかも知れないし、閉じた場所で匂いが籠っているのかも知れない。
「もう、困ってるでしょう。この子はお姉さんたちほどスレてないんですから」
ケイト先輩がお姉さんたちを引き剥がしてくれる。
「さあ、早く着替えた、着替えた。片付けて帰りますよ」
「そうね。また、話聞かせてね?」
「まあ、また今度でも良いわね」
やっと引き下がって、お姉さんたちが着替えていく。先輩が盾になってくれたので着替え始める。
「ありがとうございます……」
先輩の陰でスクールバッグからジャージを取り出し、ささっと作業着を脱いでいく。
ジャージ姿になると借りた作業着をたたみ、それをどうしょうか考える。洗って返すのが普通だろう。
「作業着をどうするか悩んでるのか? また使うかも知れないから持って帰ればいいだろう」
作業着の一枚や二枚で、どうなるものでもないと太鼓判を押す。
次に使わなくても洗って返すんだろうし、確かに先輩のいう通りだ。IDカードを返すのもその時でいいか。
たたんだ作業着をバッグに詰める。
お姉さんたちも、「お疲れ」と言って帰って行った。
「俺、ロッカー室の鍵を返してくるから、通用口で待っててくれ」
「分かりました」
ボクは、了承してロッカー室から通用口へ向かう。先輩は戸締まりとかまでやらないといけないんだね。
通用口から外に出ると、日はとっぷりと落ちて辺りは暗く、通用口上の外灯の周りしか明かりがない。
「そう言えば、赤井さんに連絡もしないで……」
慌てて携帯端末で、電話をかけようとして、番号を知らないと改めて気づいた。
家にも固定電話がないようだったし、有ってもそちらの番号も分からない。
「まあ、マキナに頼もう」
初めてマキナに電話をかける。呼び出し音が鳴り続けて、なかなか出ない。
受話待ちの時間に、ケイト先輩が通用口から出てきた。
マキナはまだ手が離せないんだろうな~と思っていると接続した。
『キョウ、なんだ?』
「お仕事中、すみません。赤井さんに今から帰ると伝えてもらえますか?」
『それなら、帰りが遅くなるともう伝えてる。今から帰る旨も連絡しておく。切るぞ』
「はい、ありがとうございます」
先回りして連絡してくれていたみたい。終始、仕事モードで口調が硬い。
「あの……赤井って?」
「ああ、うちのお手伝いさんが先輩と同じ名前で赤井っ言うんです」
「……はぁ? ええっと、白髪がチラチラ見える茶髪で四十代くらいの……」
「そうですね。赤井先輩と良く似た方です。親戚とかですか?」
「はあぁ~、うちのオカンだな、ほぼ」
「やっぱり……」
「あああっ。仕事に入ってるのは喜多村って言ってたけど……まさか」
大きなため息を吐いて、先輩は後ろのビルを見上げた。
「えっと、何か聴いてたり、とか?」
「喜多村のお嬢さんが、『若くて可愛いwお婿さんと突然同居し始めた』って言ってたのが……、お前だったとは」
「せ、世間は狭いですね、案外?」
「全くだ。可愛いお婿さんwが、お前とは、斜め上すぎる」
なんで、可愛いとお婿さんに失笑するのか分からん。また、ちっこいとか思われてるんだろうか?
「喧しいわ!」
思わず、また自虐に突っ込んでしまった。
「す、すまん。さあ、帰ろう」
「は、はい」
自分への突っ込みなのに謝られてしまった。ケイト先輩と一緒に駅へ。改札を抜けて帰りの電車に乗る。
帰宅の時間と重なったようで、往きとは違い車内はかなりの人が乗り込んでいた。
乗降口近くのポールに掴まり、車窓の街の明かりを眺める。
先輩はボクの後ろを庇うように立っている。
一つ、二つと駅を過ぎると、お尻に違和感が……。車内が揺れるたび、何かが当たってるのかと思ったが、どうやら違ってるっぽい。
後ろのケイト先輩を見るとにっこりするだけだ。まあ、先輩じゃないな。
となると、……斜めのおばさんサラリーマンか? ちょっと睨んで見た。
特に狼狽えもしないか。やっぱり勘違い?
視線を向き直して車窓を見ていると、明らかに掌側で触れてる感じになった。
また、振り返ってケイト先輩を見る。彼女はニッコリ。おばさんサラリーマンを見てみると、ややっ! こいつだな。
心なしかニヤついてる感じだ。思いっきり睨んでやった。
「お前、何にらめっこしてんの」
「むぅッ! にらめっこじゃないです」
お尻を触ってるヤツがいるんです~、っと先輩に囁いた。
たぶん、ヤツにも聞こえただろう。抑止力になるハズだ。
先輩は、やおら目付きが険しくなった。
そうして、また車窓に目を向けると、お尻を触っていた手が割れ目をなぞるように撫で上げるとジャージの中に忍び込んできた。
さすがに、その卑劣な行為に昂ってきた。侵入した手が尻たぶを掴んだ時に、その手首を握った。
捕まえたぞ。放すもんか!
次の停車駅に着いてドアが開くと同時に外へ躍り出た。まだ、手は掴んだままだ。
「誰か、嫐女です!」
「覚悟しろ、この痴女!」
「「えっ?!」」
後ろを確認すると、ジャージに突っ込んだ手を引き離そうとしている人を先輩も捕まえていて、もうひとり知らない人も手首を掴まえられていた。
どうなってるの?
「いやぁ~助かります。春になると出没するんですよ~。はっはっは~」
ボクは、大きくため息を吐いた。軽いノリの駅員さんに引き渡して事情を聴かれた。
なんでも不埒な行為をする者とそれで恥ずかしがる男子を見て悦に入る者の二人組なんだとか。
「まあ、なかなか男の子は電車に乗りませんがね~。目敏く男子を見付ける目は持ってるんですね~」
持ってはいけない人がそんな能力を持っていて、困ったモンです、と他人事だ。
「では、お願いします」
「お願いします。はあぁ~」
また、大きくため息を吐く。余計な時間を取られて帰宅が遅れる。
「先輩は、ずっと手前の駅ですよね?」
「そうだが、それが何か?」
一つ電車を継ぎ、自宅の最寄り駅を出るのに先輩も付いてくる。
「暗いのに、独りで帰らせられるか?」だって。至極ごもっとも。
電車の事件が無ければ、一人で帰れたかも知れないが、今回のことでとてもじゃないけど帰れそうもない。
しかし、遠回りだし時間は取られるし、先輩には申し訳ない。今度、埋め合わせしなくちゃ。
駅からかなり歩いてやっと自宅に帰着。やっぱり歩きじゃ通学はムリっぽいな。
駅までかなり歩かされるんじゃ、体力のないボクには無理だ。
こういう高級住宅街では、自転車か車、あるいは送り迎えがないと生活できない。
自転車の都合が付くまでは、マキナに送ってもらうしかないのか。
玄関先の道路に赤井さんが佇んでいて、ボクたちを見付けると走り寄って迎えてくれた。
「お帰りなさい。心配しましたよ?」
「ただいま。ご心配おかけしました」
それで、なんであんたが一緒なのよ? と赤井さんが先輩に問い質す。
「まあ、色々あったんだよ」
「ま、まあ、上がってください。赤井さん、先輩のご飯くらい、ありますよね?」
「え、ええ。あると思いますが、この子大食いですからね~」
「親に似たからしょうがないだろ?」
「あんたは、ただの無駄飯食らいだよ」
「うるせぇ!」
そんな親子のやり取りを見て、ボクは感じたことのない親子の温もりを感じた。
今夜は母さんに電話してみようかな?