174.別離の朝食*
「食事を済ませたらお館様に挨拶をして新都に帰れ」
朝食の最中、マキナが告げる。
「うっ……分かった」
「お館様、怖いんだよね」
しぶしぶカエデさんたちは承諾する。
「見送りくらい、できるのかな~?」
そう言うと二人に笑顔が戻る。
「まあ、それくらいなら許してくださるだろう」
「良かった」
ボクたちはクロワッサンとサラダとコーヒーだけど、それに加えてマキナは柑橘系のフルーツが用意されていて、それをかじりながらパンを食べている。ほどよく食べられているようで安心だ。
「ただいま~」
よれよれの白衣を着たアヤメさんがふらついてリビングに入ってくる。
「おはようございます? 今までどこに?」
お風呂のあと、レニ様に連れていかれてからアヤメさんを見かけなかったんだよね。
「アヤメは、機器の洗浄が~とか言って出かけていた」
「そうそう」
「そうだったんだ」
「月曜には搾精機を使うから洗浄しとこうと思って見たら不具合があってさ~……朝まで修理してた~」
「それはそれは……ここでも搾精するの?」
「んうん……」
マキナが咳払いする。
「するよ。全男子の義務だからね。キョウちゃんの場合は……まあいいか」
「ボクが何?」
「いや、何でもない」
「そこまで言ったら言ってよ」
「お前たち、食事中だ」
「ごめん……」
マキナに怒られた……。食事中にする話じゃなかったね。
「私も朝食ちょうだい」
「畏まりました」
今朝の給仕は若いメイドさん二人とサザレさん。若いメイドの一人は知らない人だ。
完食したマキナにサザレさんは満足げにしている。
「サキちゃん、おはよ~」
食休みしたあと、五階に上がりサキちゃんの部屋に向かう。
「お館様、失礼します」
「ああ、おはよう。どうしたのじゃ?」
奥からサキちゃんが現れ挨拶を返す。
「妹たちが新都に戻りますのでご挨拶に伺いました」
「おお、そうか。まあ座れ」
「「失礼します」」
サキちゃんに促され対面のソファーに四人そろって座る。
「お館様? マキナちゃんが来たの~?」
「おお、そうじゃ」
奥の方から声がして、そそくさと義曾祖父ユキ様が現れる。いつも奥に居られるのか、ここでは初めて見たよ。
「ユキ様、一昨日ぶりです」
みんな立ち上がりユキ様を迎えマキナが答える。
「マキナちゃん、身体の調子はどう?」
「は? はい、頗る好調です」
カエデさんたちは「ええ~っ?」て懐疑的な顔をする。そこはボクも同意する。
「キョウちゃん、良かったわね~、こんな早くできて」
「は、はあ……?」
なに? 何のこと?
「これから悪阻がひどくなるから労って──」
「ユキ様! その話はまたのちほど。妹たちが戻るご挨拶に参っただけですので」
「あらそう。それじゃ、体に気をつけてね?」
ユキ様が慌ただしく奥に消える。お召しものは襦袢姿で、日常的に着物なんだと感慨する。
「忙しないヤツじゃ。それでマキナ、体を厭えよ。そなたの──」
「その! 話はまたの機会に」
「そ、そうか……。カエデ、ツバキよ。勉学に励み体を鍛え佳い子を産めるようになるのじゃぞ。マキナのように」
「おヤカタさま! そろそろ駅に赴きませんと」
何だよ、マキナは。一々、サキちゃんの話を遮ってるみたいだ。
「そ、そうか。気をつけて帰れ」
「就きましては、ワゴン車をお借りしとうございます」
「サキちゃん、ボクも見送りに付いて行っていい?」
「車は好きに使え。キョウよ、そなたは腰が軽いのう。少しはおとなしく……言っても詮ないか」
「なに? 何かバカにされてる気がする」
「き、気の所為じゃ。気をつけてな」
「はい」
「──は~い」
「護衛も連れて行くのじゃぞ?」
「承知しました」
──ちぇ、いつでも護衛は付いて回るか……。姉妹だけなら見送ると帰りはマキナと二人きりになれるのに……
サキちゃんの部屋をあとにすると護衛たちに声をかけ車を用意させる。
「忘れものはないな?」
「もちろん」
「ほぼ、体ひとつだったしね」
「それじゃ、レッツゴー!」
「……キョウ、お前は能天気だな。拐われたばかりだろ?」
「まあ、そうだけど。もう、拐われる危機はないみたいだよ?」
「ほぉう、どうして分かる?」
「サキ──お館が言ってた。某国の姫様は、しばらく静かにしてるだろうって」
「しばらく、ね~?」
一階に下り玄関から出ると車寄せにワゴン車が停まっている。スライドドアが開いて笹さんと打木さんが出てくる。
専門ドライバーじゃなく気更来さんが運転席、パッセンジャーは歩鳥さんが座る。異色の組み合わせだな。
「羽衣さんと斎木さんは? 別に居なくてもいいけど」
「辛辣ですね。居ないのは有り体にいって謹慎ですね」
「ヤツらは調子に乗りすぎました……」